連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
閑話①:神楽器を使うなら
緩やかな高音が響き渡り、城を包み込んでいる。
ミズヤの弾くヴァイオリンの旋律は優しく、どこか静的で暖かい――まるで奏者の本質を体現したような音だった。
中庭にて開かれた小さな演奏会は快晴に恵まれ、芝生の見え出した大地の上に立っていた。
「……良い音ですね」
ポツリとクオンが呟く。
微笑んで言う彼女の声に、ミズヤはニコリと笑った。
演奏を終えて楽器を下ろすと、クオン1人分の拍手と共にサラが主人へと駆ける。
ピョコンとサラが跳ねるとミズヤは片腕を差し出し、サラはなんとか腕にしがみつく。
「えへへ……サラにゃー、僕の演奏はどうだった?」
「にゃーお」
「むぅ? ……なんて反応したのかわかんないや」
腕にまとわりつき、ぴょんと跳ねてミズヤの肩の上に乗る。
スリスリと頬擦りをしてくるペットにミズヤは頬を緩ませ、えへへと笑った。
そんな中――
チュッ
「んっ」
ミズヤとサラの唇が触れ合う。
サラからアプローチのつもりでしたキスだが、所詮は猫の姿。
ミズヤは益々ニコニコと笑い、楽器をケースの上に置いて両手でサラを抱きしめる。
「うぅ〜っ、サラ……。こんな可愛いペットに恵まれて、僕は幸せだよぅーっ」
「ニャーッ♪」
「サラは本当にミズヤが好きなのですね。こうして見てると、なんだか恋人同士みたいです」
「…………」
恋人――その言葉に、ミズヤは心が一瞬にして冷める。
太陽が凍ったかのように彼は冷たさに飲まれる。
ミズヤは前世で――恋人の死ぬ原因となってしまった。
だからこそ恋人という言葉には特に敏感で、自身の恋愛のことも嫌いなはず。
なのに――
(……あれ? なんだか、嫌じゃないや)
ミズヤは自分でもびっくりするぐらい、自己嫌悪の念が出てなかった。
いつもなら――記憶にないもう1つの人生では自傷行為を辞さなかっただろうに。
その事を知るサラは目の前にいて――記憶に無くとも恋人だった少女だからこそ、ミズヤは気にしてなかったのだが――
(……サラはねこさんだから、恋人にはなれないしね。当たり前か……)
記憶に沙羅という存在が居ない以上、ミズヤはそういう理由で納得するのだった。
「それより、クオンもヴァイオリン使ってみる〜? 練習しても良いよーっ?」
「は? ……貴方それ神楽器でしょう? そう易々と人に貸しちゃいけませんよ」
「神楽器って言ったって、楽器は楽器だよ。魔力が増えるだけで、ただの楽器。ね?」
「…………」
クオンは顔をしかめ、ミズヤと自分の意識の差に落胆した。
神楽器は使い方を誤れば国1つ滅せる道具なのだから。
「ミズヤ、そんな兵器を渡さないようにと言ってるんです」
「むっ」
「第一、楽器が器だからって、その楽器が魔力増幅器であることは――っ」
クオンが言い終える前に、その口にミズヤの指が入る。
ねじ込まれた2本の指は喉まで届かず、舌の上に留まっていた。
「クオン、これだけはお願いだから聞いて」
「あっ……ふっ……?」
「2度と僕の前で、楽器を兵器だなんて言わないで」
顔を近付け、ミズヤは睨みを利かせてクオンの瞳を覗き込む。
いつもは優しい少年の怒り――瞳に映る明確な殺意に恐怖し、クオンはコクコクと縦に頷いた。
クオンの様子を見てミズヤは目を伏せ、スッと顔を離し、指を抜いた。
「楽器は人を喜ばせる道具。人を不幸にする兵器と一緒にしたら、魔王に殺されちゃうからね?」
「ま、魔王ってなんですか……」
「わかった?」
「……。わかりましたよ……」
凄むミズヤに臆し、クオンは承諾を余儀なくされた。
ミズヤはそれでも不満気に頬を膨らませ、サラを抱き寄せて撫でくり回している。
クオンはため息を吐きながら、兵器にも思える楽器を眺めるのだった。
◇
「なぁおい、ラナよ」
「呼び捨てにするなトメス。なんだ?」
