連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜
第4話:隣
「な・ん・で、フラクリスラルに行っちゃダメか、つってんのよぉおお!!!」
南大陸に位置するアルトリーユ王国、宮廷。
そこに1人の少女の怒号が響き渡る。
腰まで伸びた金髪を持ち、赤い瞳を持っている。
2本の触角のようなアホ毛が特徴的なわんぱく娘、この少女はアルトリーユ王国の第2王女であった。
赤い絨毯が敷かれ、白い壁とガラス張りな天井を持つ部屋にはもう1人の人物がいる。
ピンク色の着物風ドレスを着た少女とは違い、その人物は白くてサイズの大きいものを着ていた。
「……ですから、フラクリスラルは危険な国なのですわ。王都ならともかく、貴族領に入ることは許しません」
「危険ですって? 私がこの国の将軍ボコボコにしたの、お母様は知ってるでしょ?」
「知ってますけども……」
少女の母親は困惑するように渋い顔をする。
少女は前世の記憶と能力を持っていた。
齢10歳にして国一番の将軍をボコボコにし、同じように転生した恋人の少年に会いに向かおうとしている。
しかし、どうにもその少年のいる国、フラクリスラルの内政は特殊らしく、国の姫君である少女は入国をさせられずにいるのだ。
シュテルロード家などもっての外だと、いろいろな人に拒まれ続けてもう10歳になっている。
しかも、困った事に彼女の恋人は前世の記憶を持っていない。
正確には、その少年は2回転生していて、1度目の人生の記憶は持っている。
その記憶が悲しいものだと彼女は知っている。
前世で少年はその事を悔やみ、自傷行為まで行っていたのだから。
「というよりも、そこまでして会いたいのならば招待なさればいいのですわ」
「それよ! というかなんでもっと早く言わないのよ!」
「…………」
母親の出した妙案に少女は指を鳴らす。いちいちオーバーな反応をする少女に、母親は溜息を吐き出した。
「あのですね、そもそも呼ぶ理由がないのですわ」
「パーティーでも開けばいいじゃない。つーかアレよ、フラクリスラルと協力関係になりゃいいのよ」
「既に協力関係ですわ。いくつも条約を締結していますし……」
「だったら親睦を深めるためになにか催せばいいのよ。相手は侯爵、来国するには十分な人材じゃない」
「…………」
ぐいぐいと話を進める少女に母親は閉口する。
王妃としては彼女も国同士の親睦を深めるのは悪くないと思ったのだ。
当然、来国してもらうからには楽しませる義務が発生する。
しかし、王妃は目の前にいる自身の娘――サラ・ユイス・アルトリーユを見た。
自分を貫き通すような性格であるサラの事を王妃は何度も見てきた。
今度も自分を曲げる気はないだろう。
「……わかりました。お父様には私から進言しておきます。貴女はいろいろな人に連絡を取っておいてください」
「あら。ありがとうございます、お母様。このご恩は一生忘れませんわ」
「……5年近く貴女が言っていたことですもの。私だって協力したいですわ」
コツコツとヒールの高い靴で歩み、サラを置いて王妃は退室した。
1人残されたサラは高貴な身振りを捨てて両手で大きくガッツポーズをする。
「ふっふっふっ、これで瑞揶は私のもの……って、もとから私のものだけど」
10年経っても愛した人を忘れない少女はニタニタと笑い、肩を震わせてやがて大笑いした。
安っぽい悪者のような、高らかな笑い声を……。
「はーっはっはっはっはっは!!!!」
10年経っておかしくなったかもしれないが、彼女はミズヤに会うべくして動き出す――。
◇
ミズヤは猫と出会って2年の時が過ぎた。
彼の飼い猫であるサラも大きくなり、同時にミズヤも成長した。
しかし、彼がやることは変わらない。
中庭の木にもたれかかり、木陰の中で風に揺られる。
とても静的で美しい様子だった。
彼の膝元には猫が丸くなっていて、少年の手をペロペロと舐めている。
あれからサラは特に問題を起こすでもなく、ミズヤのペットとして懐いていた。
「……ミズヤ様。近頃は冷え込みます。屋敷に戻りましょう」
側に佇んでいたメイラがミズヤに声を掛ける。
和んでいたミズヤは少女の顔を見た。
メイラも15になり、発育もよくなってきた。
今ではすっかりミズヤの専属メイドと化している。
「……むーっ。ここでお昼寝したいよぅ……」
「ダメですよ。風邪でも召されたら大変でございますから」
「……これでも結構頑丈なんだよぅ」
ミズヤは無病息災の日々を過ごしており、風邪に見舞われたことはなかった。
(前世ではしょっちゅう体調崩してたのに……やっぱり体が違うからなのかな)
そんな憶測をしながらも、口うるさいメイラの言葉を聞いてミズヤは立ち上がった。
「……むーっ。メイラはどーして僕にあれこれ言うのさぁーっ?」
「貴方のために言ってるのですよ。ほっておくと、ミズヤ様は何をするかわかりませんから……」
「変な事したことないよぅ……」
