連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
第18話:償い
(向こうでも爆発があった……あっちでも戦いが起きてるはず――)
そう感じ取った後にナルー保護を掛けた結界を作り、【二千桜壁】を解いてミズヤは教会に住む2人に処理を任せ、軍基地へ向かった。
ミズヤの全速力はまだ目で追えるほどで、【赤魔法】を使えるにしてもそのスピードは“疾い”に留まる。
ただ、教会から基地までがそう遠く無いことは幸いであり、1分と経たずに到着した。
漆黒の少女による一撃で傷を負った人々を見て、彼は即座に【羽衣天技】を使用する。
「【羽衣天技】――【四千精創】」
ミズヤを中心に、屋上全体には緑の膜が覆い被さった。
あらゆるものを治す、そのために発動した最強の回復魔法はそこにあるだけで中に居る者の傷を治していく。
それは誰1人として例外は無い、レジスタンスも帝国側も。
「ミズヤ!!」
彼を見つけてすぐさま環奈は屋上に降り立った。
六翼を仕舞い、自ら兜を握り潰して顔を見せる。
「いやー、良かったわ来てくれて。治し終わったら刀とマフラー貸してくんない?」
「え? いいけど、なんで……?」
「アレ見て」
「……?」
環奈が指を差したのは、陥没した屋上。
その穴からは、ゆっくりと、這い上がるように1人の少女が現れる。
パラパラと所々砕けた、環奈と同じ黒甲冑を纏ってヨロヨロと立ち上がる。
その少女は、血みどろの顔をミズヤ達に見せた。
この再会は、名前の付いた額縁でもあるかのような一枚の絵に思えるほど、静かな情景で――
「……ミズヤ……様……?」
確かめるかのように黒の少女が口を開く。
少年も思わず聞き返した。
「まさか……メイラ、なの……?」
まさか――その言葉の後に本当は、“生きていたの”と続くべきだった。
シュテルロード領は悪意の量産場であり、多くの人が死んでしまう。
しかし、ミズヤの目の前に立つのは、あの日よりも成長し、傷付いた姿のメイラ。
見間違う事があろうか、10年を共に過ごした主従は、未だに頭の中が混乱していた。
「……知り合い?」
環奈に声を掛けられ、ミズヤはハッと我に帰る。
今はまだ戦いの最中だという事を自覚し、言葉少なに環奈へ伝えた。
「彼女はメイラ。シュテルロード家で、僕に付いてた侍従なんだ」
「…………」
ミズヤの侍従だと聞いて、環奈は目を丸くした。
心優しい彼の従者が、何故悪幻種になるのかと不思議で仕方なかったから。
だが驚く暇は風のようにメイラの言葉が攫った。
「ああっ! ミズヤ様ミズヤ様ッ!!! またお会いできてこのメイラ、感無量で言葉もありません!!」
歓喜のあまりに涙すら流すメイラに、ミズヤは心なしか安心した。
あのような辛い別れをしながらも、また自分に会いたいと思っていたように見えたから。
「メイラ……。その、ごめん。僕のせいで家を……」
「良いんです!! ミズヤ様、どうかこちらへ。私の手を取ってくださいませ!」
両手を広げてミズヤを誘う。
嬉しさ満点のように思える笑みに、ミズヤは戸惑いながらも1歩目を踏み出した。
「待ちなよミズヤ! アイツは悪幻種なんよ! 説明したでしょ!」
声を荒げ、環奈はミズヤの手を掴んだ。
彼が進むのは奈落に自ら落ちるのに等しい。
しかし、ミズヤはその手を振りほどいた。
「僕は彼女に謝らないといけない。環奈さん、ごめん……」
申し訳なさそうに言う彼は、自分の結末がわかっていたのだろう。
後の事を任せるために、ミズヤは神楽器と、刀や羽衣を投げ捨てたのだから。
そしてまっすぐとメイラの前へと歩み、真摯に彼女に向き直った。
その刹那に、ミズヤは優しく抱き寄せられた。
「ああっ、ミズヤ様……。私はずっと、ずっとこの日を待ち望んでおりました……」
「……それは良かったよ。僕も、メイラに会えて良かった。ずっと、悪かったと思ってたんだ。僕がいなければ、君は――」
「いいんです。こうしてまた会えたのですから。だから、ミズヤ様……」
「死んでください」
愉悦に満ち溢れた一言と共に、メイラが腕に込める力は強まった。
ミズヤの鋭い悲鳴が空を駆ける。
「何を――!」
「ミズヤさん!!」
兵の中で、ミズヤの顔をわかる何人かが止めようと武器を持つも、近付く前に、黒い障壁に弾き飛ばされる。
それはミズヤの作った結界だった。
これは償いであり、ケジメ。
誰にも止めさせないようにしているのだ。
ミシミシと締め付けられ、骨が折れ、血反吐を吐き出すと、その熱い抱擁から解放される。
崩れ去るミズヤの体を、メイラは無遠慮に踏みつけた。
