魔術屋のお戯れ
第一章――厄災の始まり――その八
何とか携帯の料金も払い終わり、帰ろうかと夏姫を促した時、夏姫の携帯が鳴り響いた。
「……十子さんだ」
相手の確認は怠らないらしい。それくらいの気構えがあるなら、きちんと払っておけと言いたくなる。視線でそれを物語るが、夏姫は知らん顔をして、人の少ない所に移り電話に出た。
『夏姫! あんたあれ程携帯だけはいかしとけって言ったでしょうが!! この馬鹿娘!』
夏姫がもしもし、という前に、電話の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。この人が十子かと聖は思う。
「……ごめんなさい。でも一ヶ月は雇ってもらえたから、何とかなりそうだよ」
昨日色々ごねた事は言わずに、雇ってもらえたとしか言わない。ある意味強がっているのかと、聖は思い楽しくなってしまった。
『一ヶ月とか言わないで、ずっと雇っててもらいなさい!! あんたを雇ってくれる所なんてそうそう無いんだから!!』
夏姫は言葉に詰まっている。そして電話の相手の言い方が凄い。つい面白くなって、聖はひょいと夏姫の手から携帯を取り、勝手に十子と話し出す。取り返そうとする夏姫を無視して雇い主であること、一ヶ月というのは試用期間であること、そのあと適性があればそのまま雇うことなどを説明する。それを聞き電話の向こうで十子は安心したらしく、よろしくお願いしますと言い、夏姫にもう一度代わるように頼んできた。
「そればっかりはしょうがないんじゃない? だいぶ前から空き家だって話だったし」
その後も十子はなにやら言っていたらしいが、聖には聞き取れない。
「うん、じゃあ。十子さん、今度はあたしから電話するから」
それで話は済んだらしい。ならば、こちらの質問に答えてもらうか。
「いくら十子さんといえど、何にもなくってぽんと放り出すわけないでしょ。知人がいたはずだっただけ」
「知人ねぇ。つかぬ事を聞くが……」
「十子さんのお姉さんの息子さん」
「……普通に自分のいとこだと言いなさい」
「十子さんとの間柄だと思ったから」
だったら甥っ子でいいだろうに。
「何だかんだで、心配してるようだね」
家を出るように言った人だから、そこまで心配してるとは思わなかった。
「母親、だからね」
「なるほど。じゃあ、今度こそ帰ろう。こちらに来なさい」
人の少ない方に聖は向かう。本当はこのあと、帰りがけに店の周りを案内しようと思っていたのだが、先程の足の状況や顔色から判断してこれ以上は無理だと判断した。しかも時間も無い。なので奥の手を使う事にする。サファイをあちらに残してきておいて、助かった。
「あまり、こういう所で使いたくないのだが……」
そう言い、周りを見渡して誰もいないことを確認してから、手を虚空にのばし、移動用の呪を描いて夏姫の手を引く。夏姫に驚く暇も与えずに、呪で描いた所に進んでいく。
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