連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第11話:サード・コンタクト①

 西軍基地屋上――星の瞬く夜の下に、環奈とキトリューは立っていた。
 見据える先は、これから向かうはずの西側ではなく、東側。
 そこから続々と現れる、光る影。
 月光が輝かせる鈍色の鉄達、イグソーブ武器を持った兵隊達――ただし、その外装は見慣れたジャージ姿ではなく、環奈は全身に【赤魔法】の身体強化を施して警戒する。

「……お宅ら何者?」

 カンッ、カカンッと踏み鳴らして降りてくる影達から1人の男が前に出て、環奈の質問に答えた。

「我らはレジスタンスだ。西方軍事拠点の諸君に通達したまえ。クオン皇女並びに善幻種ナルーを連れて来い、さもなくば、この場を制圧するとな」
「……あー、アンタが噂のレジスタンスさんなのか」

 男の名乗りに対し、環奈は極力冷静に居ながらも、まだジャージを着ていたためにこの場を切り抜けるのが億劫だと内心面倒臭がっていた。
 横に並ぶキトリューも、これから2人でする空の旅を邪魔されて気を害している。

「……どうするよキトリュー?」
「環奈、お前はヤーシャ殿に伝えて来い。ひとまず、この場は俺が持とう」
「……りょーかいっ。死なんでね?」
「プッ……誰が死ぬか」

 キトリューが吹き出して言うと、環奈は一瞬にして姿を消す。
 敵の数はキトリューから見えるだけでも200はゆうに超える、その敵を見ても1人で場を持たせると言ったのは、話だけで持たせようという気が半分と――

【ヤプタレア】で“魔人”として生まれ、圧倒的な身体能力がその自信を生み出していた。
 彼は、“魔人”である。
【ヤプタレア】では天使、人間、魔人の3種族が人型で知性を持って生まれ、その力は先のマナーズとの戦いの通り。

 彼は最後の瞬間まで、赤魔法を使っていなかったのだ。
 環奈も“魔人”であり、この場から瞬く間に姿を消した。
 つまり――【赤魔法】で肉体強化した彼等は他の魔法なしでも、“最強 ”といえる化け物なのだ。

「……ふむ。先の驕傲きょうごう、其方はよほど腕に自信があると見受ける。手合わせをしたいのなら相手になろうか?」

 しかし、甘く見られたと感じた紫髪の男は敢えてキトリューを挑発する。
 だがキトリューは、首を横に振った。

「やめておこう。ここから貴公までの距離が20数メートル……そうだな、20人ほどが一瞬で死んでしまう。無駄に命を取りたくはないのだ。イグソーブ武器とやらを俺は持っていないからな、持っている奴に戦ってもらえ」
「……ほう。よく吠える――」
「そんなことより、俺はこの世界に召喚された人間なんだ。そちらには瑛彦あきひこもいるのだろう? 今居るのなら、少し話させてはくれないか?」
「……なにっ?」

 紫髪の男――トメスタスは驚いてその場を振り返る。
 視線の先に居た瑛彦も目を丸くさせていたが、彼の視線に気付いてコクリと頷いた。
 それを見てトメスタスは再度キトリューに目を向ける。

「……なるほど。そうだな、我らとしても異界の者を殺すのは忍びない。其方が敵対しないのならば我らも攻撃はせぬ。話したいならば好きにしろ」
「ふむ……では、お言葉に甘えるとしよう」

 トメスタスの返事を聞き、キトリューは瑛彦の方へと歩みを進ませた。
 2人が話す事にレジスタンスの者は興味がない――否、新たな戦いの予兆がここにあり、喉がひりついて声を出すことも叶わぬのだ。
 まだ、まだ夜は静かだ。
 しかしこれから――この場は戦場と化す――。



 ◇



 その建物内では、混乱もなく、全員がその場で片膝をついて待機していた。
 外のみならず、建物も静かであった。
 西軍兵士達の落ち着きに、ヤーシャと共に司令室に来ていたクオンとその側近達は声が出なかった。

 全ての兵士達は部屋や廊下の上部にあるスピーカーに目を向けている。
 そこから放たれるであろう、彼らの司令官の声を聞くために。

《総員》

 刹那、館内にヤーシャの声が響く。
 司令室から魔法による放送であった。
 その言葉に熱はなく、感情の無い冷え切った声でこう続けられた。

《今、このバスレノス西方軍事拠点がレジスタンスに宣戦布告を仕掛けてきた。相手はクオン皇女とナルー様を差し出せば争いはしないと言うらしい。随分とナメたことを言っている。西軍は貧困街中心を守るのが責務である事から、我々を雑魚だと思っているに違い無い》

 そこまで喋り、ヤーシャは一度口を閉じる。
 見下されている――その事をよく考えさせるために。

《……だからこそ、諸君らはここで思う存分暴れ……いや、もう全員捕まえちゃって? 仕事がまとめて片付くしさ、うん》

 いきなりのぶっちゃけ発言に、クオンはコケそうになった。
 結局は仕事に行き着くのである。
 ただし、その気楽さは“誰も死なない”という自信があるからこそ口にできるのだ。

《でも、相手は返事が来るまで攻撃してきてないらしい。一応礼儀のある相手だから、アタシも一度上に出る。付いてくる戦士は屋上で合流しよう! 以上!》

 ガチャンと発信装置を机に置き、ヤーシャは扉の方へ早足で歩く。
 振り返りもせずに素早い指示を出した。

「クオン様はどうするか任せます。マナーズ、来い」
「……うーっす」

 寝ぼけ目のマナーズはソファーからフラフラと立ち上がり、ヤーシャが部屋から消えるのをヨロめきながら追っていった。
 残されたクオン達であったが、彼らも彼らですぐに動く。

「ヘリリア、ケイク。とにかく私は客人としてきています。ここは自分の命を尊重し、裏道から逃げましょう」
「畏まりました。参りましょう、クオン様」
「りょ、了解ですぅ……」

 こうして一向は裏道へ向かうため、1階へと向かうのだった。



 ◇



 そして、西方軍事拠点よりさらに西側――。
 教会のあるその場には、夜にもかかわらず多くの足音が迫っていた。
 その誰もが銃器、大剣を携えており、その一歩一歩は重いもので、静かな夜には遠くまで響いた。

 その軍勢の先頭を切るのは水色髪にゴシックドレスを着飾った少女、フィサであった。
 彼女の手にも2丁のドライブ・イグソーブが携えられ、闘志が見て取れるのであった――。

「……これは」

 しかし、教会の前までやってきて彼女は驚く。
 思わず声にまで出してしまったそれは、教会が桃色の光で覆われていたからであった。

 驚きもつかの間、艶やかで哀しいメロディーが鳴り響く。
 次々と音階が変わりながらも、鋭くい高音の連続。
 ただ、1つ1つの音はゆっくりなだらかに、包み込むように。
 弦と弦を合わせた、そんな音色が響くのだった。

「……また、貴方か……」

 フィサにはその音色を奏でる楽器の正体が分かった。
 そしてこの桃色で包み込む防護壁の正体も察している。
 何故ならこれは、神楽器持ちにしか許されぬ技、【羽衣天技】の1つなのだから――。

 やがて音楽は鳴り止み、その少年は姿を現す。

「やぁ、フィサさんっ。また会いましたね?」

 彼女の前に降り立ったミズヤ・シュテルロードは、にこやかに微笑んだ。

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