「ガァッ――!!」
「あぁ……貴方を殺す日をどれだけ待ち望んだことか……。本当ならもうちょっと痛ぶるところですが、状況が状況……。楽にして差し上げます」
ミズヤの髪の毛を掴み、無理やり持ち上げるメイラ。
もう片方の手には、黒い槍が。
「さようなら、ミズヤ様♪」
歪んだ瞳でニタリと笑い、彼女はミズヤの胸を槍で貫いた。
抵抗は何1つなく、槍はミズヤの体を貫通する。
そして、その槍は悪幻種のみ使う【悪苑の剣戟】であり――
ミズヤの体は、爆散するのだった――。
◇
それは最早懐かしさを感じるほど遠い記憶。
魔法を習いたてのミズヤは毎日部屋や庭でトレーニングをし、その傍らにはいつも、まだ金髪だった幼いメイラが仕えていた。
もう戻れない昔の記憶、それは鳥の囀りさえ聞こえるほどに静かな時だった。
「――あ〜っ、もうダメ〜……」
パタリと部屋で倒れるミズヤに、そっとメイド姿のメイラが近付き、彼の頭を起こした。
「根を詰めすぎではありませんか? こんなに汗をかいて……無理に練習をしても仕方ありませんよ?」
「ん〜っ」
メイラがハンカチでミズヤの顔を拭うと、気持ちよさそうに鳴いた。
魔法の練習というより、魔力を使い切ろうとしたのだ。
この世界の魔力は善意と悪意、つまりは心と繋がっている。
魔力を使うのは心を削るに等しいが、その心を失わないよう気を張るのには集中力がいる。
精神力など鍛えなくとも、大人になれば自然と身につくと思ってメイラは言うのだった。
しかし、ミズヤはこう返した。
「僕は人の役に立たなきゃいけないんだよーっ。だからいっぱい魔法を使えるようにしなきゃいけないんだよぅ……」
「……。人のため、ですか。優しいですね、ミズヤ様は」
「あははっ、ありがとう。メイラも優しいよね」
「……そうなのでしょうか?」
「そうだよっ」
ミズヤは体を起こして立ち上がり、メイラに向き直って言った。
「だって、メイラは【白魔法】が使えるもんね。知ってる? 【白魔法】は善意になるんだって。だったら、【白魔法】使えるメイラは良い人だよーっ」
朗らかな笑顔で告げられた言葉に、メイラはくすぐったがるように笑って、それにミズヤが少し怒って、そんな日常の話――。
「――もう【白魔法】なんて、何年も使ってないもの」
ミズヤの血が雨のように降り注ぐ中、ポツリと少女は呟くのだった――。
そう感じ取った後にナルー保護を掛けた結界を作り、【二千桜壁】を解いてミズヤは教会に住む2人に処理を任せ、軍基地へ向かった。
ミズヤの全速力はまだ目で追えるほどで、【赤魔法】を使えるにしてもそのスピードは“疾い”に留まる。
ただ、教会から基地までがそう遠く無いことは幸いであり、1分と経たずに到着した。
漆黒の少女による一撃で傷を負った人々を見て、彼は即座に【羽衣天技】を使用する。
「【羽衣天技】――【四千精創】」
ミズヤを中心に、屋上全体には緑の膜が覆い被さった。
あらゆるものを治す、そのために発動した最強の回復魔法はそこにあるだけで中に居る者の傷を治していく。
それは誰1人として例外は無い、レジスタンスも帝国側も。
「ミズヤ!!」
彼を見つけてすぐさま環奈は屋上に降り立った。
六翼を仕舞い、自ら兜を握り潰して顔を見せる。
「いやー、良かったわ来てくれて。治し終わったら刀とマフラー貸してくんない?」
「え? いいけど、なんで……?」
「アレ見て」
「……?」
環奈が指を差したのは、陥没した屋上。
その穴からは、ゆっくりと、這い上がるように1人の少女が現れる。
パラパラと所々砕けた、環奈と同じ黒甲冑を纏ってヨロヨロと立ち上がる。
その少女は、血みどろの顔をミズヤ達に見せた。
この再会は、名前の付いた額縁でもあるかのような一枚の絵に思えるほど、静かな情景で――
「……ミズヤ……様……?」
確かめるかのように黒の少女が口を開く。
少年も思わず聞き返した。
「まさか……メイラ、なの……?」
まさか――その言葉の後に本当は、“生きていたの”と続くべきだった。
シュテルロード領は悪意の量産場であり、多くの人が死んでしまう。
しかし、ミズヤの目の前に立つのは、あの日よりも成長し、傷付いた姿のメイラ。
見間違う事があろうか、10年を共に過ごした主従は、未だに頭の中が混乱していた。
「……知り合い?」
環奈に声を掛けられ、ミズヤはハッと我に帰る。
今はまだ戦いの最中だという事を自覚し、言葉少なに環奈へ伝えた。
「彼女はメイラ。シュテルロード家で、僕に付いてた侍従なんだ」
「…………」
ミズヤの侍従だと聞いて、環奈は目を丸くした。
心優しい彼の従者が、何故悪幻種になるのかと不思議で仕方なかったから。
