魔術屋のお戯れ

神無乃愛

第一章――厄災の始まり――その四

「魔青が拗ねていたよ。何にも話をしてくれないと」
 食べ終わるのを見計らったように聖が来た。当たり前のように紅茶を入れ、夏姫の分まで入れると対面に座ってきた。
「人見知りなのかな?」
 答えてやる義務も無い。

「……人見知りだろうがなんだろうが、こちらは答えてもらわないとね。君の服のサイズはMかな?」
「はぁ?」
 ひたすら無視しようと決めていたが、さすがにこの質問には度肝を抜かれた。
「いや、制服が用意できないだろう? 魔青やサファイが着ているような服を君が持っているなら話は別だけど」
「あんな、ひらひらしてふわふわして動きにくそうな服、持ってないし、着るつもりもない」
「あのねぇ……ゴスロリなんだけどね。やっぱりないんだろう? だとしたらこちらで用意しなくてはいけないからね」
「一ヶ月しかいないのに?」

「違うね。一ヶ月いるんだよ? だから私の美学としてゴスロリを着てもらうさ」
 確実に似合わないと思うんだが。
「似合う似合わないは、着てみないと分からないしね。君はすらりとしているから、あれとこれを合わせれば、魔青やサファイと違った意味で似合いそうだしね」
 この身長の人間に、それを着せるかと本気で思った。ああいう可愛い服は似合ったためしがない。しかもこの一月で伸びたとはいえ、まだ髪は短い。今までの褒め言葉は「格好いい」くらいしかない。
「嫌でも着てもらうよ。どう組み合わせるかはまた今度。魔青もいるし、さっさと契約を済ませようじゃないか。君も自由になりたいだろうしね」
 下でするからと、聖はさっさと降りていく。ダイニングのドアのところにはサファイがおり、さっさと行けと言わんばかりに追い出された。


「夏姫ちゃんはここ、魔青はここ。そこから動かないこと」
 聖がてきぱきと指示を出していく。ごねようかと思ったが不遜な笑みに逆らえず、魔法陣の中に立った。
 魔青の傍に立った聖がなにやらぶつぶつと言い出した。そして魔青の額にかざし、己の額から何かを取り出すしぐさをする。そして、夏姫の額に触れた。
「熱っ!」
 その熱さに反射的に仰け反りそうになった夏姫を聖が抱き寄せた。
「呪術の最中に魔法陣から出てしまったりすると、危険だ。覚えておきなさい」
 そして抱き寄せたまま、もう一つ何かを唱えていた。
「これにサインを。これで正式な契約になる」

「……あたし、この文字読めない。そんなものにサインする気にはならない」
「失礼。では読めるようにしよう」
 そして再度紙とペンを出してきた。
 一通り読んで、名前を書く。それで契約は終わりのはずで、つまりこの魔法陣から出てもいいはずだが、聖は放そうとしない。

「いい加減放してほしいんだけど」
「終わったから、放すのは簡単だけどねぇ。いくつか聞いてからのほうがいいかと思ってね」
「聞きたいことは?」
「うん、その調子でいて欲しいな。私が知りたいのは君の身長、体重にスリーサイズと給与の面かな?」

 ばきっ。考えるよりも先に手が出ていた。
「あんたは変態か」
「変態でも構わないさ。スリーサイズが知られたくなければ、せめて服のサイズかな?言わなきゃこのまま私が触診で測るけど?」
「セクハラッ! 変態っ!!」
「だから、それで構わないよ。本当に測るけど、いいのかな?」
「~~~~~~っ!M です」
 恥ずかしくて下を向いて答えた。
「聞こえないなぁ。もっと大きな声で言ってもらわないと」
「Mだって言ったの! 言ったんだから放せ」
「じゃあ、靴のサイズは?」
「二十六! いい加減放せ!!」
 そんな夏姫を楽しむように見て笑っている。
「放して欲しかったら、解いてごらん、というのは冗談にして。はい」
 放したものの、聖は笑ったままだった。

「これで正式な弟子になったからね。呼び捨てにするよ。何か質問は?」
「師弟関係は一ヶ月でしょ?」
「試用期間はね。その後は……流動的、とだけ覚えていてくれ。あぁ、それから君の仕事は魔術屋としての店番と私の使い。もちろんファンシーショップの来客も来るから、そちらもね」
 客の心を映して店が変わるらしい。あとは聖の独断と偏見によって変えると。魔術屋とファンシーショップは同じ場所であるにもかかわらず、鏡合わせの原理で見せる感覚らしいが、いまいち分からない。
「接客は勘弁」
「そこを拒否するなら、試用期間はなしにするよ?」
「……やります」
 そこまで妥協しなきゃいけないらしい。
「それから、給与はいくらにする?」

「……十五万、と言おうと思ったけど、二十万」
「それでいいのかい?」
「仕方ないでしょ。話聞くと、あたしはあんたの弟子になったって事だった。その変態気質とセクハラ行動とかでもっととりたいところだけど、これで手をうつから」
「了解。これで給与は決まったね。給与の手配は魔青になるから、覚悟しておくように」
「はぁ?」
「いや、何でもないよ。気にしなくていい」
うっすら笑みを浮かべて言う。嫌な予感がするが、夏姫は口に出すのがはばかられた。
「とりあえず一ヶ月よろしく。夏姫」
「頭撫でるな!」
 それすらも黙殺らしい。


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