魔術屋のお戯れ
第二章――懐かしいヒトと言葉――その五
出迎えに来た女性を見て黒龍は思わずでかいため息をついた。
「葛葉の嬢ちゃん、何やって……」
「あら、いけませんの? 黒龍だって白銀様のお使いをやってらっしゃるのに、私が桑乃木お爺様のお使いをやって」
「俺は使いじゃねぇ。こっちの嬢ちゃんの護衛だ」
「ええ、存じ上げておりますわよ。でも、先ほどのお電話は黒龍でしょう? 伯父様と賭けをしていたんですの。
黒龍が取次ぎの電話を寄越したら、私が出迎え。白銀様のお弟子さんでしたら、出迎えは伯父様って」
「んな事してる場合じゃねぇだろうが」
聖の使いだってのに何馬鹿なことをやっていやがる。
「そんなお話はのちほどにしておいて、行きましょうか」
エレベーターに促しながらも、葛葉が夏姫の観察を怠らないのは色々言われたからだろう。
「黒龍、この方のご紹介をしていただいてもよろしいかしら?」
そこで気がついた。
名前が「夏姫」だと聖が呼んでいたため、黒龍は知っているが、他は知らない。紹介を受けてないということに。
「ほんっとうにそういうところが抜けておりますわよね、黒龍は」
呆れ果てた葛葉の声。そしてエレベーターの中で自己紹介をし始めた。
「私は四条院葛葉と申します。黒龍とは長い付き合いがありますの」
長い付き合いとだけ言ってもらって助かった。そして、夏姫の名前を聞こうとするも、夏姫はだんまりを通したままだった。
「……嬢ちゃん、名前くらい名乗ってやれや」
「山村」
それだけ名乗って話を閉じていた。
院長室の扉を開けると、中年の優しそうな男性がにこやかに微笑んでいた。
「あれ? 院長は?」
「あぁ、父なら四条院家当主と会談中ですよ。そもそも父より私のほうがよろしいかと思ったんですが」
夏姫ももちろんだが、黒龍も意味が分からないといった顔をしていた。
「聞いておりませんでしたか?まず、白銀の呪術師から渡された書類をいただけますかね。あ、名乗らずに申し訳ない。この病院の責任者の息子で桑乃木武満と申します。私も一応は医師ですよ」
この人に渡していいものか迷っているうちに、黒龍が夏姫から書類を引ったくり、武満に渡していた。
「……思った以上の内容ですね……。まぁ、私の専門分野ですし。よく、数ヶ月薬なしでいらっしゃいましたね」
書類をめくりながら言う言葉に、驚愕せざるを得ない。
「白銀の呪術師に聞いておりませんでしたか?今日お持ちになられたのは、あなたの持病治療に関して、つまりは当院への転院を目的とした診断書と紹介状です」
そんな内容だと分かっていたら、来るつもりはなかったのだが。
「白銀の旦那は院長に渡せば分かるってしか、俺にもこの嬢ちゃんにも伝えてねぇ」
「でしょうね。ここに来るまで他言無用とされておりましたから」
すでに用意されていた機材が奥にあるとかで、葛葉に腕を掴まれて引きずられるように診察される羽目になった。
「どうりで葛葉の嬢ちゃんがいたわけだ。俺じゃ無理だし」
夏姫の感情に反する、あっけらかんとした呟きが聞こえてきた。
「保険適用は……」
「あぁ、問題ないですよ。一緒に保険証が入っておりましたし」
いつの間に……。
「一応再発行されたものですが。……扶養ではなく国民健康保険なんですね」
だとしたら、出るときに間に合わなかったはずの保険証が、どこからともなく聖の手に渡ったことになる。しかも、扶養としてではなく。挙句、一年分一括支払いされている領収書が封筒に入っていた。
武満は何も言わずに、夏姫に渡してくれた。
「いくらなんでも、白銀の呪術師やその周辺で保険証の再発行などはしていないと思われますが。その辺りは帰宅後、直接お尋ねになられたほうがよろしいかと」
薬局から薬も届いて、あとは店に帰るだけとなった。
「薬は一つだけ以前より強ものを出しましたので。一週間くらいで大丈夫かと思いますから、駄目な場合はまたいらしてください」
ある意味、いたれりつくせりの診察だった。
