連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第15話:サード・コンタクト⑤

 落ちてきた人型のナニカ――6翼の黒い翼を広げたその体は黒く覆われつつも、素顔を晒していた。

 その正体は1人の女性であった。
 腰まで伸びた黒髪、アザだらけのその肌、瞳孔の開いた黒目――。
 もはや死んでるのではないかと疑う彼女は、ゴキンと首を鳴らした。
 90度直角に曲がった首、その姿は多くの者に恐怖を芽生えさせる。

「――マジか」

 環奈の一言が静寂を打ち破る。
 あっけらかんとした言葉だが、環奈の声は低く、いつもの調子ではなかった。
 マジかというたった一言、よく耳にするであろう言葉でも、何がマジなのか、誰にもわからなかった。
 誰もが疑問を持つ中、環奈は瑛彦にこう命じる。

「……瑛彦、あの子を殺して」
「は?」
「早く。アンタは電気だから死なんだろうけど、ここの人みんな死ぬかもしれない。頭に電気送れば殺せんでしょ? ほら、早く!」
「そっ、そんなこと急に言われてもよぉ……」

 殺せと言われて人を殺す事など誰が出来よう。
 瑛彦はいかに同じ世界出身の友人の頼みでも、二つ返事で「はい」とは言えなかった。

「……はぁ。しゃあない、とりあえずは防御に全力を尽くすかねぇ」

 仕方ないと言わんばかりに環奈は立ち上がり、ブランと腕を下げて、無気力に空を見上げた。

 刹那、黒い鎧の女が環奈に目を向ける。
 またゴキリと首を鳴らしてまっすぐに戻すと、彼女はその両手で魔法を発動させた。

 女の手には彼女の背丈ほどもある真っ黒な大剣が握られ、ゆっくりと振り被った。

「全員、死ぬ気でガードしろ!!!」

 女の武器を見て、環奈は叫んだ。
 誰も言葉は返さず、防御手段のある者はなんとなくこの言葉を信じて結界や水の盾を作り出す。
 だがそれよりも早く――

「うぉらっ!!」
「ふんっ!!」
「!!?」

 マナーズとヤーシャがイグソーブ・ソードで漆黒の少女をぶっ叩いたのである。
 背中のから2つの切れない剣戟を喰らい、少女は結界に吹き飛んだ。
 ガンッという、鎧がぶつかる音が響く。

 一瞬の出来事に皆の脳は情報が追いつかず、硬直する。
 突然現れた少女はあっさりと倒されてしまったのだ。
 マナーズとヤーシャ、西軍軍事拠点主戦力が、一瞬にして。

 ……パキキッ

 否――まだ終わってはいない。
 時速200kmほどで衝突したにもかかわらず、鎧の少女はのめり込んだ結界から出て飛んだのだ。
 骨が折れて、いや、寧ろ死んでいてもなんらおかしくない筈だったのに、彼女は起き上がった。

「マナーズ!」
「わかってますよ!」

 ヤーシャが叫び、マナーズと共に鉄でできた屋上を蹴る。
 2人は一瞬にして少女の元に辿り着き、再びイグソーブ・ソードを振り被った。
 しかし、

「――【悪苑の剣戟グジャロード】」

 ポツリと呟く少女の言葉に、2人は爆発に包まれた――。



 ◇



 氷の上に立ち、夜風に髪を揺らす少女フィサは、氷の時点で膝を折り、左肩を抑える少年を見下ろしていた。
 少年に負わせた傷は淺く、大したダメージとは言えない。
 だからここからが本番、そう確信していた。

「……むぅ」

 ミズヤは凍りついた地上で、不満そうに唸る。
 抑えた手を離すと、既に左肩の傷は魔法で治っていた。
 しかし、血だらけであるためにフィサからは確認が取れない。

 否、もはや傷などどうでもよかった。
 ミズヤは完全に、彼女を敵として認識したのだから。

「……【炎天技えんてんぎ】」

 魔法の言葉を呟いた刹那、ミズヤの体が赤く包まれる。
 まるで炎で体を焼かれている――そんな印象の見た目ではあるが、彼の周りの氷は、徐々に溶け出していた。
 ケイクの使う【火花の鎧スパーク・アーマー】とは、温度がまるで違う炎なのだ。

「水すら燃やせ……【爆炎送波バーニング・トランスレーション】!!!」
「!!」

 ミズヤは拳を握り、その場からフィサ目掛けて空気を殴りつける。
 彼の手を中心に紅蓮の渦が生じ、空気を燃やしながら一直線に伸びていく。

(躱す……? いや、防ぐ――)

 フィサはこの攻撃に、真っ向から対抗しようと考えた。
 彼女が全力で作った氷は1500度だろうと溶けることはない。
 そんな、絶対的な自信があるからこそ――

(あつっ……?)

 だが、その炎がコンマ数秒ごとに近づくにつれ、氷で覆われた彼女に熱を感じさせて――瞬間的に、彼女は飛んでいた。
 無意識に、咄嗟に、慌てて避けたのだ。

 先ほどまで彼女が立っていた氷は炎に飲み込まれ、跡形もなく消え去った。
 真っ赤な炎は、フィサの想像を超える温度で、彼女は水や氷の使い手でありながら、初めて炎に死をイメージしたのだった。

「クッ……!」

 炎の竜巻はミズヤを中心に移動してフィサを追った。
 フィサはドライブ・イグソーブで空を駆けて逃げるも、差は縮まる一方であった。

「町に逃げればっ!」

 国軍のミズヤは建物を燃やしたりはしない、さらには自分の氷で戦える。
 そう判断を下し、すぐさまフィサは降下した。
 炎の竜巻は追ってこず、赤く見えた空も黒く返っていた。

「【多天技】」
「!!」

 安心するのも束の間、気付けばフィサは、宙に浮かぶ無数の黒い刃に包囲されていた。
 逃げ場などない、一歩でも動けば刀が刺さるであろう距離だった。

 そして、ミズヤは悠然と歩いてくる。
 力の差は開き過ぎていた。
 氷面を滑り、飛び、氷を使って攻撃するフィサの攻撃は広範囲であり、1500度を耐える氷。
 それでもミズヤの攻撃は1つ1つが広範囲であり、現在発動している【多天技】をもっと早くから発動していれば、既に決着はついていたのだ。
 殺戮という形で、決着が――。

「……諦めてくれる?」

 まっすぐな声でミズヤは問う。
 投降してもらえれば、全てが終わるのだから。
 しかし、フィサには投降などという身を差し出す真似はできなかった。
 覚悟を決めてこの場所に立っているのだから。

「……殺せ」

 不意にフィサが呟く。
 投降するぐらいなら死んだ方がマシだと、そういう意味での発言だった。
 諦観しきった彼女に、ミズヤは笑いかけ、

「【拘束リストレイント】」

 黒魔法により、拘束した。
 殺す事などしない、それはバスレノスとの約束であり、また、ミズヤの望むところでもなかった。

 彼はサラの話を聞くまで、こんな思想を抱いていた。

 悪い人は、罪を償うのも辛いし、償おうとしない人もいる。そして罪を繰り返すのならば――殺さないと――。

 しかし、ミズヤはサラの話から、前世の恋人である霧代に許されていることを知った。
 誰でも罪は償えるかもしれない、何よりもミズヤは罪を償う意味すらなかったのだから。
 それならば、彼は悪い人を殺す理由もないし、ただ敵対するという理由でレジスタンスを殺したりもしない。

 フィサは漆黒の鎖に拘束された。
 300対1の戦いはここに、ミズヤの勝利が決まった。

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