連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第14話:セカンド・コンタクト⑧

 南大陸に位置するアルトリーユ王国。
 既に寝室に居たサラ・ユイス・アルトリーユ――前世では響川沙羅と名乗った少女は天蓋つきベッドに突っ伏し、微動だにしなかった。
 同部屋にいる少年、ユウキはそんな沙羅の様子に苦笑していた。

「サラさん……ミズヤさんの言葉が衝撃的でしたか?」
「うっさいわよ……。記憶ないから仕方ないもの……」

 枕越しのくぐもった声を返すサラに、ユウキはベッドに近付いて腰掛けた。

「そうしていても仕方ありませんよ。ミズヤさんが響川瑞揶の記憶を取り戻すまでは、我慢するしかありませんって」
「わーってるわよぉー!」
「ぬぁっ!?」

 枕を投げつけられ、ユウキはベッドから落ちる。
 思いっきりぶん投げたのは当然ながらサラだった。
 投げつけた後のフォームのまま、またサラは倒れる。

「うわぁぁっ……もうっ、早く記憶取りにこぉぉおおおおおおおい!!!!」

 サラの悲痛な叫びは、王宮全体に響き渡った。
 ユウキはやれやれという顔をしながらも、枕を持って手が濡れたことから、少しばかりはこの事態を憂慮するのだった。



 ◇



 ミズヤは1人、空を飛んでいた。
 瑛彦という少年とはあの場で別れ、その胸に抱くサラもうずくまっている。

(……瑞っち、これだけは言っておくぞ)

 最後に瑛彦が言った言葉を、ミズヤは思い出していた。

(この世界に俺と理優っちが召喚されて、その世界にミズヤとサラという存在が居る。これは何かあるとしか思えねぇ。気を付けろよ――)

「……。そんなこと言われたって……」

 どうすることもできない――それがミズヤと意見だった。
 ミズヤからすれば見覚えもない少年、しかし、この出会いに何か運命がある――そうであるならば、ミズヤの敵は、他にいるということになる。

(誰かが僕らを操っている。そんなの、知るわけないじゃないか……)

 ミズヤは歯嚙みをし、最高速度で空を突き抜けた。
 やがて急停止すると、そこは元いた城下町の商館があった上空だった。

 ミズヤが辺りを見渡すも、トメスタス、ヘイラの姿はない。
 そればかりか、100余名は居た軍の人間もいなかった。

「……ん?」

 だがそれはおかしいと、ミズヤは思わずにいられない。
 既に帰還したか、或いは消えたか――若しくは、

「100人以上入る建物がある……」

 その場にいても仕方なく、ミズヤは降下した。
 そして、人の多くは入りそうな建物を片っ端から窓を覗いた。

「――あ」

 そして見つけた。
 100人以上の死体の山を。
 いくつも並んだ首の切れてる死体を。

「――――」

 急に力が抜け、ミズヤの腕はだらりと下がった。
 落ちそうになるサラはなんとかジャージに掴まり、ミズヤの頭の上までジャンプする。

 ミズヤは何も言えず、また、何もできなかった。
 もう死んでいる――その事実を受け止めてしまうと、もはや合掌する気力も無くなってしまった。

「……ミズヤか?」

 不意に声をかけられる。
 建物の中で緑色の髪――バスレノス側のトメスタスが居たのだ。

「……うん。僕です」
「あの少年は?」
「……帰って行きました」
「…………」

 ミズヤの言葉に、トメスタスは踵を翻した。
 歩きながら、またトメスタスは尋ねる。

「あの男はレジスタンスだったのか?」
「……。さぁ……。わかりません」
「……そうか」

 それだけ言うと、トメスタスは死体の山の前で膝を屈し、這いつくばった。
 そして、暫くの間、嗚咽が響いた。
 目の前の無情な現実に抗うことは何もできない。
 ミズヤはただ、苦しみの鎮魂歌レクイエムに耳を傾けるのだった――。



