連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第19話:羽衣正義

 ミズヤがやられている間、環奈は無心で刀を拾い、マフラーを身に付けていた。
 ミズヤの贖罪は痛々しく、周りの者でさえ苦心するものだと、環奈にはわかっていた。
 それでいて止める事は出来ないし、止める権利もない。

 何より、後で生き返るなら好きにさせれば良い。

 その思いがあったからこそ、環奈はこの後のことを考えて集中していた。
 魔力の多い彼女に神楽器が必要かの有無は、誰もわかるわけがなく、無駄ではないだろうとヴァイオリンを背負う。

「キャハハハハハハハハッ!!!」

 狂った笑い声が耳につき、環奈は顔を上げた。
 ミズヤの血を受けて狂喜する悪幻種の姿を見つけ、終わった事を確認する。
 今こそ最大の隙であるが、ここで環奈は刀を下ろす。

 別に急ぐ必要はない。
 魔法の力は同程度とはいえ、その他全てにおいて環奈は勝ってるのだから。

 一頻ひとしきり笑った後に、漸くメイラは環奈へと焦点を移した。

「……復讐、気持ちよさそうじゃん」

 よっと刀を構え、羽衣を展開する環奈。
 未だケタケタと笑うメイラは叫んだ。

「最ッ高の気分よ!!! あ"ぁ"ーッ!!!」
「じゃ、そんな最高の気分の中悪いんだけど、さっさと人間に帰れ」

 刹那、環奈の姿が掻き消えた。
 次の瞬間には、彼女はメイラの目の前にいて――

「【羽衣正義】」

 ヒュンッと、環奈は間髪入れずに刀を突き出すのだった。
 おそらくメイラにとっては不意の一瞬だったであろうその一撃は必中にも等しい。
 しかし

「――あら?」

 必中だった一撃は目標を失い、空振りに終わった。
 そして環奈自身、敵を見失ったことによる間抜けな声が大きな声に聞こえるのだった。

「――【悪苑の剣戟グジャロード】!!!」
「なっ――」

 声に気付いた時には既に、メイラが【黒天の血魔法サーキュレイアルカ】の魔法を使っていた。
 その背には少女の細い横幅より大きい、ギターケースがあって――

「……それ、“神楽器”――」

 環奈が言葉を紡ぎ終えるよりも早く、爆発音が響くのだった。



 ◇



 メイラが北の大陸、バスレノスにやってきたのは偶然だった。
 ミズヤを探し、歳の近い少年を殺しながら北へ北へと、東大陸から移っていった。

 そんなある日、レジスタンスの兵が彼女を見つけ、その凶暴性から排除を試みた。
 大陸全土がバスレノスの民といえど、元はキュールの民も含まれるのだから。

 しかし、果敢に戦った兵は惨殺され、メイラはレジスタンスを敵と認識した。
 何人もレジスタンスを殺し、ある時気が付いた。

 悪い事がしたいなら、大国に楯突くレジスタンスこいつらの仲間になればいい、と。

 そして彼女は仲間入りを志願するが、結界王のトメスタスに拘束され、今日この日まで封印されていた。
 強大な戦力である悪幻種、しかし災厄を齎す悪幻種、飼うには凶暴過ぎたから。
 しかし今日この日、クオン及びナルーをさらえるチャンスに、彼女を解放したのだった。

「正気ですか、お兄様?」

 地下で最も高い塔の廊下で、ミュベスは兄のトメスタスに尋ねた。
 兄は振り返りもせずに答える。

「無論、俺は正気だ。神楽器を持たせれば、彼女は誰にも負けない戦力になろう。西軍基地には【瞬炎禍しゅんえんか】のマナーズが居る。奴に対抗するスピードを持つ可能性があるのはメイラだけで、勝つにはそれしかない」
「アキヒコなら、スピードなら負けませんわ! 何も悪幻種に……こちらまで全滅させられる可能性だって……」
「俺がいる限り、それはない」
「…………」