場内でラナは手招きをされ、弟のトメスタスの方に歩み寄る。
窓の外――中庭にはクオンとミズヤが居た。
お互い何も言わずに草むらに座って居たのだ。
しかし、第三者からすれば見え方も違う。
「姉上よ、あの2人は中々いい雰囲気だと思わないか?」
「戯言をぬかすな。ミズヤは所詮護衛に過ぎない。もしクオンと何か間違いでもあれば、その時は私が……」
「人の恋路に口を挟むものではないと思うがな……。あぁ、恋などと程遠いラナにはわからぬか」
「…………」
言い返す言葉がなく、ラナは黙すのだった。
堅い性格のラナだが肉付きのいい体は男から好色の目で見られる事はある。
しかしそれらは睨みを利かせて一蹴する女であり、恋の経験などは一度もない。
「そのエロい身体をもっと有効に使えばいいのになぁ」
「死ね!」
「おおぅ!?」
ノーモーションからのパンチを頬に受け、あまりの痛みにトメスタスは気絶した。
男勝りなラナの腕力を前に、神楽器使いなどという肩書きは意味をなさない。
「……しかし、あの2人に何かあったのか? 少し様子を見に行くか」
ラナにしても何かあったのなら対処しようと考え、中庭の方へ移動するのだった。
◇
「貴様ら、何をしている」
コツコツとヒールの高い靴を踏み鳴らし、青いドレスに身を包んだ少女が中庭に姿を表す。
声をかけた先にはミズヤとクオンが居て、それぞれ地面に座って何もしていなかった。
「見ての通り、何もしてませんよーっ」
「にゃーっ」
ミズヤとサラが言葉を返すと、ラナはミズヤに近付き、頭を1発殴る。
「痛いっ……!」
「馬鹿者、何もしてないから気持ち悪いのだ。貴様らは存外仲がいいだろう。何があった?」
「……私が、ミズヤの楽器を兵器呼ばわりしたんです。そしたら怒って……」
「楽器を武器にするのは良くないよ。ライブでギターを折るパフォーマンスとかも僕は嫌いだしっ」
ミズヤが頬を膨らませるも、ラナははてなを浮かべていた。
「は? ライブ?」
「あ……いや、そこはいいのっ! 楽器は兵器じゃないからねっ!」
「それがあれば何十発も【羽衣天技】が撃てるのだろう? それでさっさと内乱を終わらせて欲しいものだがな」
やれやれと言うようにラナは肩を落とし、踵を返した。
「えっ、ちょっ、ラナ姉様!? もう行ってしまうのですか!?」
「アホらしい。付き合ってられん」
気を落としながらラナは城に戻っていった。
残された2人はまたしばし、気まずい雰囲気になる。
ミズヤは一度、空を見上げた。
前世ではずっと楽器と共に過ごし、いろいろな音が彼を喜ばせた。
その楽器が――神楽器が、兵器のようなものになるのは悲しいことだ。
でも、今は内戦をしているのだ。
今は小規模な戦いを続けていても。いつかは大きな戦いになると、ミズヤもなんとなく理解している。
レジスタンスは間違いなく力をつけているのだから――。
「……ねぇ、クオン」
「……なんですか?」
返ってきたのは少女の冷たい返事。
しかしミズヤは微笑を浮かべ、クオンの顔をまっすぐ見つめた。
「僕はさ、この力を人を倒すためには使いたくない。でも、人を守るためになら、使いたいと思うよ」
「…………」
「特に、クオンは僕の主君だからねっ。何かあったら君を守るそれで十分……じゃない?」
「いえ」
ミズヤなりに妥協した考えなのはわかりきっており、クオンはそこまで考慮してくれただけで――
「十分ですよ」
クオンは腰を低くしたままミズヤに寄って、頭を撫でた。
「ありがとうございます。貴方の力で、どうか私たちを守ってください」
「うん……。僕にできるなら、絶対に……」
にこやかに微笑み合い、柔らかな視線が交錯する。
こうして小さな喧嘩も終わりを告げ、2人は大きく笑い合うのだった。
「シャーッ!!(何を私の男と笑い合ってんのよゴラァ!)」
「サ、サラ……」
「……ミズヤと違い、この猫は好戦的ですよね」
