連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜

川島晴斗

第2話:魔法

 誕生日より3日後、講師を招いての本格的な魔法の授業が始まった。
 屋敷のとある1室、テーブルを挟んだソファー越しに座る3人の姿がある。
 1人はあご髭を蓄え、いかにも魔法使いと言わんばかりの黒い帽子とローブを着た男。
 もう一人いる大人はミズヤの母であるフィーン・シュテルロード。
 白髪であり、おっとりとした優しい顔つきの女性である。
 体つきも女性らしい凹凸があり、白い着物の上からも体のラインがよくわかる。
 最後の1人はミズヤで、いつも着ている黄緑色の法被に白い行灯袴を履いてニコニコ笑いながら母親の隣に座っていた。

 初回のため、親が同伴して息子の適性や実力を見るのだ。

「では早速適性を見させていただきます。これを1枚ずつ持って、指に当ててください」

 魔法使いの男はそう言って、7色の付箋のようなものをテーブルの上に置いた。
 ミズヤは不思議がって、男に尋ねる。

「これはなんですか?」
「魔法の適性を見る道具です。こちらの紙に触れられますと、適性がある場合は発光します。昔はこんなものはなかったのですが、最近は便利になったものです」
「なるほど……」

 納得し、ミズヤは改めて紙切れを見た。
 付箋のように細長いそれは赤、青、黄、緑、白、黒、灰色の7つ。
 灰色は無色の代用である。

「じゃあ掴みますね?」
「どうぞ」

 許可を取ってミズヤはまず、赤い紙を持つ。
 すると、紙全体が淡く発光した。

「ほう……【赤魔法】に適性があるようですな」
「そうなんだぁ〜……。他にも出るかな?」

 ミズヤは紙を戻し、次に青い紙を掴む。
 すると、また同じように発光した。

「わー、綺麗〜っ」
「2色目は青ですか。有数の貴族でありますし、3色は使えそうですな」
「じゃあ次は黄色ですねっ」

 またミズヤは紙を持ち替える。
 今度はうっすらと光った。

「あれ……適性、ない?」
「いえ、光っておりますよ。適性はありますが、使い勝手が悪いのかもしれません」
「ありゃ……」

 黄魔法が使いづらいと聞いて、ミズヤは苦笑する。
 黄色はミズヤに取って大好きな色なのだ、キリンが好きという意味で。

「最初から3色なんて、凄いわねミズヤ」
「えへへ、母上の子ですもの〜っ」

 隣に座るフィーンがミズヤの頭を撫で、ミズヤはニコニコと笑顔を返す。
 正面に座る男は優しい親子だなと思いつつ、次を進める。

「次に緑をどうぞ」
「あ、はいっ」

 ミズヤは黄色を置き、次に緑を取る。
 これは眩しいほどの光を放った。
 驚いてミズヤは紙を落とす。

「……これは凄い。4色目が使えて、なおかつ魔法は上手く使えるようですな」
「緑魔法は使いこなせるのかぁ……。緑魔法なら何ができるのですか?」
「植物を操ったり、風を操ることができます」
「植物かぁ……ふむふむ」

 男からの説明を聞いてミズヤはコクコクと頷く。
 よくわかってなさそうな顔をしていたが、次に黒を持った。
 これも淡く光る。

「……5色も光っちゃいましたけど、本当に適性があるんですか?」

 ここでフィーンが口を挟む。
 胡散臭いというような目で男を見るが、男はまさかとこれを一蹴する。

「道具にはちゃんとしたプログラムが組み込まれています。紙に間違いはありません!」
「……じゃあ、本当に5色も? ミズヤが?」

 2人分の驚いた視線がミズヤに集まる。
 そのミズヤは二人を交互に見てはてなを浮かべた。

「母上、それって凄いの?」
「凄いことよ。王族でも4色か5色だもの……」
「ご先祖様には7色使える人もいたって、父上は言ってたけど……」
「それは特例よ。そのご先祖様は行方不明になったし、私達もちょっとした伝説としか思っていないわ」
「……そうなのですか」

 そこまで聞くと、ミズヤも自分の凄さがわかってくる。
 彼は自分の手を見つめた。

(どうして僕なんかに、こんな力が……)

 5色も使える。
 それならきっと人の役に立てるだろう。
 しかし、間接的にでも恋人を殺してしまったミズヤにはその能力は無用の長物であった。

(……この力で、罪を償えってことなのかな)

 ミズヤは自分に期待の目を向ける2人を見た。
 そこには、次期シュテルロード家の家長になるだろう自分への期待がある。

(……僕は悪い奴だ。だから、みんなを喜ばせないと……。それが償いなんだ……)

 ミズヤはそう心に決め、残った2本も手にした。
 結局、7色全てに適性があり、次の日からは魔法の練習が始まるのだった。



 ◇



 3年の月日が流れた。
 ミズヤは元から大人並みの脳を持っていたため、言われたことはすぐに覚えるし、魔法の上達も早かった。

 魔法はただ想像を現実に起こすことはできない。
 無論、適性が強ければそれも可能なのだが、基本的には【魔法入力板マジシャン・ボード】に使う魔法のプログラムを入力していなければ使用できないのだ。
 そのプログラムを考えて打つこと、もしくはプログラムを入力してもらって魔法を習得する。

