連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第2話:交流

 1日経って、また新たな朝が訪れる。
 もうすっかり馴染んだ自室のベッドからミズヤは起き上がり、両手をグ〜ッと伸ばして欠伸あくびをした。
 すると彼の眠気は吹き飛び、窓から差し込むほのかな光をもっと浴びるためにカーテンを開く。

「……朝だ〜っ」

 まだ僅かに色の濃い青の空には光が差し込み、太陽が世界を見つめている。
 天気が良くてミズヤも笑顔になり、顔を部屋の方へ向ける。
 目線の先には、ベットの端で丸くなっている猫の姿があった。

「サラ〜、朝ですよ〜っ」
「…………」
「……寝てても可愛いっ」

 声をかけても彼の猫は起きることなく静かにその体を上下に揺らしていた。
 小さくなっている相棒を優しく撫でて彼も微笑む。

 コンコン

 そんなまったりとした空気に、ノックがあった。
 誰だろうと訝しみながらも、ミズヤはドアに向かった。

 扉を開くと、そこにいたのはショートカットで金髪の女性が立っていた。
 背はミズヤよりも頭1つ分高く、優しそうで柔和な顔立ちだった。
 服装はこの城でならどこにでも見かけるジャージだが、袖をまくり、ジッパーは降ろされている。
 黄色いシャツから飛び出す胸はミズヤの視線に並び、彼は少しこそばゆそうにしていた。

「おはようございます、ミズヤさん」

 少女に声を掛けられる。
 雪が溶けるように淡く、儚い声だった。
 ミズヤもにこりと笑って挨拶をする。

「おはよう〜。それで、どうしたんですか?」
「……こ、これ……」

 金髪の少女が差し出したのは、1つの段ボールだった。
 ミズヤは両手でそれを受け取り、すぐに中を確認する。

「わぁ〜、ジャージだ〜っ」

 中に入っていたのはジャージであった。
 中側を白、外側を黒にしたパンダ柄で、ミズヤは笑いながら一度箱を閉める。

「ありがとう〜っ。でも、なんでヘリリアさんが届けてくれたの〜?」

 ミズヤは少女の名を呼び、小首を傾げた。
 そう、ミズヤには彼女と面識があったのだ。
 つい昨日、初めて顔を合わせた。
 何故なら――

「……私、その……貴方と――同じ側近として、話が聞きたくて――」

 彼女も同じく、クオンの側近だったから。
 任命式にて顔を合わせたのだ。

「ああぁぁぁでもこんなダメな私が出過ぎた真似してごめんなさいごめんなさいぃい〜っ!」
「い、いいから入ってよ……」

 ただし、性格にかなり難があるようだった。



 ◇



 自己紹介を交わしたところでサラが起き、欠伸をしたところで目を見開いた。
 彼女の知らない、巨乳で、おっとりとしていて、可愛い女が主人のミズヤと話しているのだから。

「……にゃああぁあ!!!(何しとんじゃぁあ!!!)」
「ひっ!?」
「わっ!?」

 サラの咆哮に2人は驚き、ベッドに座って話す2人は倒れた。
 顔から。

「……うにゅう。サラ、なんか変な夢でも見ーたーのー?」

 ミズヤはすぐに起き上がり、いきり立つサラを抱きしめた。
 頭を優しく撫でられて段々とサラも怒りを失い、甘えるような鳴き声を出し始めた。

「……うぅ〜ごめんなさいごめんなさい……私が悪いです……ごめんなさい……」
「ヘリリアさん、ヘリリアさん。もう大丈夫だから、起きて〜っ!」
「…………」

 頭を押さえて地面に伏せる女性を見て、サラは若干罪悪感を感じるのだった。
 それからまた座り直し、普通に話をし始める。

「それでですね……ミズヤさんの、その……神楽器? それをあの……どうやって手に入れたのかな、って……」
「これは貰ったんだ〜っ。誰からっていうのはちょっと言えないけど、その人は僕のためを想って楽器をくれたんだよっ」
「そ、そうなんだね……。いいなぁ……それがあれば私ももっと強くなって……あの方に……」
「……ん?」
「な、なんでもないです……」

 ギクシャクと動くヘリリアにミズヤは苦笑を重ね、サラも欠伸をかくのだった。

「ヘリリアさんは令嬢さんなんだよね? なのに戦ったりするの?」
「わ、私だって戦います……でもあの、人を倒したら痛がって……あぁ、ごめんなさい……!」
「あ、謝らなくていいから……」

 いつまでも及び腰のため、あまりにも会話が成り立たない。
 しかしミズヤはいつまでも笑顔で接し、次にはサラを持ち上げた。

「ほら、ねこさんだよ〜っ。サラ、慌てちゃダメだからね?」
「にゃー……(わかってるわよ……この子面倒くさそうだし)」
「え、わぁ……可愛い」

 驚きながらもヘリリアはサラを受け取り、抱きしめた。
 サラが猫らしくにゃーと鳴くと、ヘリリアは頬の筋肉が思い切り緩まった。

「こ、こんなに可愛い生き物がこの世界に居たなんて……。あぁあ、でも私なんかが触っちゃ……」
「触っていいから……サラも嫌がってないし、ね?」
「にゃーっ(……まぁいいけど)」

