連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第7話:ラナ

 それはクオンが目覚めるよりも1時間早い出来事だった。
 辺境伯邸の外では強風が吹いて窓が揺れ、その音でミズヤは起きた。

「……んー、なに〜?」

 ゴシゴシと目を擦りながら窓の外を少年は覗く。
 すると、ミズヤは目を見開いた。

 窓の外にいたのは巨大な緑色の龍だった。
 蜥蜴とかげに翼の生えたような生物は全長10mはゆうにあるだろう、足の太さは人間が両手を広げた幅程度にある。
 そんな龍の背中には、1人だけ乗っているのが見えた。

 御車をしている人物であるのは理解できる。
 しかし、ミズヤにその顔は見覚えがあった。

「あれって、もしかして……」

 震える声でその少女・・を指差し、龍に乗る人物の名を言い当てた。

「ラナ・ファイサール・バスレノス様……」

 クオンと同じ銀髪を持った人物、それはバスレノスの第一皇女の姿であった――。



 ◇



 ラナは龍から飛び降り、着地をするとすぐに玄関へ向かって扉を蹴り開いた。
 カツカツと靴音を鳴らしながらポニーテールの髪を揺らし、スゥーっと息を吐きながら人を探す。

(……この匂いは)

 ラナは何か香ばしい匂いを嗅ぎつけ、その方向へ歩いていく。
 もちろんこんな早朝から匂いのする所は厨房であるが、侍従が居ればクオンの居場所を知れると踏んだのだ。

「失礼する」

 扉を開いて言うや、シェフ達とメイドの視線が彼女に集まった。
 水色のドレスに身を包んだ彼女はもともと持ち合わせた美貌もあり、数秒の無言を生む。

「私はバスレノス第一皇女、ラナ・ファイサール・バスレノス。妹の安否を確認しに来た。誰か、妹が何処にいるか教えてもらえるか?」
「えっ……ら、ラナ様!?」
「わ、私わかります! すぐにお連れいたします!」
「頼む」

 驚きざわつく中、1人のメイドが名乗りを上げて廊下へ飛び出した。
 それからすぐにクオンの居る客室へ案内され、ラナは扉を開いた。

 陽光の差し掛かる部屋には微かな寝息だけが反響する。
 その音を出している人物こそかのの妹であるクオンであり、ベッドの上で優しい笑みを浮かべて眠っていた。

(……無事、か。これなら安心だ)

 ベッドで眠るクオンを見てラナも安心し、部屋を出る。
 と、まだ控えていたメイドにまた尋ねた。

「レネイド殿はまだ眠られておられるのだろう? どこか待たせてくれる所はあるか?」
「あ、はいっ。それでしたら、一部屋貸せますが……」
「いや、急に来たのだからそこまでしてもらわんで良い。椅子があればどこでもいいから、案内してくれ」
「か、畏まりました……」

 はきはきと喋るラナにメイドも恐縮し、食事用の長テーブルのあるリビングへ向かった。
 燭台に灯りの灯っているテーブルの一角に彼女は足を組んで座り、そのまま眠ろうと視線を下げる。
 夜通し龍に乗っていて寝不足なのであった。

「……ん?」

 しかし、1枚の紙を見つけ、なんとなく気になってしまい、彼女はその白い紙を手にとって裏を見た。
 そこに書かれていたのは――

〈ラナ様、お久しぶりです。ひょっとしたら僕を捕まえたいかもしれませんが、貴女がクオンに事情を聞いてからお話しします。ミズヤ・シュテルロードより〉
「…………」

 ミズヤからのラナを牽制する手紙だった。

 ラナの性格は完璧主義であり、さらには自分でなんでもしないと気が済まないタチである。
 彼女が何も知らずにただミズヤと会えば、犯罪者は即斬首と言うかもしれない。
 だからこその手紙だったが――

