魔術屋のお戯れ

神無乃愛

第四章――決着――その六

 また空間移動か、どうせ暗い場所だろう。そんなことを思っていたが、少し明るい場所だった。
「まずったな」
「何が?」
「ここ、死者の国だ」
 別世界といったところなのだろう。

 何か問題でもあるというのか。
「大いにある!死者は生者を襲うし、ケルベロスも門番も黙っちゃいねぇ!」
 死者の国には禁忌の知識も多く眠っているため、生者はそれを盗りに来たと思われるという。そのため、死者はそれを阻止すべく生者を襲ってくるのだという。
「出口探せばいいんじゃない?」
「無茶苦茶言うなぁぁぁぁ!俺だって来たことない!出入り口を知ってんのは、ケルベロスとここを管轄する魔女の系譜の門番くらいだ!」
「魔女の系譜に知り合いは?」
「ほとんどいねぇ!白銀の旦那と一緒にするな!」
 そうこうしている間にも、ぞろぞろと集まってくる。これが死者なのだろう。
「とりあえず逃げるぞ。それから獏は出すな、死者に攻撃するな。攻撃してしまえば二度と出られない」
 二度と出られなくなるのもいいかもしれないと思うが、それに黒龍を巻き込むわけにはいかない。二人で逃げた。


 考えが甘かった。まさか死者の国に出るとは思わなかった。呪符を使ったところで、おそらく空間を捻じ曲げ、出ることすら叶わない。気配を消すこともできない。
 彼らは生者の光を求めて集まってくるのだ。つまりは、結界を使って休むことすらできないのだ。

 すでに夏姫の息が上がっている。
 その間にも死者の数は膨大になり、追い詰められていた。
「嬢ちゃん!」
 夏姫が足を踏み外すところだったのだ。その先は崖。正面突破すら難しい。
 龍身に変化しようとした瞬間、いっせいに死者が別方向を向いた。二人が死者の向かう方向へ目をやると、そこには藤崎がいた。
「藤崎さん!」
 死者は藤崎のほうへ向かっていく。なぜだ?
 ふわりと、女性が現れた。
「そなたが白銀の呪術師の弟子かえ?」


 左目が金の色をした妖艶な女性。すぐさま夏姫を聖の弟子と判断したのはなぜなのか。
「申し遅れたな。妾はここの門番じゃ。そなたのおかげで禁忌の知識を盗りに来ていた愚か者を二つも見つけることができた。礼を言う」
「二つ?」
 黒龍がいぶかしげにたずねていた。
「さよう。二つじゃ。一つはそなたを連れてきた者、もう一つは中々見つけられなんだが、今見つけた」
「藤崎さんのこと?」
 何となくで口に出した名前を、その女性はあっさりと肯定する。
「いかにも。理由など要らぬ。ここの禁忌の知識は外に漏らしてはならぬものばかりじゃ。それに触れるは、生者も死者もあってはならぬ。そなたらも欲しいか?」
「んなもん、盗りに来てねぇよ。いきなりぽんと放り出された」
「そなたらが囮であろうな。かような囮も見抜けぬ愚か者と思われているのかと思うと、腹立たしいことこの上ない」
 そして、すうっと方向を指してきた。
「出口で会おうぞ」

「待ってください!」
 一つだけ、この人にお願いしたかった。


 願いは聞き入れてもらえた。代償をもらうと言われたが、何が代償か言われなかった。
 門番に預かったペンダントが走るたびに綺麗な音をたてて、行くべき方向を照らしていた。


 霧は深くなり、前後すら見えなくなってきた。
「黒龍」
「大丈夫だ。嬢ちゃんの場所はペンダントの音でわかる。ペンダントの光が指すほうに黙って走っていけばいい」
 大きな柱にぶつかった。
「ここが門だな。……ぐぁっ」
「黒龍!」
 霧が赤く染まった。

「藤……崎……さん?」
 突然現れた藤崎が虚ろな表情で剣を持ち、黒龍を刺していた。
「そなたが会いたいと思うたのは、これであろう?」
 まさか、代償が……。
「夏姫、駄目だよ。化け物と一緒にいちゃ……」
 まるで壊れたラジカセのように同じ事を繰り返し言っていた。
「ほほほ。化け物とな。さすれば妾も化け物かの」
 その言葉に藤崎は反応しない。
「これはすでに妾の傀儡よ。禁忌の知識を盗りに来て、それで済むだけありがたいと思うてもらわねば」
「そんなつもりじゃない!」
 そんなつもりで夏姫は藤崎ともう一度会いたいと願ったわけではない。
「では、何のつもりじゃ?」

「あたしは、あの時からずっと伝えられなかった事を伝えたかっただけ」
 黒龍の意識はだんだんと失われていく。そんなに時間は残されていないだろう。
「あたしは黒龍を連れてここから戻らなきゃいけない。そっちが優先」
「摩訶不思議なことを。そなたが望んだのであろう?これと今一度会うということを」
「願った。でも、今の願いは違う。あたしが巻き込んだ黒龍を助けること」
「そなたが巻き込んだとな、これは面白し」
 面白くもなんともない。

 あの時黒龍が夏姫の腕を掴んでくれたから、夏姫はここで無事にいる、それは事実だ。
「では、その黒龍とやらを現世に戻したら、そなたは再度ここに来るかえ?」
「信じられないなら、監視でもなんでもつければいい!」
「なれば、ケルベロス、共に行け。そのあとでもよかろう。ただ、今一度これと会うことはできぬ。それでよいな?」
 仕方ない。たった一言伝えられればいいのだ。

 伝えたかった言葉を藤崎の耳元でささやき、ケルベロスに促されるまま、夏姫は黒龍を抱え、その場をあとにした。


 ぐにゃりと藤崎が歪んだ。どれだけ罰しても禁忌の知識を求めることを止めなかった男が、諦めたのだ。
「何を言うた、あの小娘」
 これでは己の立つ瀬がない。
藤崎これの思いに免じて、今一度戻すのはやめにするか」
 どちらにせよ、あちらにいる禁忌の知識を欲している者を連れてこなくてはいけないのだ。

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