連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

閑話④:とある日のレジスタンス

 〜フィサの気持ち〜



「いいか諸君、我々はなんとしてもバスレノスを打ち倒さなくてはならない。祖国を蹂躙したあのゴリラ共を倒して、初めて我々は真の自由を――」
「…………」

 城下町バスシャールより後方、にある都市、その地下にて、レジスタンスの指導者であるトメスタス・レクイワナ・キュールが同胞を鼓舞している。
 紫髪の少年の必死な説法を、フィサもまた耳を傾けていた。
 無口な彼女ではあるが、レジスタンスの一員として自身も頑張ろうという気持ちは強かったからである。

 しかし、そんな彼女も仕事一筋の人間ではない。
 だからこそつい先日アクセサリーを見ていたわけだが――

(……これ、どうしよう……)

 静かにポケットへ手を入れ、チャリと音を鳴らせたのは、帽子に猫を乗せた少年に貰ったペンダントだった。
 敵からもらったペンダントではあるが、綺麗で価値のあるものだ。
 捨てることはしないし、換金するもコレクションにするもよしである。

 しかしあの日は、トメスタスに渡すプレゼントを買いに行ったのである。
 自分を拾ってくれた少年に、ほのかに熱い想いもあったからだ。
 そこに敵からもらったプレゼントなど、渡せるわけがない。

「だからこそ、腕のある者は手を掲げ、声の出る者は大声で息吹し――おいフィサ、どうした?」
「え……」

 不意にトメスタスが声を掛け、フィサは驚いて顔を上げる。
 しかし、驚くのは周りの方であった。
 寡黙で真面目なフィサは、注意される事が少ないのだから。

「フィサ、何かあるなら言え」
「……いえ。なにも……」
「……はぁ。しっかりしろ、お前は仮にもレジスタンスの幹部だ。戦闘で強いのはよくわかっているが、それだけではならん。話ぐらい真面目に聞け」
「はい……」

 トメスタスはそう言いつけると、皆の前でまた口を開く。
 出てくる言葉は聞き飽きた“大義”や“正義”という言葉で、勿論それは心から信じるものでもあり、善魔力を向上させるためにも言っている。
 しかし、フィサとしてはトメスタスに叱られたダメージが大きく、渋い顔をして聞き流してしまうのであった。
 その顔ももちろん、君主の少年は見逃さなかった――。



 ◇



 その日の夜、フィサはトメスタスに呼び出された。
 今日は出撃しないことも全員に通達されており、静かな夜の景色を見ているトメスタスを、いつも居る建物の屋上にて彼女は見つける。

「殿下」
「……ん? 来たか」

 短い声で呼ぶと、トメスタスは振り向いてフィサを手招きする。
 フィサは身を縮める思いでトメスタスの方に寄り、隣に腰掛けた。

「それで、どうしたんだ? いつも冷静沈着、いつも同じ顔をしてなんとなく怖いお前が……今日は何か考えてそうな顔をしていた」
「……私のこと、貶したいんですか?」
「別に? お前がそういう態度だから困ったものだと、思うだけだ」
「…………」

 困ったものだ――その言葉は氷刃としてフィサの胸に刺さる。
 彼女は、ただでさえ敵大将の妹。
 フィサは自分で、レジスタンス内では肩身を狭く思っていたのだ。
 だからこそ真面目であり、きびきびと、淡々と仕事をする。
 迷惑をかければ、やっぱり大将の妹、疫病神と貶されるかもしれないと、心の内で思っていたから。

「……ごめんなさい」
「は? おいおい、何を謝る? 俺はただ、気がかりな事があるなら相談しろと言いたいだけさ。お前が考え事なんて、相当な事なんだろ?」
「…………」

 ズバリ名推理と言わんばかりのトメスタスの笑みに、フィサは眉をハの字に曲げた。
 実際はペンダントをどうするかという、あまり大した問題ではないのだ。

「……殿下は、勘繰りが過ぎます。私は……大した悩みなんて、抱えてません……」
「ほーっ……。む、さては男か?」
「……もっとないです」
「だろうなぁ、お前みたいな無愛想な女……っと、怒るなよ。手を上げられたら無表情でもわかるぞ?」

 制止の言葉が入り、辛うじてフィサは振り上げた拳を撃ち抜かず、ゆっくりと下ろす。
 自分が好いていたのが隣の男なだけに、彼女も行動に出るほど怒ったのだった。

「しかし、大した悩みか。みんな抱えてるだろう。バスレノスを打ち負かし、キュールを取り戻す。そこに意味はなくとも、仇を取れれば国の歴史、文化が護られる。今は、どうやってバスレノスを倒すのか、皆で悩もうじゃないか」