だが驚く暇は風のようにメイラの言葉が攫った。
「ああっ! ミズヤ様ミズヤ様ッ!!! またお会いできてこのメイラ、感無量で言葉もありません!!」
歓喜のあまりに涙すら流すメイラに、ミズヤは心なしか安心した。
あのような辛い別れをしながらも、また自分に会いたいと思っていたように見えたから。
「メイラ……。その、ごめん。僕のせいで家を……」
「良いんです!! ミズヤ様、どうかこちらへ。私の手を取ってくださいませ!」
両手を広げてミズヤを誘う。
嬉しさ満点のように思える笑みに、ミズヤは戸惑いながらも1歩目を踏み出した。
「待ちなよミズヤ! アイツは悪幻種なんよ! 説明したでしょ!」
声を荒げ、環奈はミズヤの手を掴んだ。
彼が進むのは奈落に自ら落ちるのに等しい。
しかし、ミズヤはその手を振りほどいた。
「僕は彼女に謝らないといけない。環奈さん、ごめん……」
申し訳なさそうに言う彼は、自分の結末がわかっていたのだろう。
後の事を任せるために、ミズヤは神楽器と、刀や羽衣を投げ捨てたのだから。
そしてまっすぐとメイラの前へと歩み、真摯に彼女に向き直った。
その刹那に、ミズヤは優しく抱き寄せられた。
「ああっ、ミズヤ様……。私はずっと、ずっとこの日を待ち望んでおりました……」
「……それは良かったよ。僕も、メイラに会えて良かった。ずっと、悪かったと思ってたんだ。僕がいなければ、君は――」
「いいんです。こうしてまた会えたのですから。だから、ミズヤ様……」
「死んでください」
愉悦に満ち溢れた一言と共に、メイラが腕に込める力は強まった。
ミズヤの鋭い悲鳴が空を駆ける。
「何を――!」
「ミズヤさん!!」
兵の中で、ミズヤの顔をわかる何人かが止めようと武器を持つも、近付く前に、黒い障壁に弾き飛ばされる。
それはミズヤの作った結界だった。
これは償いであり、ケジメ。
誰にも止めさせないようにしているのだ。
ミシミシと締め付けられ、骨が折れ、血反吐を吐き出すと、その熱い抱擁から解放される。
崩れ去るミズヤの体を、メイラは無遠慮に踏みつけた。
「ガァッ――!!」
「あぁ……貴方を殺す日をどれだけ待ち望んだことか……。本当ならもうちょっと痛ぶるところですが、状況が状況……。楽にして差し上げます」
ミズヤの髪の毛を掴み、無理やり持ち上げるメイラ。
もう片方の手には、黒い槍が。
「さようなら、ミズヤ様♪」
歪んだ瞳でニタリと笑い、彼女はミズヤの胸を槍で貫いた。
抵抗は何1つなく、槍はミズヤの体を貫通する。
そして、その槍は悪幻種のみ使う【悪苑の剣戟】であり――
ミズヤの体は、爆散するのだった――。
◇
それは最早懐かしさを感じるほど遠い記憶。
魔法を習いたてのミズヤは毎日部屋や庭でトレーニングをし、その傍らにはいつも、まだ金髪だった幼いメイラが仕えていた。
もう戻れない昔の記憶、それは鳥の囀りさえ聞こえるほどに静かな時だった。
「――あ〜っ、もうダメ〜……」
パタリと部屋で倒れるミズヤに、そっとメイド姿のメイラが近付き、彼の頭を起こした。
「根を詰めすぎではありませんか? こんなに汗をかいて……無理に練習をしても仕方ありませんよ?」
「ん〜っ」
メイラがハンカチでミズヤの顔を拭うと、気持ちよさそうに鳴いた。
魔法の練習というより、魔力を使い切ろうとしたのだ。
この世界の魔力は善意と悪意、つまりは心と繋がっている。
魔力を使うのは心を削るに等しいが、その心を失わないよう気を張るのには集中力がいる。
精神力など鍛えなくとも、大人になれば自然と身につくと思ってメイラは言うのだった。
しかし、ミズヤはこう返した。
「僕は人の役に立たなきゃいけないんだよーっ。だからいっぱい魔法を使えるようにしなきゃいけないんだよぅ……」
「……。人のため、ですか。優しいですね、ミズヤ様は」
「あははっ、ありがとう。メイラも優しいよね」
「……そうなのでしょうか?」
「そうだよっ」
ミズヤは体を起こして立ち上がり、メイラに向き直って言った。
「だって、メイラは【白魔法】が使えるもんね。知ってる? 【白魔法】は善意になるんだって。だったら、【白魔法】使えるメイラは良い人だよーっ」
朗らかな笑顔で告げられた言葉に、メイラはくすぐったがるように笑って、それにミズヤが少し怒って、そんな日常の話――。
「――もう【白魔法】なんて、何年も使ってないもの」
ミズヤの血が雨のように降り注ぐ中、ポツリと少女は呟くのだった――。
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