 確信を持った発言だった。
黒天の血魔法サーキュレイアルカ】の魔法は強力であり、“ブラッドストーンの瞳”で作った結界ですら破ってみせる。
 しかし、5色の結界王は結界だけが取り柄じゃない。
 結界での足止め、そして空間を操る一般的な【無色魔法】でメイラに敵うのだ。
 たとえそれが超スピードであっても。

 だが、マナーズ相手では分が悪い。
 何故なら、マナーズは魔法をよく知っているから。
 結界や【無色魔法】だけではマナーズの足止めすらできない。
 しかし、【黒天の血魔法サーキュレイアルカ】は大爆発を起こし、敵を近付けない間は敵の隙を作れるのだ。

 だが、その予想は大きく外れるのだった。

「――ウチもたった今、“神楽器”持ちの悪幻種になったんよね」

 黒煙が少女を中心に吹き飛び、咄嗟にメイラは距離を取った。
 環奈の周りには桜色に輝く波が広がり、【悪苑の剣戟グジャロード】によるダメージから全ての人を守っていた。
 環奈自身は鎧により、【黒天の血魔法サーキュレイアルカ】の攻撃では死なない。

 だから、ここからは【羽衣天技】の戦いになる。
 しかし

「ウチは3色しか使えんのよね……」

 環奈は焦りを見せていた。
【羽衣天技】は使える魔法の色によって制限される。
 例えば、【黒魔法】しか使えなければ【一千衝華】しか使うことはできない。
【七千穹矢】であれば赤と黄の2色が居る。

 環奈が使えるのは黒、赤、無色の3色。
 使える【羽衣天技】は【一千衝華】、【二千桜壁】、そして転移に使える無色系の技。
 倒せる見込みがあるとすれば矢張り【一千衝華】、もしくは殴打しかない。

 考えるのは終わり、環奈は仕方なしに刀を構えた。

「……ま、スピードはなんとかなるでしょ。ほら、掛かっておいで」

 遊ぶ左手で手招きをすると、メイラは首をゴキリと鳴らしてわらう。

「クヒュッ。クヒャヒャッ。……そっか。【黒天の血魔法サーキュレイアルカ】は効かないんだ。なら、」

 刹那、メイラは再び姿を消した。

(この超スピードの正体は【赤魔法】か、肉体に無理やり魔力をぎ込んだ身体強化……【黒天の血魔法サーキュレイアルカ】からここの人を守るため、【二千桜壁】を展開しながらじゃどうしようもないな)

 環奈は正しい現状把握をするも、今は防ぐ手立てがない。
 だから一撃は貰う。

 ガンッ、そんな鉄がぶつかるような音が響いた。
 環奈の後頭部目掛けて一撃、目にも留まらぬ速度での殴打を環奈は受けたのだった。

「……作用反作用の法則、っつーの?」

 その場を動かない環奈が、ポツリと呟いた。
 高速の殴打に一歩たりとも動かず、床に足をめり込ませて耐えたのだ。

 作用反作用の法則、それは、力を加えるとその力が別のどこかに反作用として出て行く。
 もしも動かぬ壁を殴った場合、反作用はどこに行くのか。
 ――それは自身へと返っていく。

 ベキベキベキ――

「ガァァァァアアアッ!!!?」

 殴りつけた右腕は骨が粉々に砕けて血が噴き出し、メイラは鎧の中の右手を抑えて倒れた。
 高速の一撃、その反動メイラだけでメイラは動けなくなったのだ。

 環奈は悠然と振り返り、メイラの頭を掴み上げる。

「今の一撃、【羽衣天技】ならウチが負けてたかもしれんのに、バカだね。いや、【羽衣天技】すら知らなかったのかな?」
「グッ……くぅ……!?」
「ま、いいや。ウチの勝ちなんだろうし。とりあえずさぁ、」

 ウチの友達をブッ殺した分は、痛がってちょうだいよ――。

「待っ――」
「【羽衣天技】」

 環奈は情もなく刀を掲げ、黒魔法を収束させた。
 そしてこの一撃を、怒りを込めて放つのだった。

「【一千衝華】――!!!」

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