 サラは鳴くも、中の人は複雑な心境なのであった。



 ◇



 暗く窓もない鉄格子の中、1人の男が呟く。

「……あーあ、どうしたもんかねぇ?」

 ブレザーまで着た学生服に身を包む彼はそのポケットに手を入れ、スマートフォンを取り出す。
 時刻は朝の6時を回ったところだった。

 彼はこことは違う、異世界から召喚された1人だ。
 人間が誰しも超能力を持ち、魔人や天使の存在する、それでいて科学の発達した世界から来たのだ。
 その世界でも人間として生まれた彼ではあるが、“超能力”は持っている。
 彼の側で寝ている少女も同様に超能力を持っていた。

 しかし、彼らはそれを使わずに檻に入れられた。
 彼の場合は能力の加減が難しく、間違えればあの場の全員を殺してしまったから――。

(……殺せりゃあ楽だがよぉ、理優っちの前てそんなことしたくねぇしな。それに、俺らが帰れる可能性が無くなる。言葉は通じるみてぇだし、今はこのままでいいか……)

 今の所、彼らは身の安全が保障されているといえた。
 牢屋に入れられたにしても何もされず、むしろ食事も与えられた。

 この先に殺されそうになったら、行動すればいい――。

 瑛彦はそう考え、同じ境遇にある少女を見た。
 黒髪のショートヘアをした女学生であり、彼女は瑛彦の恋人でもあった。

「……1人じゃねー、か。けど俺が頑張るしかねーよな」

 男の自分がしっかりしなくては――そう心の中で思い、鉄格子の外を眺める。
 倉庫のような場所なのか、木の箱がいくつか積まれているのが見え、他にも鉄でできた置物が陳列されているだけだ。
 窓もなく暗い、スマートフォンの充電にも限りがあってライトを使うのは得策ではない。

「……どーしようかねぇ」

 少年は呟きながら上を見上げた。
 真上には鉄でできた小さい天井がある――はずだった。

『暇そうにしているな』
「…………」

 しかし彼の目に映ったのは、少年を見下ろす女の顔――いや、悪魔の顔に見えたかもしれない。
 長い黒髪を持つ女の目からは血の涙が伝った跡があり、その腕は手首までが骨と化しているのだから。

「……なに、誰?」

 しかし、瑛彦はあくまで冷静に問いただす。
 ここは全く別の世界だと割り切っているため、そのような容姿を見ても驚かずにいられたのだ。

 決して彼がバカだからというわけではない。

『……この姿を見ても驚かれないとはな。異形いぎょうを見慣れているのか?』
「いや? ホラー映画とか見ねぇしな、俺」
『ホラー映画……?』
「通じないよな……。なんでもねぇ」

 会話が成立していないと判断し、瑛彦はこの話を取りやめる。それからその女の方を向いて座り、ため息を吐いてからもう一度尋ねた。

「んで、アンタは何者?」
『おっと、答えてなかったな。余はフォルシーナという。一部の者は“魔王”と卑称する。好きに呼んでくれ』
「魔王ねぇ……」

 瑛彦は興味なさげに素っ気ない反応を示し、魔王の全身を上から下に眺めた。
 その手首や肩には黒い羽が円を描くように伸び、ピンク色の、所々破れた着物を着ていた。

「……まぁうん、そんな雰囲気あるよな」
『雰囲気で魔王かどうか判断するな。それよりも、其方はアキヒコといったな。少しばかり、余の話に付き合え』
「話? 暇だからいいぜ」

 なんの疑いもなく対話を受け、フォルシーナも冷たい床に座る。
 彼女は瑛彦にレジスタンスの近況を話した。
 敗戦し国を取られ、細々と活動を行い、徐々にバスレノスの兵力減衰を催促していたこと。

『しかし、今はバスレノスに強力な味方が付いた。1人で戦況を変えるほどの男がな。それにより、我々レジスタンスは動くに動けぬ。同市の数も限られており、易々と捕らえられるようなことがあってはならないからな』
「……あぁそう。んで? 俺がなんとかしろって?」
『一応、彼らはそのつもりで大魔力を使い、君達を召喚したのだ』
「バカじゃねーの」

 あっさり、すっぱりと、瑛彦はフォルシーナの言葉を跳ね除けた。
 その反応にはフォルシーナも驚かず、平然としている。

「あのな、俺らの世界じゃお前らの事を“誘拐犯”って言うんだよ。なんで誘拐犯を助けなきゃいけないわけ?」
『ならば其方は、元の世界に戻る算段はあるのか?』
「…………」

 突くべき所を突くフォルシーナに、瑛彦は押し黙る他なかった。
 彼の超能力では帰る手立てがないのだ。
 さらには当面の生活の支えになるものもなく、頼れるのは供に召喚された少女のみ。

 そこまでのことを理解すると、瑛彦はため息を吐き出す。

「……そんな算段はない。けど、俺がテメェらを助けると思うか?」
『ハハハ、手厳しいな。確かにそんな義理はないだろう。ではどうするのだ? この牢から脱出するか? 仮に脱出したとしてどこに行く? この国は仮にも内乱が起きているのだ。身元の分からぬ者が手に職を持つこともできない』
「…………」

 瑛彦はギリッと歯を噛み締める反面、確かに、と事実を受け入れた。
 今はここから出たところでどうなるとも知れない、それならば協力する他に自分が助かる道はないのだ。

「……わかったよ。やりゃいいんだろ」
『助かる。……といっても、其方が何をできるのかはまだ知らないのだがな』

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