魔術屋のお戯れ

神無乃愛

第二章――懐かしいヒトと言葉――その九

 その後、あの時の報告へと切り替わっていく。
サンジェルマンあの男が空間創生と移動を行っただと?ありえない」
 それ以前の話から空間創生と移動が行われたことくらい分かってはいたが、あの男にできるわけがない。これだけは覆せない。
「嘘は言ってねぇ」
 黒龍の言葉に夏姫も相槌を打つ。
「お前達が嘘を言っていないのは分かる。だが、その辺りはできないはずなんだ」
「できるようになったとか」
 三百年も生きてるわけだし、事情を知らない夏姫の言葉はもっともだ。

 だが。
「無理だ。私がそうした」
「どういう事だ?」
「あの男は私の血を使った時点で能力は止まったんだ。だからただ生きているだけの屍に近い」

 力と命、双方を他人に頼って、どうにかしようとしてなるものではない。だからこそ血を渡した。その事実を教える義務などない。そう聖は言ってのける。
「じゃあ、誰が創る?それにあの男は『私の空間』と呼んでいたんだぞ?」
「そこだ。おそらく協力者がいると見ている。それに今日、わざわざ私に電話を寄越してきた」
 ほとんどの電話に出るなと夏姫に警告しておいて何だが、その着信には出させてもらった。
「着信ランプがつかないままベルが鳴っていたのでね。あの男だと気が付いた」
「……何て言ってた?」
「私の目的と、本来のカタチを教えると」
 永らく因縁関係があった相手だ。己の本来のカタチも知っている。
「ちょっと待て!何であの男がお前の目的を知っている!?」
 黒龍の馬鹿正直な反応を何とかして欲しい、夏姫が勘付いてしまう。
「おそらく四条院の内部に協力者がいるな。それに本来の目的といっても、表向きの方だろう。協力者もだいたい見当はついている」
「当主に言わなくていいのか?」
「当主に報告するのは簡単だがね……したら最後、厄介なことになる」
 紅蓮が出てくるという一点において。

「紫苑さんが協力者とか?」
「夏姫は紫苑の出生を知らないからそう言えるのだろうけど、それだけはありえない。強いて言うなら、紫苑は現当主の懐刀だ」
 紫苑が組みしていたなら、それは紛れもなく当主も絡んでいることになる。
「私自身、当主も当主に近しい人物も信用していないが、今回のことに限って言えば、絶対にありえない」
 黒龍にも言っていないが、現在の夏姫に近い存在を望んだのは当主達である。四条院家側で「適合者」が必要になった。だが、出来うることなら四条院の名前を知らせず、探したいと。そのために「こちらの事情で弟子を取る」と表明したのだ。その辺りは当主と聖の密約である。
「……となると誰だよ」
「黒龍、お前も紫苑を疑っていたのか……お前は阿呆か。紫苑以上に野心の強い者など吐いて捨てるほどいるだろう?」
「タイミングよすぎだ、紫苑の登場は」
「そうかい?夏姫はどう見ている?」
「……知らない」
 そこで話を閉じて欲しくないのだが。
「あたしは、これ以上この話に関わらないほうがいい、違う?」
 紫苑が相手方の協力者ではない以上、藤崎と顔見知りであり、妖魔を憑けられた自分は混ざらないほうがいいと。

「……そのとおりだよ。その上で君の意見も聞きたいのだがね……藤崎はなぜ奴らと手を組んだと思う?」
 夏姫が小首をかしげた。普段あまりそういった態度を取らない夏姫の行為は可愛らしくさえ思えるが……。
「昔なら絶対に言わなかった。どこでどう思想変更が行われたか分からないけど、今の藤崎さんは永遠の命を欲しがってる。今日話して、今の藤崎さん相手に昔を懐かしむ気持ちは微塵もないから」
 夏姫は相手を一刀両断して、書庫を出て行った。


 こちらとしてはため息をつくしかない。
「怒ってんのか?嬢ちゃんは」
「私が聞きたいくらいだよ。怒る要素は何もないと思っているんだが……」
「激しく同意だ」
 あの様子からやはり怒っているとも取れる。夏姫が怒りをあらわにする理由すら聖たちには見えてこないのだが。
「怒りは藤崎に向いているのかもな」
 そこで初めて空間の中での会話に何かヒントがないか気になった。
「……なるほど『藤崎に色々教わった』ね。予想以上に重い話になりそうだ。黒龍、この間と今日のマイナス分を埋めてきてくれ」
「はっ!?」
「夏姫のフォローを頼んだ。明日に備えて私は用意があるのでね」
 明日の用意など何もないが、夏姫のフォローは厄介なので押し付けた。

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