魔術屋のお戯れ

神無乃愛

第二章――懐かしいヒトと言葉――その二

 二階でこの会話を聞いていた聖は思わず笑った。無論、声を立てずにだが。
「ここまで早く動くとは思わなかったな。紫苑は誰の指示で来たものか」
 その言葉に一緒にいた男がため息をついていた。
「当主のご意向でも私は一向に構わない。おや、珍しく夏姫が微笑んでるね」
 こっそり水晶球を使ってのぞき見をした。
「俺は黒龍に別件で依頼を持ってきたんだが」
 五十過ぎの男が呆れて呟いた。
「仕方あるまい。紫苑がいては」
「構わん。本家からの依頼だ」
「樹杏、お前が持ってくるとは珍しい」
「どこの誰だ。紅蓮うちの息子をしばらく出入り禁止にしたのは」
「私だね」
「だとしたら、俺が持ってくるしかないだろうが」
 それ以外に、夏姫のことで再度報告があったらしいのだが。
「そのうちでいい、桑乃木くのぎに連れてってやれ。懐かしい知人に会えるぞ。無論、サンジェルマンとも関わりのある男だ」
 それは興味深い。土曜日にでも使いを出すか。
「ついでにその時、これを桑乃木の院長に渡してくれ」
 そして預かったのは、どうやって手に入れたか分からない夏姫の病院への紹介状だった。


 くだらない沈黙を破ったのは二人が階段を降りてくる音だった。
「珍しいこともある、紫苑。お前がここを訪れるなど」
 見知らぬ男が男が紫苑に向かって話しだした。
「あなたも珍しいと思いますが、樹杏義兄さん」
「当主に頼まれたものがあった」
 きょろきょろと見回すのは黒龍。どう見ても樹杏と紫苑は仲が悪いんだろうなと夏姫は思った。
「黒龍、本家から仕事の依頼だ。なるべく早めにして欲しいらしい」
「樹杏、お前さんが本家の使いって……珍しすぎや……」
「馬鹿息子が家主に出入り禁止にされてな」
「紅蓮の坊ちゃんはなにしでかした?」
 夏姫一人蚊帳の外で話が進んでいく。緊迫した空気も、沈黙も、無駄なおしゃべりも何もない。これほどありがたいものはないと本気で思っていた。

「白銀の呪術師、お前は叔母にここが魔術屋だと伝えたのか!」
「伝える必要性はなかったからね、伝えてないさ。
 あぁ、別に伝えてもらっても構わない。手間が省けるだけだ。そう思うだろ?夏姫」
「さぁね。これ幸いと呼び戻すかもしれないし。十子さんがどうするかなんて分からない」
 家を出された理由を紫苑は知らないのか。それとも、紫苑の近辺の人が遮断したのか。そんなものどうでもいい。
 夏姫は一度たりとも紫苑を信用したことはない。
「こちら側の考えは一つだ。紫苑、お前が伝えたければ伝えればいい。その後の責任はお前が取れるんだろう?」
 聖の言葉から、自分の過去を聖は知っていると感じた。いつの間にのぞかれたというのか。
「言っておくけど、のぞいてはいないよ。そこの樹杏に頼んで調べてもらったよ。出てきた理由も、そうせざるを得なかった理由も、紫苑を忌嫌うのも。あ、樹杏を責めないことだね」
 忌々しげに舌打ちをして紫苑は帰っていった。

「さてと、改めて紹介しよう。四条院樹杏だ。先日君と顔合わせした紅蓮の父親だよ」
 いつ顔合わせをしたのかすら覚えていないのだが、聖の話を聞いて、やっと思い出した。この店の前で最初に会った、あの元凶の男か。
「黒龍、ほれ」
 やっと本題に移れたと言わんばかりに樹杏が黒龍に何かを渡していた。
「……ってか、これ俺の仕事じゃねぇだろうに」
 ぱらぱらとめくって黒龍が呟いていた。
「俺がこっちに来ているのをいい事にあいつら……面倒ごとを俺に押し付けたな。確かに俺が一番年下だよ」
 不平は言うものの、了承といった感じで二階に行く。それを黙ってみていた。
「今日夕方から明日午後まで返してもらう」
「構わない。その二日で事が起きたら、黒幕が誰なのか否応なく分かるだけだ。さて、今日は店閉まいだ」
 その後、二人で別の部屋にこもった聖と樹杏が色々話し込んでいる気配だけが伝わってきた。

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