 ポンッとフィサの背中を叩き、笑顔で言うトメスタス。
 その言葉はまぎれもなく激励であり、小さな事は気にするなと遠回しな励ましであった。
 こういう優しさ、自分をレジスタンスに参加させようと手を伸ばしてくれた彼だから、フィサは……

「……なんだフィサ、赤くなって。照れてるのか?」
「……照れてません」
「ハハハハッ、お前は可愛げがないなぁ。でも顔は良いし、俺がバスレノスを取り戻したら側室4号ぐらいにしてやっても良いぞ」
「…………変態」
「……。軽い冗談のつもりだったが……。やっぱり、さすがはフィサだな! 冗談が通じん!」
「…………」

 バンバンと背中を叩かれ、フィサは黙るのだった。
 トメスタスとて、戦闘の時は冷酷無比の残忍な男に変貌する。
 しかし、こういうところで仲間の心配をし、
 励まし、
 明るくて眩しい、そんな存在であるからこそ、フィサは思う。

 貴方はやはり、王子なのだ、と――。

「……かっこいいですね」
「……は? なんと? お前はたまに、声が小さくて聞き取れん」
「……なんでもございません」

 身分に合う器を持っている事。
 それはかっこいいなと、フィサは思ったのであった。



 次の日、トメスタスの机には身に覚えのないペンダントがあったとかなかったとか。



 ◇



 〜ミュベスが取り巻く日常〜



 とある日のレジスタンス専用地下街には様々な家が建造されており、街の中心にある塔にはキュールの王族貴族、または幹部達が住んでいる。
 その中の一室てある、トメスタスの妹で金髪縦ロールをしたミュベスは……

「フッフッフッ……やっぱりフィサちゃんにはこれが似合いますわ」
「……。あの……」
「ああっ、失礼っ。わたくしは純真であり、黒き衣装は纏えぬ天使……。代わりにこのゴシックドレスはフィサちゃんが着てくださいまし♪」
「……。はい……」

 衣服が散乱した部屋にて、フィサは着せ替え人形の如く服を何回も着せ替えられて新たなゴシックドレスを身に付けていた。
 バスレノスの中心よりも下の方にあるこの地区は半袖でも大丈夫であり、今のフィサは二の腕も露わになっている。
 控えめな胸も強調され、白いレース付きのスカートは太ももが見え隠れしていた。

(……こういうの、2年目だけど、慣れない……)

 フィサは内心そう呟きながら、自分の体を隠すように自身を抱きしめる。
 内気な彼女は殻に閉じこもるように全身を隠すような服を着たがる――が、普段着用させられるのはミュベスの選んだゴシックドレス、ついでに下着までミュベスが面倒を見ている。
 トメスタスの実妹であるミュベスを前には幹部であるフィサもどうこう言えず、このゴシックドレス祭りは月に一度の頻度で開かれるのだ。

「よしっ、あとはこの衣装をどうするかですわね……。いつものゴスロリ部隊に回すにしても、余りますわ……」

 あごに手を当てて唸りながら、ミュベスは残った服をどうするか考える。
 その服も今はフィサが拾い、1つずつ丁寧に畳んでいるのだが。

 と、そこに扉を豪快に開ける音が響いた。
 部屋に突如現れたのは呼吸の荒いトメスタスだった。

「ゼェ……ゼェ……ミュベス!! お前また勝手に経費を服に当てたな!!?」

 そう言ってトメスタスはバインダーに貼られた紙をバシバシ叩く。
 だがミュベスは見向きもしないで、1着のドレスを拾い上げた。

「あら。心外ですわね、お兄様。わたくしは必要な物にお金を使っただけですわよ? それに、どうせバスレノスの連中から巻き上げたお金ですもの。どう使ったって――」
「いつも金欠金欠と言ってるだろう!? イグソーブ武器の整備、食料の確保、魔法の開発……ただでさえ足りんのに、1人で何枚金貨を使ったんだ!? お兄ちゃん怒るぞ!!?」
「もう怒ってるじゃありませんの!!」
「怒るに決まってるだろ! あのなぁ、お兄ちゃんだって可愛い可愛い妹のお前にこんな事を言いたくはない……。だがな、自分が着ない服を買うな! ホントに無駄だから!」
「知りませんわ!!」

 その後もギャーギャーと兄妹喧嘩が発展する中、フィサだけはゆっくりと時間をかけて、散らかった部屋を片付けるのであった。

 トメスタスはミュベス以外に血縁者がいなくなったためにかなりのシスコンであり、ミュベスは「兄の愛はあるから他からの愛が欲しい」と服を買い与えたりしているのだが、噛み合わない兄妹だなと、フィサはため息を吐くのであった。

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