連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第3話:名前

 それから夜が明け、クオンはベッドの中から起き上がった。
 寝間着など無く、緑色の法被と白い袴を履いている。

「……柔らか。なんてすか、このベッド……」

 ぽよんぽよんとベッドを押すと、優しく手のひらが包み込む。
 どんな素材を使えばこうなるのかと疑問に思いながらも、クオンは寝ぼけ目で立ち上がり、昨日の出来事を思い起こす。

 少年は昨日、クオンにベッドを譲って自分はダイニングで寝ると言った。
 皇族には当然の待遇と言えるが、クオンは今の身を弁えて遠慮するも、少年はダイニングでうつ伏せになって寝てしまい、渋々ベッドを探したのであった。

「というかここ……1人で住んでるんですね」

 くしがないか、あった、と思いながら独り言を言って髪に櫛を通す。
 人のものでも、あの少年なら許してくれると使ってしまった。

(美容は乙女のなんとやら、ですしね〜……)

 鏡もあったため、髪をかしてからバスレノス皇族に伝わる髪留めのリングを2つ使い、ふわふわのツインテールにして気を引き締める。
 が、その時にぐるる〜っと腹の虫が鳴った。

「……朝食、ありますかね?」

 城の豪勢な料理、などとは言わずクオンはなぜか薄明るい天井を見上げ、ため息を吐く。
 クオンは皇族ながら、自分の手で何かをしないと気のすまないタチであった。
 何から何までしてもらうのは好きではない。

(報酬はどうしましょうかね……)

 高くつきそうだ、などと考えながらダイニングへと出て行った。
 すると、テーブルの上には既に料理が並んでいた。
 細長のパン、レタスの上に乗った茶色く焼けた一口サイズの肉、小皿のタレ、そして野菜の入った赤いスープ。
 飲み物には何やら白い液体が入っていた。

「あ、起きた? 朝からお肉は重いかと思ったけど、このお肉が悪くなりそうだったからさ。ごめんね? 献立も適当だし」
「いえ……それより、これは貴方が?」
「そうだよ? お肉食べたくなかったら、パンとりんごジュースだけ飲んでね〜」

 頂きますと言い、少年は箸を持ってムシャムシャと焼肉を食べていく。

「あうう〜、美味しい〜っ」

 そして幸せそうに笑った。
 それからも少年は箸を止めずにパクパクと肉やパンを食べ、たまにトマトスープをスプーンですくって飲んでいた。
 クオンも腹が減っては仕方がないため、テーブルの前に座ってパンを食べる。

(……あれっ? すごく柔らかい)

 パンももちもちした弾力あるもので、食感にびっくりする。
 しかし、自家製だと気付いたらなるほどと思う他なかった。
 肉にも手を付けると、これまた焼き加減やタレの味が濃厚でクオンの舌を魅了する。

「……美味しいです。どうしてこんなものを作れるのですか?」
「え……それは、ずっと自炊してきたから、かな?」
「……そうですか。とても美味しいですよ」
「えへへ、ありがとうっ」

 少年は昨日同様はにかんで笑い、クオンも笑顔を見せられて微笑む。
 2人はそれからも食事を楽しみ、クオンは不思議な味に舌鼓を打っていた。

 お皿の洗い物は後回しということにし、ひとまずの休息になる。

「ええと……出発はいつがいいですか?」
「今日でもいいけど、その前に、1人帰ってくるのを待っていいかな?」
「あ、はい。親ですか?」
「いや、猫なんだけど……」
「……猫?」

 クオンは首を傾げていると、にゃおーっという鳴き声がダイニングに響き渡った。
 この鳴き声に反応して少年は立ち上がり、ドタドタと階段を駆け上がっていく。
 一瞬だけ天井が盛り上がって開き、すぐに閉じた。

「おかえりサラ〜っ! もうっ! 心配したんだからね!?」
「にゃ〜っ」

 金色の毛並みを持った猫を抱きしめ、少年はゆっくりと階段を降りてくる。
 ごしごしと白いタオルで猫の足を拭いてから少年は猫を離した。
 サラと呼ばれた猫はクオンを不思議そうに眺め、それから、

「シャーッ!!!」

 物凄く威嚇した。

「えっ、なんですか!?」

 クオンもびくりと怯え、ずりずりと後ずさる。
 だが少年が再びサラを抱きしめたため、クオンも冷静になる。

「こらっ、お客さんに失礼なことしちゃダメだよーっ。それに朝帰ってくるなんて、許さないよ?」
「にゃーっ!」
「もうっ……。ごめんね、クオン? サラは何故か、僕が女性と一緒なのが気に入らないみたいなんだ。メスだから、僕の事が好きなのかなぁ〜?」
「は、はぁ……? そんな、種族を超えた恋愛ってありえるんですかね?」
「わからないよぅ……」

 むーっと唸りながら、少年は猫を撫で回す。
 するとサラも落ち着き、静かになると、クオンも一安心した。

 2人してテーブルに座りなおし、話を戻す。

「で、サラも帰ってきたからいつ出発してもいいよ」
「ニャ〜?」
「サラ〜? 僕達はこれから、クオンの護衛をするんだよ? クオンは北大陸の皇女様で、偉いねこさんなのですっ」
(……偉いねこさんって、なんですかね?)

 クオンの心の中のツッコミは少年に届かず、かくいうクオンも出発の日時を考える。

「ではそうですね……昼頃に行きましょう。ちなみに【無色魔法】は使えますか?」
「あ、うん。大丈夫だよ?」
「でしたら、何か2人で乗って移動できるものがあれば、それを使っていきたいのですが……魔力が持ちませんかね?」
「魔力は大陸を横断しても平気なぐらいあるはずだから、その点も大丈夫っ」
「…………」
「なにさ、その目〜っ」

 いかんせん信用に欠けるあまり、クオンはジト目で見た。
 少年はぷくぷくと頬を膨らませて反抗するも、逆にクオンはクスリと笑うだけだった。

「フフッ、本当に面白いですね。でも子供っぽいというか、冗談もほどほどにした方がいいですよ?」
「冗談じゃないよーっ。僕、“神楽器”持ってるもん」
「……はい?」

 少年の言ったある単語に耳を疑い、思わず聞き返すクオン。

「……神楽器、ですか? 世界に7つしかない、膨大な魔力の増幅器……」
「うん。貰ったんだ〜っ。その証拠に、ここの動力は24時間稼働できてるでしょ?」
「…………」

 クオンは起きた時のことを思い出す。
 ここは土の中の空間、光は届かない。
 なのに、クオンの起きた部屋は薄く明るかった。
 それはその部屋へダイニングの光が漏れてたとかではなく、明かりがついていたのだ。

「……貴方、本当に何者ですか?」

 神楽器を持ち、一瞬でクオンを襲った男どもを倒した少年に、クオンは再び名を問いかけた。
 何者――それによってはクオンも少年になすがままにもてなされるわけにはいかない。
 だからこそ、ここで確認しなくてはならなかった。

 クオンの視線が少年を居抜き、少年は狼狽する。
 まだ年の頃は10かそこらの彼には、強い視線であった。

「……言わないと、ダメだよね?」
「……はい」
「…………」

 クオンの揺るぎなき返事に、少年は呆然と、小さく口を開いた。
 しかし、覚悟を決めるためにキュッと目をつむり、その名を口にする。

「僕は、ミズヤ・シュテルロード。シュテルロード家の最後の当主であり――




 ――犯罪者だ」

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