「……自分で言えぇぇえええ!!!」

 なんでも自分でする彼女からすれば、クオンに頼るミズヤを許せずにテーブルをひっくり返してしまうのだった。
 そして血眼になってミズヤを探し――



「――現在に至るわけですか」

 事情をクオンが聞いて、縄にぐるぐる巻かれてぶら下げられ、ミノムシになったミズヤを見ながら呟く。
 とっちめられた本人は「わーい、ミノムシねこさんだ〜」と意味不明なことを言って楽しそうにしていた。

「……ま、ミズヤ・シュテルロードの過去も聞いたし、クオンの事も聞いた。災難だったな、妹よ」
「いえ……」

 ラナの労いにも、ミズヤを見ていると言葉が出ないクオンであった。

 リビングに集まっている3人とレネイド、そして数人のメイドはほぼ全員がミズヤを見ていた。
 今も左右に振れて「にゃぁー!!?」と言っている。
 そんなことはラナにとっては知ったことではなく、次々と話を進めた。

「さて、すぐにでも帰りたいところだが……レネイド殿、貴公に報酬を与えたいが、何を望まれる?」
「いえいえ、私は貴族として当然のことをしたまでで、何もいりませぬ。飛龍でクオン様をお送りする際には費用を請求しようと思っていた程度ですので、お気になさらず」
「なるほど、貴公はけがれなき良き心をお持ちのようだ。とりあえずはこれを持っておいてくれ。謝礼にしては少ないがな」

 そう言ってラナは、影からバスケットボールサイズほどの巾着袋を片手で取り出し、ジャラリと鳴らしてレネイドの手に置いた。
 両手で受け取るも、その手にズシリと重さが乗って驚愕する。

「……これを片手で持ちますか、貴女は」
「鍛えているのでな。まだまだレジスタンスとも戦う。力をつけないと」
「ははは……勇ましいお方だ」
「ここにクオンがいるとレジスタンスにバレているかもしれない。バスレノスから200人ほど兵を要請してあるから、宿を提供してやってくれ。その費用はまた別途支払う」
「承知致しました」

 レネイドが快諾するとラナは踵を返し、ふぅっと息を吐き出す。

「ミズヤ。貴様、そろそろ降りたらどうだ?」
「え〜? まだぶらぶらしたいよーっ」
「いいから降りろ。殺すぞ?」
「……選択肢がその2つしかないのはどうなの。別に降りてもいいけどさっ」

 呆れながらミズヤは【無色魔法】を使い、縄を解いて床に降り立った。
 すると帽子の中から金色の猫がチラリと顔を覗かせ、ミズヤが両手を広げるとその中に落ちる。

「サラ〜、えへへ〜っ」
「ニャーッ」
「……まったく、貴様が居るとなまけそうだ。クオン、こんな奴は放っておいて帰るぞ」
「いえ、待ってくださいお姉様。ミズヤも連れて行きます」
「…………」

 クオンの言葉を聞いたラナは、冷たい目でミズヤの襟首を掴み上げた。

「にゃっ!!?」
「貴様……私の妹に何かしたか!?」
「し、してないよ! にゃーだよー!」

 じたばたと手をブンブン振って否定するも、さらに強く引っ張られる。
 クオンも見ていられなくなり、姉を止めに入った。

「お、お姉様。私は何もされていませんよ」
「では何故こんな男を……まさか、好意を!?」
「それも違います。お姉様、今の国を考えればわかるのではないですか?」
「…………」

 国を考えれば――その一言でラナはおおよそのことを察した。
 ミズヤは7色の魔法を使える人物であり、その実力もクオンを救ったということから理解できる。
 レジスタンスと戦っている現状を鑑みれば、戦力は多いに越したことはない。

 だが、犯罪者を雇うのはリスクがある。
 もっとも、本当は罪を犯してないにしても――

「……まぁいい、考えるのは好かん。帰って母上に相談しよう」
「そうですね」
「???」

 相槌を打つクオンに対し、ミズヤだけははてなを浮かべるのだった。
 まだレジスタンスと戦わされるなど、思ってもいないのであった。

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