「葛葉の嬢ちゃん、何やって……」
「あら、いけませんの? 黒龍だって白銀様のお使いをやってらっしゃるのに、私が桑乃木お爺様のお使いをやって」
「俺は使いじゃねぇ。こっちの嬢ちゃんの護衛だ」
「ええ、存じ上げておりますわよ。でも、先ほどのお電話は黒龍でしょう? 伯父様と賭けをしていたんですの。
黒龍が取次ぎの電話を寄越したら、私が出迎え。白銀様のお弟子さんでしたら、出迎えは伯父様って」
「んな事してる場合じゃねぇだろうが」
聖の使いだってのに何馬鹿なことをやっていやがる。
「そんなお話はのちほどにしておいて、行きましょうか」
エレベーターに促しながらも、葛葉が夏姫の観察を怠らないのは色々言われたからだろう。
「黒龍、この方のご紹介をしていただいてもよろしいかしら?」
そこで気がついた。
名前が「夏姫」だと聖が呼んでいたため、黒龍は知っているが、他は知らない。紹介を受けてないということに。
「ほんっとうにそういうところが抜けておりますわよね、黒龍は」
呆れ果てた葛葉の声。そしてエレベーターの中で自己紹介をし始めた。
「私は四条院葛葉と申します。黒龍とは長い付き合いがありますの」
長い付き合いとだけ言ってもらって助かった。そして、夏姫の名前を聞こうとするも、夏姫はだんまりを通したままだった。
「……嬢ちゃん、名前くらい名乗ってやれや」
「山村」
それだけ名乗って話を閉じていた。
院長室の扉を開けると、中年の優しそうな男性がにこやかに微笑んでいた。
「あれ? 院長は?」
「あぁ、父なら四条院家当主と会談中ですよ。そもそも父より私のほうがよろしいかと思ったんですが」
夏姫ももちろんだが、黒龍も意味が分からないといった顔をしていた。
「聞いておりませんでしたか?まず、白銀の呪術師から渡された書類をいただけますかね。あ、名乗らずに申し訳ない。この病院の責任者の息子で桑乃木武満と申します。私も一応は医師ですよ」
この人に渡していいものか迷っているうちに、黒龍が夏姫から書類を引ったくり、武満に渡していた。
「……思った以上の内容ですね……。まぁ、私の専門分野ですし。よく、数ヶ月薬なしでいらっしゃいましたね」
書類をめくりながら言う言葉に、驚愕せざるを得ない。
「白銀の呪術師に聞いておりませんでしたか?今日お持ちになられたのは、あなたの持病治療に関して、つまりは当院への転院を目的とした診断書と紹介状です」
そんな内容だと分かっていたら、来るつもりはなかったのだが。
「白銀の旦那は院長に渡せば分かるってしか、俺にもこの嬢ちゃんにも伝えてねぇ」
「でしょうね。ここに来るまで他言無用とされておりましたから」
すでに用意されていた機材が奥にあるとかで、葛葉に腕を掴まれて引きずられるように診察される羽目になった。
「どうりで葛葉の嬢ちゃんがいたわけだ。俺じゃ無理だし」
夏姫の感情に反する、あっけらかんとした呟きが聞こえてきた。
「保険適用は……」
「あぁ、問題ないですよ。一緒に保険証が入っておりましたし」
いつの間に……。
「一応再発行されたものですが。……扶養ではなく国民健康保険なんですね」
だとしたら、出るときに間に合わなかったはずの保険証が、どこからともなく聖の手に渡ったことになる。しかも、扶養としてではなく。挙句、一年分一括支払いされている領収書が封筒に入っていた。
武満は何も言わずに、夏姫に渡してくれた。
「いくらなんでも、白銀の呪術師やその周辺で保険証の再発行などはしていないと思われますが。その辺りは帰宅後、直接お尋ねになられたほうがよろしいかと」
薬局から薬も届いて、あとは店に帰るだけとなった。
「薬は一つだけ以前より強ものを出しましたので。一週間くらいで大丈夫かと思いますから、駄目な場合はまたいらしてください」
ある意味、いたれりつくせりの診察だった。
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