魔術屋のお戯れ
盟友
ファミレスでいまだのんびりとドリンクバーでくつろぐ杏里のところへ、紅蓮が来た。
「自分の母親の退院だってのに、こんなにうろうろしていていいのか?」
「お袋には親父がいれば問題ない。今日の集まりに俺が行かないと問題あった」
「まぁなぁ。義姉さんは兄貴がいれば問題ないってくらいの執着心だからな」
そんなものを身近で見てきた甥っ子は若干むくれている。
「一応、お前の事も可愛がってんぞ。義姉さんは。……あんなに重く愛されたら普通は潰れるぞ」
「……そんなものか?」
「あぁ。お前にもその気があるから気をつけとけ。下手すりゃ相手を壊す」
「肝に銘じておく」
「ま、俺に関係ないけどな。俺の娘と婚約している訳じゃねぇ。考えんのは叔父さんと青葉だ」
「で、あいつと会ってた理由は?」
「あいつ? あぁ、山村 夏姫か。知り合いだよ」
面白いほどに反応を示した。報告書にそんなことは一切載っていない。
「あぁ、あいつの父親代わりだった藤崎と俺が知り合いだったんだよ。……俺は盟友だと思ってたけどな」
だが、その「盟友」に道を誤らせたのは間違いなく杏里だ。
「だったら何故、サンジェルマンと組むのを了承したんだ?」
「……あいつは後悔と絶望の塊だった。俺が余計な事をしたから、サンジェルマンと組んだ、それだけだ」
「余計な事?」
「そ。俺が離婚して自由になっちまったのが一つだ。それから、八陽の馬鹿と会わせちまったからな」
「元則と?」
八陽 元則、既にこの名前は四条院八家では禁忌となっている。
理由は四条院家の意思に背き、己の欲望のままに動いたからだ。
「ちょっとした事で、あいつに藤崎を『腕のいい小児科医』として紹介したんだ。俺が設立した基金の事も含めてな」
「『小児病基金』か?」
何故八陽がその子供に手を差し伸べたのか、知って呆れた。己の罪を隠すためだった。
「『子供に罪はない』ってことで藤崎が執刀した。今の院長から聞いたら、あいつ外科医としてもやっていける能力があるんだってな。
で、愛情に飢えていた子供は、藤崎に懐いた。藤崎は自分の娘の代わりにその子供を慈しんだ。そこに八陽の馬鹿がまた入ってきた。そしてその子供を始末しちまったのさ」
「藤崎はそんな相手をよく手を組む気になったな」
「だから、後悔だって言っただろ? 自分が娘を手放していなかったら、その子供をそこまで構わなかったかも知れない、娘があそこまで他人に壁を作んなかったかもしれない、そう思ったら時間を戻したいと思っちまった。
禁忌中の禁忌の呪術だ。そして一番大事なものを代償とする。それを回避するためにどうすればいいのか? そんなことを思った藤崎は永遠の命に手を出した」
永遠の命を願って、殺されて、死者の国で夏姫を代償にしない方法を得るために。
そして、元則に復讐するために手を組んだのだ。
杏里には止めることができなかった。盟友が壊れていく様を傍で見ていた。
せめてもと思って、兄に「サンジェルマンと藤崎がつながっている」ということと、「藤崎が桑乃木総合病院にいる」という二つの情報を与えた。
ある意味、杏里の思惑通りに動いた。
藤崎が「死」を望んでいたことを隠した。
藤崎にとって「自死」は禁忌である。だから殺される事で命を全うしたかったのもあるだろう。
だから、杏里が動いたことを知った藤崎は、基金を通じて礼を言ってきた。
一つの遺言と、二つの遺品と共に。
――俺が死んだら、夏姫のこと頼みます。四条院からもう切り離せないでしょう――
――俺も四条院の人間なんだが? それに武満に頼んでもいいだろうが――
――彼は夏姫の主治医としてはもってこいですが、頼めませんよ。だから、杏里さん。あなたに頼むんです。そしてこれを、夏姫に渡してください。誰にも渡したくない――
先ほど夏姫に渡した一つの箱。それが一つ目の遺品だった。もう一つは杏里へ渡します、そう言ってくれた。
――後悔する人生も、悪くありませんね――
藤崎と最期に交わした言葉だった。
「叔父貴?」
「悪ぃ。ま、そんな理由で俺は山村 夏姫と接触した。……何なら兄貴にも本家にも、白銀の呪術師に言っても構わないぜ?」
「自分から言おうと思わないのか?」
「思わねぇな。正直言うと、白銀の呪術師の事も、四条院家のこともどうでもいいんだわ」
今、杏里にとって最重要なのは「盟友」との約束だ。
それは誰にも言わない。
己の中でじっくりと消化していくだけだ。
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