ぶーたら言いながらミズヤはサラを片手にヴァイオリンを背負い、歩き出した。
メイラは一歩後ろから続いて歩く。
ときたまミズヤは後ろを見ては前を向いた。
「……なんですか? 荷物が重くなりましたか?」
「ううん。持ちたいものを持ってるからそれはいいんだけどね……」
「? では、どうしましたか?」
「…………」
ミズヤは言い淀むが、やがて立ち止まり、寂しそうな声で呟いた。
「……僕達も、もう長い付き合いだからさ、隣で歩いてもいいよ?」
「私は屋敷の使用人、ミズヤ様とは身分が違いますので」
「そんな事、気にした事ないのになぁ……」
くるりと回り、またミズヤは歩き出す。
その一歩後ろをメイラも歩いた。
「メイラ、さ……この屋敷にずっと住んでるよね?」
「はい。私もこの屋敷で生まれましたから」
「……歳の近い友達もいないでしょ?」
「……そうですね」
暗鬱とした声で応対する2人、彼らは他に歳の近い者もおらず、周りは大人だけだった。
だが、メイラの場合は他の使用人と気軽に話をすることができた。
しかし、ミズヤには気軽に話せる相手など居ないのだ。
だからこそこうやって、距離を詰めたいと思っていた。
1番歳が近く、側にいた少女を。
その事はメイラにもわかっていた。
しかし、だからといってどうする事もできないのが現実である。
何故なら、侯爵のご子息と単なる平民の子なのだから……。
「……ミズヤ様。貴方は侯爵家のご子息として、高貴な振る舞いをしてくださいませ。私などを隣に歩かせるなどもってのほかでございます」
「……身分だなんて、人が勝手に決めたことだよ。僕は何か偉い事をしたわけじゃないんだ」
「偉いかどうかはさておき、貴方様には生まれ持った期待の目がございます。その期待に添う事が、ミズヤ様の責務にございますよ……」
「…………」
責務――その言葉はミズヤの中に重く沈んでいった。
彼は未だに前世のことを引きずっている。
それは記憶にない2回目の人生の事ではなく、1度目の人生の事。
とある少女が死神の犠牲になったこと。
その責任が彼にもあること。
だから彼は恋を嫌い、罪を償って生きていきたいと誓っていた。
この生き方――今の生き方が、彼にとっての最善なのだから、変えることなどない。
「……わかったよ」
ミズヤはそう言い放ち、1人で歩いていく。
その寂しい後ろ姿を、メイラは見つめた。
(ミズヤ様……)
彼女はミズヤにいくらも思う事があるし、だからこそ近くにいる。
彼女自身も苦しい胸を押さえ、ミズヤの後ろに控えるべく小走りで向かうのだった。
南大陸に位置するアルトリーユ王国、宮廷。
そこに1人の少女の怒号が響き渡る。
腰まで伸びた金髪を持ち、赤い瞳を持っている。
2本の触角のようなアホ毛が特徴的なわんぱく娘、この少女はアルトリーユ王国の第2王女であった。
赤い絨毯が敷かれ、白い壁とガラス張りな天井を持つ部屋にはもう1人の人物がいる。
ピンク色の着物風ドレスを着た少女とは違い、その人物は白くてサイズの大きいものを着ていた。
「……ですから、フラクリスラルは危険な国なのですわ。王都ならともかく、貴族領に入ることは許しません」
「危険ですって? 私がこの国の将軍ボコボコにしたの、お母様は知ってるでしょ?」
「知ってますけども……」
少女の母親は困惑するように渋い顔をする。
少女は前世の記憶と能力を持っていた。
齢10歳にして国一番の将軍をボコボコにし、同じように転生した恋人の少年に会いに向かおうとしている。
しかし、どうにもその少年のいる国、フラクリスラルの内政は特殊らしく、国の姫君である少女は入国をさせられずにいるのだ。
シュテルロード家などもっての外だと、いろいろな人に拒まれ続けてもう10歳になっている。
しかも、困った事に彼女の恋人は前世の記憶を持っていない。
正確には、その少年は2回転生していて、1度目の人生の記憶は持っている。
その記憶が悲しいものだと彼女は知っている。
前世で少年はその事を悔やみ、自傷行為まで行っていたのだから。
「というよりも、そこまでして会いたいのならば招待なさればいいのですわ」
「それよ! というかなんでもっと早く言わないのよ!」
「…………」
母親の出した妙案に少女は指を鳴らす。いちいちオーバーな反応をする少女に、母親は溜息を吐き出した。
「あのですね、そもそも呼ぶ理由がないのですわ」
「パーティーでも開けばいいじゃない。つーかアレよ、フラクリスラルと協力関係になりゃいいのよ」
「既に協力関係ですわ。いくつも条約を締結していますし……」
「だったら親睦を深めるためになにか催せばいいのよ。相手は侯爵、来国するには十分な人材じゃない」
「…………」
ぐいぐいと話を進める少女に母親は閉口する。
王妃としては彼女も国同士の親睦を深めるのは悪くないと思ったのだ。
当然、来国してもらうからには楽しませる義務が発生する。
しかし、王妃は目の前にいる自身の娘――サラ・ユイス・アルトリーユを見た。
