連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第9話:マナーズvsキトリュー・後編

「時間を……拡張?」

 その言葉の意味を、マナーズはすぐに捉えられなかった。
 歯切れの悪い質問に、キトリューは答える。

「【無色魔法】は空間を操る。空間というのは、あいだいていることを言うだろう? 時間というものは絶え間なく流れる川の水のようだが、水でさえ隙間はある。それを時間に置き換えて引き延ばし、時間を遷延せんえんさせただけだ」
「……それって、世界全体の時間を遅らせたっつーことッスか? そんなん、魔力がもつわけ……」
「さてな。どう思おうが其方そなたの自由だが、俺はあまり魔力を使ったつもりがないよ。それに、俺の時間が速まっただけかもしれぬからな」
「……ともかく、アンタは時間を操れんスか。なるほどね」

 話を聞き、マナーズは「どっこらせ」とドライブ・イグソーブをその場に捨てる。
 そして影から新たに、白い鉄でできた大剣を2本取り出した。

「イグソーブ・ソード――斬れないっつっても、これは鉄だから当たると骨は折れるかも。すまんね」
「何を使おうが構わん。次は其方から来い」
「……はいよっ、と!」

 マナーズは右足を大きく上げ、地面を踏みしめる。
 踏みしめられた周囲は小さなクレーターが出来上がり、マナーズは一歩を踏み出した。

 その一歩は、一瞬にしてキトリューの元へ辿り着いた。

 右手の剣が振り下ろされる。
 最早それは視認できる速度ではなかった。
 しかし、キトリューは時間を遷延する事で回避する。
 それでも、ブオンという風圧を彼は感じるのだった。

(時間を遅らせて、この速さ……!)

 ここに来てようやくキトリューの顔色が変わる。
 勢いのままに、マナーズは止まらず左手の剣を横薙ぎに振るう。
 これをしゃがんで躱し、キトリューは次に来るであろう右手の剣の側面を、地面に向けて殴り付ける。

 刀が手に当たった、その時だった。

 ガァンッ――!!

「ッ!!?」

 手で側面に触れただけ、それだけでキトリューの体は吹っ飛ばされてしまう。
 ただ、彼もまた並外れた運動神経をしており、背中から倒れるのを受け身を取り、腕をバネのようにして起き上がった。

「……その武器、面倒だな」
「バスレノス技術の結晶らしいッスからね」

 大剣2つを軽々と振り、マナーズは両腕を肩の後ろへと振りかぶる。
 圧倒的な速さを持ち、振られるその刃は触れたものを弾く。
 物体とぶつかった時の衝撃を弾性的に弾きかえす、それがイグソーブ・ソードの特性であった。

「んじゃ……行きますよっと」

 マナーズはそう宣言をし、左足を曲げる。
 その直後、彼の姿は消えた。

「【時間調節タイム・コントロール】――」

 それと同時にキトリューは時間を引き延ばす。
 すると、彼が目にしたのは走ってくるマナーズの姿であった。

「フッ!」

 まずは右腕の大剣が振り下ろされる。
 半歩引いて体を反らしこれは避ける。
 続く左手の刀は振り下ろすように見せかけ、横薙ぎに振ってきた。

 しかし、いくら裏をかこうと、フルスイングの大剣は動きが読める。
 しゃがみこんでキトリューは避けてみせ、マナーズの懐に入る。
 脇の隣で拳を握りしめ、再び腹部へと叩き込む――

 だが、吹き飛んだのはキトリューの方であった。
 ガァンッ! という鈍い音が再び響き、宙に浮かされる。
 拳への一撃は、剣で防がれたのだ。

 自分の渾身の打撃、その威力を跳ね返された力は10mにも及んで吹っ飛ばされた。

「ぬぅっ――!」

【無色魔法】により空中で止まるも、直後に飛んできたイグソーブ・ソードを躱す。
 地面からの投擲――ソードを槍として、マナーズは投げたのだ。
 いつの間にか彼は片手にドライブ・イグソーブを持ち、ボタンを押す事で衝撃波を連射する。

「【力の壁フォース・ウォール】」

 これは全て空気の壁で防ぎ、彼は地面に降下する。
 その背後にはまたもやマナーズが迫っていた。
 持っていたドライブ・イグソーブは捨てられており、1本のソードに力が込められる。

「よっと!」

 時間を引き延ばすには間に合う速度ではない。
 キトリューはこの一撃を受ける――


 その筈であった。

「――あれ?」

 声を出したのはマナーズだった。
 確実に仕留めるはずだった標的はらず、その大剣は空ぶったのだから。

 間髪入れず彼は振り向いてキトリューを探すが、その必要もなかった。
 振り向いたその直後に、時間がスローモーションになったのだから。

「はぁ……。俺も【赤魔法】を使う事になるとは……」

 億劫と言わんばかりにボヤくキトリューは、マナーズの背後に立っていた。
 今までのキトリューは【赤魔法】による身体強化のない速度だったのだ。
【赤魔法】を使用する事で元から速いそのスピードは、マナーズをも上回る――。

 時間の遷延を受けながらもマナーズは振り返りざまにソードを薙ぐ。
 危険の察知による反射的な動き、暴力に訴えた力任せの一撃だった。
 しかしその手は掴まれ、攻撃を封じられた。

 ヒュッと伸びたキトリューの拳が、マナーズの顔の前でピタリと止まる。
 本当ならば相手を吹き飛ばしていた拳は寸止めで終わり、全ての動きが静止した。

 やがて、ポロっとマナーズの手から剣が落ちる。
 ズシリと重たい衝撃が芝生を覆い被さり、その直後にマナーズは掴まれた手を離して両手を上に挙げた。

「……降参ッスわ。俺より速いって、勝てっこないッス」
「…………」

 降参の一言を聞いて、キトリューも拳を引いた。
 最早拳を出している必要はない。
 2人は少し距離をとってから礼をし、クオン達の元へと戻って行った。

「……あー、すんませんヤーシャさん。負けやした」
「お疲れ様。あのまま殴られて顔面陥没してればよかったのに」
「よーしゃないッスね……」

 ヤーシャの言葉を受けて座り込んでしまうマナーズ。
 負けて落ち込んでいるというよりも、寝転がってたいというのが本音なのだが。

「イェーイ! キトリューお疲れ〜!」
「…………」

 戻ってきたキトリューの胸に環奈は飛び込み、抱きしめた。
 キトリューは環奈を引き剥がすでもなく彼女の頭を撫で返す。

 こうしてクオン達と西方軍事拠点による、初の模擬戦が終わったのだった。

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