 ◇



 翌日――バスレノスきっての大葬儀が行われた。
 城にいる者は全員参加し、大きな墓標に献花した。
 100人を超えた死人、そして度重なるテロ行為の惨状には、国民も難色を示し、その日は緊急集会が行われた。
 皇帝、トメスタス、ラナによる国民への提唱、新聞などによる広報でバスレノスはこの情報を瞬く間に報道した。

 その間、ミズヤはずっと部屋に閉じこもっていた。
 頭から布団を被り、暗鬱とした表情で、ずっと静かにサラと戯れていた。

 彼は何もできなかった。
 防げたかもしれないのに、何人もの死人を出した。
 それなのにずっと話をしていた彼は――後悔の念に襲われ、心が砕けそうになっていた。

「……ニャーッ」

 ミズヤが指を差し出していると、サラは前足でその指を掴み、スンスンと匂いを嗅いでペロペロと舐める。

「……ニャーッ」

 また鳴くと、今度はミズヤがサラの顎を撫でた。
 1人ではない――それだけが唯一彼の救いだったかもしれない。
 だって、彼女が居なければ――部屋はもっと、血に濡れていたから。

 ミズヤは不死である、それは彼がシュテルロード家で死んだ時に自覚していた。
 だから、彼は罪を感じた時に自傷するのだ。
 自分の非を詫びる――その最もたる方法は、

 死ねない人間なら、痛みじゃないか――。

 そして過ちは繰り返さない、そのためにミズヤは、もう次は手を抜くこともない。
 そう心に決めていた。
 部屋のカーペットの大部分、右の壁一面、クローゼットとテーブル、シーツの殆どにべっとりと着いた、彼自身の血に誓って……。

「……何をしていますか、貴方は」

 ピタリと、サラを撫でる手が止まる。
 上から聞こえた声に、ミズヤは振り返ることもできなかった。
 しかし、すぐ背後に落ちてくる気配を感じ、その少女に布団を取られる。

「……何さ、クオン」

 ポツリとミズヤは呟いた。
 彼の後ろに立っていたのはクオンその人であり、銀髪のツインテールがそれを象徴している。

「……ミズヤ。貴方こそ、側近の癖に主君に顔を見せないとはいい度胸ですね」
「…………」

 ミズヤは振り返ることもなかった。
 そしてまた、サラの顎を撫でた。
 明らかな無視にクオンは歯を噛み締め、ミズヤの肩を持った。

「……ミズヤッ」

 名前を呼びながら、彼を無理やり振り返らせた。

 その顔は半分血に濡れ――涙の跡と、深い目のクマがあった。

「…………」

 クオンは驚いて一歩下がる。
 その表情を見て漸く、ミズヤがどれほど気に病んでいるのかを理解したから。

「……クオン。ごめん。僕は、役立たずだった」
「そんな、ことは……」
「……クオンは居なかったから、わからないよね」
「…………」

 事実を言われ、クオンは拳を握りながら俯向くのだった。
 戦場に立つことすらできない――そんな奴に、戦場に行った人に何かを言うことはできない。
 ミズヤの顔がそう語っていたから。

 でも、そうじゃない。
 クオンにはミズヤのことがわかっている。
 この数日だけでも、ミズヤの無垢さは十分なほどに。
 だから――

 クオンはおもむろに、ミズヤを抱きしめた。

「……え?」

 この行動に理解できず、ミズヤは目を丸くする。
 どうしてこんな事を――そう問い詰める間もなく、クオンは口を開いた。

「ありがとうございます。昨日の努力と、その涙。私達の国のために泣いてくれて……頑張ってくれて、ありがとう……」

 無垢な思いで、国を思う純粋な気持ちで、クオンもミズヤにその感謝を告げたのだった。
 ミズヤは心が幼い、だからこそ気持ちに対してまっすぐ受け止める。
 だからクオンのこのまっすぐな気持ちも、暖かい感謝の気持ちも、嬉しく思うのだった――。

「うっ……ツッ――」

 ミズヤの目元から大粒の涙が流れる。
 歯嚙みをしながら、辛い思いを洗い流すように――。

 ミズヤはクオンの胸を借り、そのまま泣き続けた。
 自分の行動、思考、その他全てを悔いて――。

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