自分を貫き通すような性格であるサラの事を王妃は何度も見てきた。
今度も自分を曲げる気はないだろう。
「……わかりました。お父様には私から進言しておきます。貴女はいろいろな人に連絡を取っておいてください」
「あら。ありがとうございます、お母様。このご恩は一生忘れませんわ」
「……5年近く貴女が言っていたことですもの。私だって協力したいですわ」
コツコツとヒールの高い靴で歩み、サラを置いて王妃は退室した。
1人残されたサラは高貴な身振りを捨てて両手で大きくガッツポーズをする。
「ふっふっふっ、これで瑞揶は私のもの……って、もとから私のものだけど」
10年経っても愛した人を忘れない少女はニタニタと笑い、肩を震わせてやがて大笑いした。
安っぽい悪者のような、高らかな笑い声を……。
「はーっはっはっはっはっは!!!!」
10年経っておかしくなったかもしれないが、彼女はミズヤに会うべくして動き出す――。
◇
ミズヤは猫と出会って2年の時が過ぎた。
彼の飼い猫であるサラも大きくなり、同時にミズヤも成長した。
しかし、彼がやることは変わらない。
中庭の木にもたれかかり、木陰の中で風に揺られる。
とても静的で美しい様子だった。
彼の膝元には猫が丸くなっていて、少年の手をペロペロと舐めている。
あれからサラは特に問題を起こすでもなく、ミズヤのペットとして懐いていた。
「……ミズヤ様。近頃は冷え込みます。屋敷に戻りましょう」
側に佇んでいたメイラがミズヤに声を掛ける。
和んでいたミズヤは少女の顔を見た。
メイラも15になり、発育もよくなってきた。
今ではすっかりミズヤの専属メイドと化している。
「……むーっ。ここでお昼寝したいよぅ……」
「ダメですよ。風邪でも召されたら大変でございますから」
「……これでも結構頑丈なんだよぅ」
ミズヤは無病息災の日々を過ごしており、風邪に見舞われたことはなかった。
(前世ではしょっちゅう体調崩してたのに……やっぱり体が違うからなのかな)
そんな憶測をしながらも、口うるさいメイラの言葉を聞いてミズヤは立ち上がった。
「……むーっ。メイラはどーして僕にあれこれ言うのさぁーっ?」
「貴方のために言ってるのですよ。ほっておくと、ミズヤ様は何をするかわかりませんから……」
「変な事したことないよぅ……」
ぶーたら言いながらミズヤはサラを片手にヴァイオリンを背負い、歩き出した。
メイラは一歩後ろから続いて歩く。
ときたまミズヤは後ろを見ては前を向いた。
「……なんですか? 荷物が重くなりましたか?」
「ううん。持ちたいものを持ってるからそれはいいんだけどね……」
「? では、どうしましたか?」
「…………」
ミズヤは言い淀むが、やがて立ち止まり、寂しそうな声で呟いた。
「……僕達も、もう長い付き合いだからさ、隣で歩いてもいいよ?」
「私は屋敷の使用人、ミズヤ様とは身分が違いますので」
「そんな事、気にした事ないのになぁ……」
くるりと回り、またミズヤは歩き出す。
その一歩後ろをメイラも歩いた。
「メイラ、さ……この屋敷にずっと住んでるよね?」
「はい。私もこの屋敷で生まれましたから」
「……歳の近い友達もいないでしょ?」
「……そうですね」
暗鬱とした声で応対する2人、彼らは他に歳の近い者もおらず、周りは大人だけだった。
だが、メイラの場合は他の使用人と気軽に話をすることができた。
しかし、ミズヤには気軽に話せる相手など居ないのだ。
だからこそこうやって、距離を詰めたいと思っていた。
1番歳が近く、側にいた少女を。
その事はメイラにもわかっていた。
しかし、だからといってどうする事もできないのが現実である。
何故なら、侯爵のご子息と単なる平民の子なのだから……。
「……ミズヤ様。貴方は侯爵家のご子息として、高貴な振る舞いをしてくださいませ。私などを隣に歩かせるなどもってのほかでございます」
「……身分だなんて、人が勝手に決めたことだよ。僕は何か偉い事をしたわけじゃないんだ」
「偉いかどうかはさておき、貴方様には生まれ持った期待の目がございます。その期待に添う事が、ミズヤ様の責務にございますよ……」
「…………」
責務――その言葉はミズヤの中に重く沈んでいった。
彼は未だに前世のことを引きずっている。
それは記憶にない2回目の人生の事ではなく、1度目の人生の事。
とある少女が死神の犠牲になったこと。
その責任が彼にもあること。
だから彼は恋を嫌い、罪を償って生きていきたいと誓っていた。
この生き方――今の生き方が、彼にとっての最善なのだから、変えることなどない。
「……わかったよ」
ミズヤはそう言い放ち、1人で歩いていく。
その寂しい後ろ姿を、メイラは見つめた。
(ミズヤ様……)
彼女はミズヤにいくらも思う事があるし、だからこそ近くにいる。
彼女自身も苦しい胸を押さえ、ミズヤの後ろに控えるべく小走りで向かうのだった。
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