 ミズヤの場合は前者の方で、自ら魔法を知り、勉強していた。
 1人で部屋にこもっている事が多く、【魔法入力板マジシャン・ボード】を使っているかヴァイオリンの練習をしているかである。
 学び舎で勉学に励むのは10歳から、それまでは家でのびのびと過ごせと父が直々にミズヤに言ったのだ。
 そんな彼は使用人の監視もある中、部屋以外では屋敷の庭を歩くのが日課だった。

「ねー、メイラ」
「なんですか?」
「……どうして屋敷の外に出ちゃいけないの?」
「…………」

 太陽が誇らしく輝く今日も散歩をしながら、ミズヤはメイラに問いかけた。
 年の頃も13になり、体に丸みが出てきたメイラ。
 まだ小さいミズヤと身長差は20cm以上あるが、彼女は可愛い小さな少年を慕っていた。

 しかし、彼の質問には答えることができず、メイラはそっとミズヤの頭を撫でる。

「その事をお考えになるのは、まだ早いです。飛竜で王都に行ったことはあるのでしよう?」
「あれは陛下に顔見せしに行っただけだよ……。もっとお店とか行ってみたいし、それに……」
「……それに?」
「……僕の世界は小さ過ぎるよ。僕の知ってる世界は、屋敷の中だけなんだもん。もっといろいろ見たいのに……」
「…………」

 悲しみを口にされ、メイラは困ったように顔をしかめた。
 外の事を言うのは屋敷のルールで禁じられているのだ。
 シュテルロード家にとって、あまり良くないことなのだから。

「……ミズヤ様。そんな事で頭を悩ませるより、お勉強した方がよろしいのでは?」
「むーっ。僕はこれでも、物凄く【魔法入力板マジシャン・ボード】を使うのが上手いって褒められてるんだよ?」
「ならばその才能をもっと活かしてくださいませ。外の事は、時が来れば知ることになりますから」
「……わかったよぅ」

 ミズヤはプイッとそっぽを向き、草を踏んで歩いて行った。
 メイラも目を伏せ、彼のヴァイオリンを持ちながら後に続く。
 やがて1本の木の近くにミズヤは腰を下ろした。
 メイラもその隣に腰を下ろし、ヴァイオリンを置く。

「ちょっと休憩っ。メイラ、見ててね?」
「はい……?」
「いくよ〜っ」

 ミズヤはそっと木の幹に手を当て、一言だけ呟く。

「【緑魔法カラーグリーン】」

 言葉を言い放つと、ミズヤの手は黄緑色に光った。
 淡く、優しい光だった。
 10秒も経たずにその光は消える。

 ポトッ、ポトッ

「いたっ……」

 光が消えた途端に2つの物が落ちてきて、うち1つはミズヤの頭に直撃した。
 落ちてきたものは、赤くて丸いりんごだった。

「ミズヤ様、大丈夫ですか?」
「あはは……平気だよ。それより、ほら」
「…………」

 ミズヤがりんごを拾い、1つをメイラに差し出す。
 メイラはいぶかしみながらもりんごを受け取り、その赤い表面をそっと撫でた。

「甘くて美味しいよーっ?」
「えっ? って、なんで食べてるんてすか!?」
「え?」

 一方、ミズヤは隣でりんごをしゃりしゃりと頬張っていた。
 それがいけないことかのようなリアクションをされ、ミズヤはりんごを口元から離す。

「ダメなの?」
「ダメですよ……。洗ってもいないし、汚い……」
「汚くないよーっ? 僕が急成長させて作った実だもの。埃とかついてないよーっ」
「…………」

 メイラは頭上を見上げた。
 自分に影を作る木の葉には1つも実は成っておらず、ミズヤが作り出したものだと理解する。

「よく、この木が実を成すと覚えていましたね」
「いつも散歩するからね。【緑魔法】は得意だから、いつでも作れるし、ゴミも出さないようにできるよ」
「……どうやってですか?」
「ん、こうね……」

 ミズヤは不敵に笑い、食べかけのりんごを上に向かって投げた。
 まっすぐ上に行くも、すぐに力を失って落下を始める。
 赤い実が再びミズヤ目がけて落ちてくるが――

「【無色魔法カラークリア】」

 ミズヤがりんごに向けて手を伸ばした。
 刹那、りんごはぐしゃりと潰れる。
 りんごの周りの空気が圧縮し、押しつぶされたのだった。
 急速な圧縮によって果汁は一瞬にして昇華する。
 後には目を凝らさないと見れない大きさのゴミがミズヤの手に落ちるだけ。

「ほら、ね?」
「……伝説とも言える7色の魔法を使えるお方が、どうしてそんな使い方をなさるんですか」
「えへへ、ごめんなさい……」

 叱られてもにこにこと笑顔を絶やさず、メイラも口をつぐんだ。
 それからしばらく、ゆっくりしているうちに――



「にゃーお」

 そんな可愛い鳴き声が、中庭に響いた。

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