ただ、未だにサラとだけは仲良くできずにいるのだった。
ミズヤの弾くヴァイオリンの旋律は優しく、どこか静的で暖かい――まるで奏者の本質を体現したような音だった。
中庭にて開かれた小さな演奏会は快晴に恵まれ、芝生の見え出した大地の上に立っていた。
「……良い音ですね」
ポツリとクオンが呟く。
微笑んで言う彼女の声に、ミズヤはニコリと笑った。
演奏を終えて楽器を下ろすと、クオン1人分の拍手と共にサラが主人へと駆ける。
ピョコンとサラが跳ねるとミズヤは片腕を差し出し、サラはなんとか腕にしがみつく。
「えへへ……サラにゃー、僕の演奏はどうだった?」
「にゃーお」
「むぅ? ……なんて反応したのかわかんないや」
腕にまとわりつき、ぴょんと跳ねてミズヤの肩の上に乗る。
スリスリと頬擦りをしてくるペットにミズヤは頬を緩ませ、えへへと笑った。
そんな中――
チュッ
「んっ」
ミズヤとサラの唇が触れ合う。
サラからアプローチのつもりでしたキスだが、所詮は猫の姿。
ミズヤは益々ニコニコと笑い、楽器をケースの上に置いて両手でサラを抱きしめる。
「うぅ〜っ、サラ……。こんな可愛いペットに恵まれて、僕は幸せだよぅーっ」
「ニャーッ♪」
「サラは本当にミズヤが好きなのですね。こうして見てると、なんだか恋人同士みたいです」
「…………」
恋人――その言葉に、ミズヤは心が一瞬にして冷める。
太陽が凍ったかのように彼は冷たさに飲まれる。
ミズヤは前世で――恋人の死ぬ原因となってしまった。
だからこそ恋人という言葉には特に敏感で、自身の恋愛のことも嫌いなはず。
なのに――
(……あれ? なんだか、嫌じゃないや)
ミズヤは自分でもびっくりするぐらい、自己嫌悪の念が出てなかった。
いつもなら――記憶にないもう1つの人生では自傷行為を辞さなかっただろうに。
その事を知るサラは目の前にいて――記憶に無くとも恋人だった少女だからこそ、ミズヤは気にしてなかったのだが――
(……サラはねこさんだから、恋人にはなれないしね。当たり前か……)
記憶に沙羅という存在が居ない以上、ミズヤはそういう理由で納得するのだった。
「それより、クオンもヴァイオリン使ってみる〜? 練習しても良いよーっ?」
「は? ……貴方それ神楽器でしょう? そう易々と人に貸しちゃいけませんよ」
「神楽器って言ったって、楽器は楽器だよ。魔力が増えるだけで、ただの楽器。ね?」
「…………」
クオンは顔をしかめ、ミズヤと自分の意識の差に落胆した。
神楽器は使い方を誤れば国1つ滅せる道具なのだから。
「ミズヤ、そんな兵器を渡さないようにと言ってるんです」
「むっ」
「第一、楽器が器だからって、その楽器が魔力増幅器であることは――っ」
クオンが言い終える前に、その口にミズヤの指が入る。
ねじ込まれた2本の指は喉まで届かず、舌の上に留まっていた。
「クオン、これだけはお願いだから聞いて」
「あっ……ふっ……?」
「2度と僕の前で、楽器を兵器だなんて言わないで」
顔を近付け、ミズヤは睨みを利かせてクオンの瞳を覗き込む。
いつもは優しい少年の怒り――瞳に映る明確な殺意に恐怖し、クオンはコクコクと縦に頷いた。
クオンの様子を見てミズヤは目を伏せ、スッと顔を離し、指を抜いた。
「楽器は人を喜ばせる道具。人を不幸にする兵器と一緒にしたら、魔王に殺されちゃうからね?」
「ま、魔王ってなんですか……」
「わかった?」
「……。わかりましたよ……」
凄むミズヤに臆し、クオンは承諾を余儀なくされた。
ミズヤはそれでも不満気に頬を膨らませ、サラを抱き寄せて撫でくり回している。
クオンはため息を吐きながら、兵器にも思える楽器を眺めるのだった。
◇
「なぁおい、ラナよ」
「呼び捨てにするなトメス。なんだ?」
場内でラナは手招きをされ、弟のトメスタスの方に歩み寄る。
窓の外――中庭にはクオンとミズヤが居た。
お互い何も言わずに草むらに座って居たのだ。
