連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第11話:悩み

 日も暮れ、夜が訪れる。
 城の外は静かなものだが、城内から漏れる光が外の雪を照らしていた。

「さーむいーっ」
「にゃー?」

 が、真っ平らな雪の平地にポッコリとこぶのように丸いものが出ていた。
 それはミズヤが作り上げたかまくらで、中では【赤魔法】で点けた炎がゆらゆらと揺れている。

「サラ〜、鮭フレークでよかったら食べてね〜っ」
「ミャーッ」
「えへへへ、よしよし……」

 雪の溶けた土の上で、サラはミズヤが出したお皿に乗る細かい鮭の塊をガツガツ食べる。
 その猫の背中をそっと主人の少年は撫でた。

 すぐ近くに城があるというのに、その近くのかまくらは寂しく映るも、中では笑顔が絶えなかった。

「美味しい? いや、食べてるからそうだよね。あははっ、可愛い〜っ!」
「みゃーっ」
「こっちおーいでっ」

 ミズヤはサラの体を両手で掴みあげると、サラは抵抗する様子も見せずにミズヤの胸に収まった。
 撫で撫ですりすりと猫に甘え……彼の肩の力が抜け、サラは彼の足の上に置かれた。

「ねぇ、サラ。これからどうしようか……」
「にゃーっ」
「……。どうしようかな……」

 心の中の迷いを、家族の猫にだけ語りかける。
 それは“このままここに居ていいのか”という意味で発せられたものだった。

 2年前――シュテルロード家が全焼し、ミズヤは罪に問われて脱走した。
 それからシュテルロード領には、新しい貴族が着任している。
 この領土を彼は取り戻したいと思っていた。
 だけど、そのために必要な魔法ちからは持っていても、それは国すらも破壊する禁忌の行為。

 全てを打ち倒して領土を奪還し、そこに何があるのか。
 ミズヤは崇められるような人間ではないと、自分で理解していた。
 だからこそ、何をするにも悩んでいる。
 ここで今を無為に過ごすのか――それさえも……。

「……サラ。僕は、このままでいいのかな? 僕はここに居ると――良い事が、できるのかな――?」

 サラを持ち上げ、その真紅の瞳に問いかけた。
 彼は悪い人・・・だ――だから良い事をしないといけない。
 前世の罪が今でさえも彼を蝕んで、笑顔を奪うのだった。

「……馬鹿だよね。猫が返事するわけないのに」
「にゃーっ」
「……。ほら、食べて」

 森暮らしの時に、川で捕まえていた魚を影から出し、ミズヤはサラに与えた。
 すると猫はすぐに魚を加え、ミズヤの腕から出てそそくさとかまくらの外へ出て行った。
 それと入れ違いになるようにして、1人の少女がかまくらの中を覗き込む。

「こんな所でなにやってるんですか?」
「えっ……ああ、クオンか」
「クオンかって……部屋に居ないから探してたんですよ?」
「……皇女様自らが探さなくていいのに」
「お姉様と同じで、なんでも自分でやりたいんですよ」

 彼女は話しながら四つん這いになり、かまくらの中に入る。
 存外大きく作ってあって、子供2人入ってもまだ4人は入れそうだった。
 クオンはミズヤの隣にちょこんと座ると、火に向かって手を向ける。

「はー……ここはあったかいですね。雪が溶けて垂れたりしませんか?」
「それは魔法で……えへへ」
「……。ならいいのですけど、なんでこんな狭い所にいるのです? 客室をあてがわれた筈では?」
「そうだけど、狭い所の方が落ち着くから……。右も左も知らない人ばかりだし、ちょっと怖くて……」
「…………」

 寂しそうに言うミズヤに、クオンは責任を感じるところがあった。
 ミズヤにとってここは殆ど未開の地であり、言葉は通じようともどう振る舞えばいいのかと怖がっている。
 その事が伺えたのだから。

(……あれ? なんかクオンが暗い顔になっちゃった……。僕、そんな重いこと言ったかな?)

 ただ、本人としてはあまり気にしていなかったりする。
 こんな話をしてても仕方ないので、ミズヤは話題を変えた。

「クオンさ、帰ってこれてよかったね。もう安心でしょ?」
「え? ……ええ、そうですね。私はもう大丈夫です。ただ、私の周りにいた部下、使用人は……みんな死んでしまいましたが……」
「…………」
「……いいんです。ただ、これでよかったのかはわかりません。あの時、みんな宿にいました。襲われると警戒していても、即座の対処はできなかった。だから……いや、それは仕方ない事なんです」

 ポツポツと話し出すクオンに、ミズヤは俯きながら耳だけ聞いていた。
 明るい話など、出てくることはない。

「……もう何かを失うのはごめんです。だから、私も他の兄弟みたいに強くならないと……」
「クオンは、戦うの? その……レジスタンスと」
「一応、ある程度の魔法は教わってます。身体能力はまだまだ未熟ですが、戦えないことはない。ですから……」
「……。そっかぁ」
(……僕と違って自分で決めれるなら、それがいいんだろうな……)

 ミズヤは微笑みを返し、それから冷たい壁に優しくもたれかかる。
 自分にはできないことを、クオンがしている――それについて彼は羨ましがることはない。
 ただ、自分はどうしようという悩みが、ミズヤの胸中を渦巻くのだった。

「……ミズヤ。聞いてますか、ミズヤ?」
「えっ? あっ、と、何?」
「……私の側近の件、私に魔法や剣を教える意味でも検討してくださいと言ったんですよ。ちゃんと聞いてください……」
「え……あぁ、うん。そっか……」

 ほっぺを膨らませてクオンは怒りをアピールし、ミズヤはその様子を見て苦笑した。
 丁度これからどうするか悩んでる時に、クオンからの切り出しはありがたかった。

「クオン……僕はどうするべきだと思う?」
「私の側近になってくれれば私は嬉しいのですが」
「……そうなんだけどなぁ」

 わかりきった対応が返ってきて、ミズヤはため息を吐いた。
 皇女の側近、それは立派な事だ。
 しかしミズヤは、悪者の自分が皇女の側にいる。
 そんな事があっていいのかすらわからない。

 それに――



 ミズヤはもう、何人も殺しているのだから――。

「…………」
「……そこまでかたくなに拒む理由は、一体なんなのですか? 貴方が私についてくれれば、小さな国のフラクリスラルも手を出せない。一生ご飯を食べていける仕事を与えるのに……」
「……罪の心は、ものじゃ釣れないよ」
「え……?」
「いや、いいんだ……」

 儚げな呟き、その真意を問おうとクオンは口を開く。
 だがその時、鎌倉の中に1匹の来客があった。
 てとてと歩いてミズヤに擦り寄り、金色の猫は抱え上げられる。

「あは……おかえりサラ。もう行くよ?」
「にゃーっ?」
「にゃーだよーっ♪」

 わしゃわしゃとサラの頭を撫でミズヤは微笑みを浮かべた。
 4年以上付き合いのある猫はミズヤにとって1番の癒しだから。

「クオンも出よ? 返事は明日するからさ」
「はい……」
「ニャ!!?」
「サラ〜、側近のお話だよー?」
「にゃぁあ……」

 ホッとするようなサラの鳴き声に、2人はクスクスと笑いながら城へ戻るのだった。

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