魔術屋のお戯れ

神無乃愛

携帯の行方


 杏里と別れたあと、夏姫は道に迷った。
 迷ったというよりも、行きたい場所にいけないのだ。
「……どうしよう……」
 今日こそ使い魔である獏のご飯をしっかり買っておきたい。聖たちと協議した結果、犬型使い魔ということでドッグフードである。
「……叔父貴と話しこんだ後、お前は何やってんだ?」
「!!」
 いきなり背後から声をかけられた。……誰だったか既に忘れた。
「忘れた、とか言わないよな?」
「……」
「忘れやがったのか!? 信じられねぇ……」
 そう言うのはドーベルマンのような男。
「お前と術式を一緒に組むことになった男だ」
「……四条院家の次期御当主殿ですか」
「紅蓮でいいだろうが」
 どうも四条院家の方々は名前で呼ばれたいらしい。
「で、お前は何をしてたんだ? 夏姫」
 何故に馴れ馴れしく名前を呼ばれなくてはならないのだ。
「叔父貴から親父通じて話があった。……ほれ、携帯。もう少ししたらお前専用の携帯に代えるから、それまで代用でこれ持ってろ」
「……アリガトウゴザイマス?」
「何で片言な上に疑問系なんだ?」
 ここまでされるいわれがない。それだけの理由である。
「俺がこういった機械に一番詳しいし、お前とつるむ事が多いからだ」
 理由はそれだけらしい。別に来週からなら、そこまで契約すればいいだけの話だ。
「まぁ、色々ききたい事もあるしな。それに葛葉が連絡取れないと煩い。
 葛葉か? 俺の使ってない携帯を夏姫に渡した。来週中には四条院うち名義で一個しっかり持たせる。……あぁ、機種はお前が選んでやってくれ。……夏姫の好み? 俺に聞くな。一番最初に持ってた電話番号だから、お前だって知ってるだろ? かけて誘ってやれ。……今日は無理だな。……あぁ。分かった」
 そこまで言うと、紅蓮が出ている携帯を渡してきた。
『夏姫さん! 明日は空いておりますの?』
「……引越し関係とかで空いてない」
『空いてるお日にちは?』
「ない、と思う」
『それじゃあ、夏姫さんの携帯が選べないではありませんか!? お好みは?』
「電話かかってきて、かけて、繋がれば問題ないけど」
『メールとかSNSはどうするおつもりで……』
「そんな機能、要らないから」
 シニア用携帯「楽フォン」。あれで夏姫は十分だ。それを葛葉に伝えただけのはずなのに、思いっきり電話越しで怒られた。
 そして、目の前でも紅蓮が思いっきり呆れている。
「葛葉、もう、俺の一番古い機種そのまま渡しとくわ。……SIMカードを四条院うち名義にする。……選ばせるの疲れるぞ」
 どうやら葛葉はそれで納得したらしい。
「メールくらい使えるようになっておけ。俺からメールで指示する時もあるからな」
「断る」
「お前は断れる立場か!? なんだったら最新機種をみっちり使いこなす指令を出させてもらうが?」
 即座に出た言葉を、紅蓮が一刀両断にした。
「……メールの使い方、覚えます」
「『電話番号@』のメアドはやめとけよ? それから初期のややこやしいアルファベットの並びのアドレスもやめろ」
 なんて面倒な注文をつける男だ。思わず紅蓮を睨むと、のっそりと後ろからもう一人の男が現れた。
「疾風、少し抑えろ」
「申し訳ございません」
「で、どこに行くつもりだった? 部屋なら送るぞ」
「部屋でないので、必要ありません」
「……じゃあ、どこだ?」
「散歩です」
 これ以上一緒に居られるのは面倒なので、そういうことにした。

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