しかし、第三者からすれば見え方も違う。
「姉上よ、あの2人は中々いい雰囲気だと思わないか?」
「戯言をぬかすな。ミズヤは所詮護衛に過ぎない。もしクオンと何か間違いでもあれば、その時は私が……」
「人の恋路に口を挟むものではないと思うがな……。あぁ、恋などと程遠いラナにはわからぬか」
「…………」
言い返す言葉がなく、ラナは黙すのだった。
堅い性格のラナだが肉付きのいい体は男から好色の目で見られる事はある。
しかしそれらは睨みを利かせて一蹴する女であり、恋の経験などは一度もない。
「そのエロい身体をもっと有効に使えばいいのになぁ」
「死ね!」
「おおぅ!?」
ノーモーションからのパンチを頬に受け、あまりの痛みにトメスタスは気絶した。
男勝りなラナの腕力を前に、神楽器使いなどという肩書きは意味をなさない。
「……しかし、あの2人に何かあったのか? 少し様子を見に行くか」
ラナにしても何かあったのなら対処しようと考え、中庭の方へ移動するのだった。
◇
「貴様ら、何をしている」
コツコツとヒールの高い靴を踏み鳴らし、青いドレスに身を包んだ少女が中庭に姿を表す。
声をかけた先にはミズヤとクオンが居て、それぞれ地面に座って何もしていなかった。
「見ての通り、何もしてませんよーっ」
「にゃーっ」
ミズヤとサラが言葉を返すと、ラナはミズヤに近付き、頭を1発殴る。
「痛いっ……!」
「馬鹿者、何もしてないから気持ち悪いのだ。貴様らは存外仲がいいだろう。何があった?」
「……私が、ミズヤの楽器を兵器呼ばわりしたんです。そしたら怒って……」
「楽器を武器にするのは良くないよ。ライブでギターを折るパフォーマンスとかも僕は嫌いだしっ」
ミズヤが頬を膨らませるも、ラナははてなを浮かべていた。
「は? ライブ?」
「あ……いや、そこはいいのっ! 楽器は兵器じゃないからねっ!」
「それがあれば何十発も【羽衣天技】が撃てるのだろう? それでさっさと内乱を終わらせて欲しいものだがな」
やれやれと言うようにラナは肩を落とし、踵を返した。
「えっ、ちょっ、ラナ姉様!? もう行ってしまうのですか!?」
「アホらしい。付き合ってられん」
気を落としながらラナは城に戻っていった。
残された2人はまたしばし、気まずい雰囲気になる。
ミズヤは一度、空を見上げた。
前世ではずっと楽器と共に過ごし、いろいろな音が彼を喜ばせた。
その楽器が――神楽器が、兵器のようなものになるのは悲しいことだ。
でも、今は内戦をしているのだ。
今は小規模な戦いを続けていても。いつかは大きな戦いになると、ミズヤもなんとなく理解している。
レジスタンスは間違いなく力をつけているのだから――。
「……ねぇ、クオン」
「……なんですか?」
返ってきたのは少女の冷たい返事。
しかしミズヤは微笑を浮かべ、クオンの顔をまっすぐ見つめた。
「僕はさ、この力を人を倒すためには使いたくない。でも、人を守るためになら、使いたいと思うよ」
「…………」
「特に、クオンは僕の主君だからねっ。何かあったら君を守るそれで十分……じゃない?」
「いえ」
ミズヤなりに妥協した考えなのはわかりきっており、クオンはそこまで考慮してくれただけで――
「十分ですよ」
クオンは腰を低くしたままミズヤに寄って、頭を撫でた。
「ありがとうございます。貴方の力で、どうか私たちを守ってください」
「うん……。僕にできるなら、絶対に……」
にこやかに微笑み合い、柔らかな視線が交錯する。
こうして小さな喧嘩も終わりを告げ、2人は大きく笑い合うのだった。
「シャーッ!!(何を私の男と笑い合ってんのよゴラァ!)」
「サ、サラ……」
「……ミズヤと違い、この猫は好戦的ですよね」
ただ、未だにサラとだけは仲良くできずにいるのだった。
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