魔術屋のお戯れ

神無乃愛

第二章――懐かしいヒトと言葉――その十一

 翌日。

 あまりにもむしゃくしゃするので、夏姫は身体を動かしたくなった。
 あのあと、聖たちと話せば多少は違ったのだろうが、その辺りは性格ゆえか面倒になり、解決を先のばしにしてしまったのだ。その結果がこれ。
「どこに行く?」
 朝食もまだだし、客人も来る日に出て行くなということらしい。
「身体を動かすだけ」
「あぁ、毎朝やっているやつか」
 いつもは黙認しているものを、今日に限って制限してくるとは。

「表情は変わってないがね、君のまとうオーラがね……『手当たりしだい殴りたい』といわんばかりだったからね。今日ばかりは相手がいたほうがいいんじゃないかい?」
「なら、お願い」
 むしゃくしゃを変態に八つ当たりできるなら、それこそありがたいものはない。
 が、聖は全てを柳のようにかわしていき、夏姫のストレスはたまる一方だった。
「そろそろ、止めたほうがいいんじゃないかい?」
「やっかましい!」
 涼しげに言う聖と、息も絶え絶えになりながら答える夏姫。自分だって分が悪いことくらい分かっている。
「あら、朝からお元気ですこと」
 おっとりとした声で、手合いは中断された。


 夏姫がいつまでもやめようとしなかったせいで、遅めの朝食と相成った。
 昨日のうちに夏姫と葛葉は顔を合わせている。葛葉の服装は相変わらずで、己のメリハリのきいた身体を存分に見せ付けていた。かたや夏姫はシャツにジーンズ。二人の服に対する興味が表れている。
「はい、忘れ物置き場に置いてあった忘れ物です」
 にっこり微笑んで葛葉が昨日購入した物を渡してきた。
「まずは礼を言わせてもらうよ」
 重かったであろうに、言いつけ通り「一人で」持ってきた葛葉を労った。
「近くまで紅蓮兄様が乗せてきてくださいましたの」
 また余計なことを。あれほど動くなと言っておいたのに。
「兄様曰く、『送って行って悪いとは言われていない』だそうですの。私も兄様に口止めされておりませんから」
「葛葉、お前は未だに『兄様』と紅蓮を呼んでいるのかい?いとこだろう?」
「あら、いけませんの?兄様は気になさっておりませんわよ」
 しれっとした顔で葛葉が言う。

「伯父様が心配しておりましたわ。お薬を忘れて行っては来た意味がないだろうにと」
「……ありがとう」
「昨日は逆に使わないほうがお身体のためにはよかったそうですの。さすがに、樹杏伯父様が『危険』と判断なさったくらい呪術を身に浴びては」
 昨日からの夏姫に対する一連の出来事は、作為的と呼ばざるを得ない。聖は思わず眉をひそめた。
「白銀様、何をお考えかは分かりませんけど、荷物に紛れ込んでいたこちらにだけは目を通していただけません?」
 呆れたように手紙を差し出してきた。


 一通り読むも、ため息しか出てこない。分かりきったことを書くとは……要は夏姫に見せろということなのだろう。
「……」
「そういうことだ。分かったか?」
 読み終わったと思い声をかけたが、返事がない。こういうときまで無口になるのはやめて欲しいのだが。
「夏姫?」

「……ねぇ、何て書いてあるの?」
 思わず聖はまじまじと夏姫を見据えた。以前のようなルーン文字ではない。
「これ英語でしょ? あたし読めないよ?」
「去年まで高校に行っていたはずだろう? それくらいの語学力があれば、読める……」
「あー。そんなん、赤点さえ取んなきゃいいのよ。国外に行く予定もないから忘れたし」
 さらりと言う。思わず黒龍が他の教科は? と聞いてきたが、それらも赤点を取っていないだけらしい。しかも「忘れた」ときた。
「そんな事より、なんて書いてあんの?」

 現在、手紙は黒龍の手から葛葉の手へ、二人は理解したらしい。夏姫が単純な英文すら読めないことに葛葉が呆れている。
「要約してしまえば、私の邪魔をするということだよ」
「全く、本当に愉快なお人だな。あんたに魔術を教えた奴は」
 黒龍がうめく。
「私は結構ああいうのは嫌いではないんだ。己の欲望の為に何でもやる、という精神もね。それを絶望に追いやる時がね、何ともいえない」

 考えただけでぞくぞくするほどに楽しい、この高揚感は誰にも分からないだろう。
「白銀様……」
 怯えた葛葉の声が聞こえた。

 いけない、つい我を忘れてしまった。だが、そんな自分の姿を初めて見たはずの夏姫は、顔色一つ変えていなかった。
「夏姫?」
 いつにもまして醒めた目で夏姫を見やる。それでもなお、眉一つ動かなかった。
「私が怖いと思っただろう?」
「怖い、というより畏怖かな?」
「ほう?なぜ強がる?」
「強がってるつもりなんてない。ただ、これがあんたの本性だと思っただけ」
「きゃっ!」

 聖がもらした殺気に葛葉が悲鳴をあげた。
 なのに、殺気を向けられた張本人である夏姫は席を立ち、己のそばに来た。
「殺すなら、殺せば? あんたの目的が何なのか分かんないけど、あたしを殺して頓挫するもんじゃないんでしょ? 逆に都合がいい、違う?」
「違うね。君の力さえ利用できればそれでいい。君がどうなろうが関係ないね……いっそ、君の力だけ抽出してしまおうか」
 がっしりと夏姫の頭を掴み、呪を唱える。
「白銀の旦那!」
 怯えた葛葉を庇いながら、黒龍が叫んでいた。

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