連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第6話:サラの話・後編

 ミズヤが泣き止んで、また椅子に座った頃には環奈もキトリューも長椅子に腰を下ろしていた。
 語り手は再びサラへと戻る。

「ニャーッ、ミャーッ」
「私は響川家の家族としても瑞揶が好きだった、と仰ってます」
「……そっか。確か、居候いそうろうだったもんね」

 ミズヤは瞬時に言葉の意味を察した。
 瑛彦が「居候ができた」と言っていたのを覚えていたからだ。

 ミズヤは立ち上がり、ゆっくりとサラへと歩み寄って、猫の体を抱き寄せる。

「ありがとう、サラ……。本当の君がどんな姿なのかはわからないし、ナルーさんの話し方が君の話し方なのかもわからない。だけど、いつも近くに居てくれて、僕を見守っててくれて、ありがとう……」
「…………」

 慈しみの込められた優しい言葉を囁かれ、サラはされるがままに彼の胸へ顔を埋めた。
 しなやかに動く尻尾も今はだらりと下がり、脱力して身を預ける。

 遥か遠くにあるアルトリーユの地、そこに居るサラは泣いていた。
 7年という時を猫としてミズヤと共に過ごしてきた。
 ただ眺める事、猫の体で触れる事しか叶わなかった彼女が、救われる一言だったから――。

「……ニャーン」
「……どうしたの?」
「今サラさんは、“嬉しい”と呟かれましたよ」
「……。そっか……」

 言葉に表された気持ちを受け取り、ミズヤは優しく笑ってサラを抱き、そっと目を閉じた。
 人間1人には到底及ばない体重ではあるが、ずっしりとしたサラの重みを、柔らかな毛並みを全身全霊で感じるように。

 前世の恋人であり、前世の記憶のないミズヤとしては響川沙羅は今世で全く関係のある人物ではない。
 しかし、世界を超えた愛を、ミズヤは確かに受け取ったのであった。

 ビシッ

「痛っ」

 そんなミズヤの帽子の上に手刀が下される。
 驚いて振り返ると、叩いたのは環奈であった。

「いつまでそうしてんの。話進まんからイチャつくのは後にしてよね」
「は、はぁ……」
「ニャーッ!」
「怒るんじゃないよ。ナルーだって偉い身分なんだし、こんな事で時間割くわけにはいかないじゃんね?」

 同意を求めるように白い牛に尋ねるも、ナルーはニコリと微笑んでこう返した。

「いえいえ、私でよければ好きにお使いください。それに、なかなか面白い話をお聞きできましたからね。転生……ですか。異世界が存在するというのは、私にはとても想像できません」
「だろうねー。ウチも初めて【ヤプタレア】って世界見たとき、“何これすごっ!”って思ったわ」
「成る程成る程」

 コクコクとナルーは味わうように頷いて、話し手の環奈もにんまりと笑う。

「はてさて、サラは話終わり?」
「ニャーゥ」
「最後に一言だけ、だそうです」

 サラはミズヤの胸から飛び出し、赤いカーペットの上に着地する。
 そして振り返り、ミズヤの顔を見ながらニャーニャーと鳴いた。
 その言葉をすかさずナルーが翻訳する。

「私と貴方は1度死んで繋がりは切れた。だから、この先貴方が気に入った人が出来れば、恋愛をしても構わない。貴方がそれで幸せになれるなら、私の事は気にしないで。と仰ってます」
「……そう、かぁ」

 サラの言葉にミズヤは曖昧な態度を示した。
 サラという少女の素顔も声も知らない、そんな人を今のミズヤは愛せるかといえば、恋人のようには愛せない。
 しかし、今まで家族として同じ時間を過ごし、自分を想っていてくれる猫としては十二分に愛せた。

 霧代の事は過去の事なのだと、そして響川沙羅の事も気にしなくていいと。
 ようやく彼は自由恋愛を行えるというわけだ。

「…………」

 だがサラはグルンと素早く首を回して環奈の方を向く。
 無言で凄みを出し、環奈は意図を理解する。

(……変な女が寄りついたら、ウチが妨害しろって事かい)

 仕方ないなと言わんばかりに、環奈はため息を吐きながら頷くのであった。
 従順な様子にサラは満足し、首を引っ込めてミズヤの足元へ小走りで寄って、ポンっと前足でミズヤのブーツを叩いた。

「ニャーッ」
「じゃ、頑張るように、と申してます」
「え……うん」

 何を頑張ればいいのかわからなかったが、ひとまず頷くミズヤであった。



 ◇



 一方、先に裏へ戻ったクオン達は3人で輪になって座り、今回の件について相談していた。

 今回の遠征にあたって、ヘリリアとケイクはミズヤには前世があり、別の世界で生きていた事はクオンに聞かされていた。
 環奈とキトリューも同じ【ヤプタレア】という世界から来訪した事も本人達より聞いており、実際にミズヤが【ヤプタレア】で生きていた事も今日の対話で実証される。

「ミズヤは7色の魔法が使え、“ブラッドストーンの瞳”の結界も容易く破れる。南大陸に向かう兆しが見えたら、全力で止めましょう」
「は、はいぃ……」
「…………」

 クオンの言葉にヘリリアは何も考えずにコクコクと頷くが、ケイクは別であった。
 手を広げ、クオンに質問を返す。

「しかしクオン様、ミズヤの魔力量と実力ならば南大陸まで一晩あれば飛んでいけるでしょう。若しくは【三千雷火】ならばすぐに着くと思うのですが……帰って来ることを確約させれば、行かせてもよろしいのでは?」

 ケイクの言ったことはもっともである。
 ミズヤならば北大陸から南大陸のアルトリーユまで一晩で着き、光速の如く動ける【三千雷火】ならば、制御のために数秒遅れようとあっという間に着くのである。

 しかしながら、クオンには思うところがあった。

「確かに、行ってすぐ帰るのなら構わないんです。ですが、それならサラさんが会いに来ればいいとは思いませんか? 彼女は王女らしいですし、こちらへ来る手段はいくらでもあるでしょう。無論、事件が多発するバスレノスに自ら参じる王女が居るなら奇怪ですが、ミズヤが東大陸に居た2年間も彼女は探していない。猫が居るのだから居場所はわかるはずなのに、探さないのは公務がある、という理由だけではないはず……」
「裏がある、と?」
「そうですね……。何か目的があって、アルトリーユでしか出来ないことがあるのかもしれません。若しくは沙羅さんの名前を騙っているだけなのか」
「そういう可能性も無くはないですね。ミズヤの超能力というのが本当に凄いものであるなら……」
「どんな人物かわからない沙羅へ、ミズヤを送るわけにはいかないんですよ」

 キッパリと言い切るクオンに、ケイクは成る程と相槌を打って頷く。
 実態は猫に慣れたのやらフラクリスラルが危ないと止められるやら、たいした理由も無く、深読みしすぎなだけだが。

「……今しばらく様子を見ましょう。出て行くにしても、最低神楽器は置いてって貰わなくては」
「そうですね」
「お2人、なんか怖いですぅ……」

 側近の仲間を無碍にされ、戦慄するヘリリアであった。

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