魔術屋のお戯れ

神無乃愛

第四章――決着――その二

 どうしようもないお馬鹿だと、つくづく思う。なぜ一人にしたのかを考えればあっさりと分かることではないか。
 病院へ行くから一人にしたという建前をとっただけで、ただの囮だ。藤崎も気がついていたはずだ。それなのにあえて元則たちへ教えたのだろう。どちらでもいい、己を殺すと踏んで。

 サンジェルマンあの男が動かなかったのは、罠と気がついたからなのだろう。元則は焦りもあり、動いたとみえる。どちらでもいいが。
「本当に、誰も庇えないね」
 元則を冷たく見据え、聖は言う。

 すぐさま夏姫を盾にしてきた。
「おや、夏姫が傷ついていいのかな?色仕掛けができなくなるよ?」
「お前に傷つけられて逃げてきたと言わせればいい」
 そんなものを信じるほど紅蓮は馬鹿ではないのだが。
「夏姫がどうなろうが、私は関係ないがね。ただ、あの男への協力者が私のほうで分かった場合、もしくは妨害していた者がいた場合、私の権限で始末していいことになっている。無論、四条院八家全ての当主の了承済みだ。お前をどうするかは私が決められるのだよ」
「そんなもの……」
「お前の兄も、紅蓮も言っていなかったか?当たり前だよ。お前の兄はお前を信じたいがために、その案に乗った。紅蓮はすでに気がついていたが、あえて知らぬ振りをした、それだけだ。逆に夏姫ごと殺してしまっても、私には言い訳がたつのだよ。お前が夏姫の影を使い私とお前の間に入れてきたがため、止められず誤って殺した、とね」
 そこまで説明する必要はないが、あえて言う。絶望へつき落とすためだけに。

 元則と夏姫の間に割り込み、魔青の結界の中へ入れるべく、獏が動いた。すぐさま夏姫の肉体は魔青の結界の中へ入っていく。普段あれだけ仲が悪いが、夏姫の危機には素晴らしい連携だ。

 すぐさま夏姫の影が動く。だが、その影も見る間に元則の支配下から外れていく。
「影使い」に相反する呪術だ。元則の顔色がなおさら悪くなる。
 元則がくるりときびすを返して二人の元から逃げていく。夏姫の意識も元に戻った。
「気がついたかい?影を盗られた気分はどうだい?」
「実感ない。ただ、ものすごく疲れる」
「さて、君に道を作ってもらいたいのだがね」
「あんたがやった方がいいんじゃない?」
「君にやらせたいのだよ。獏を潜行させるためにね」
 あとは元則が見下している「外の者」である夏姫に追わせることで、焦りを生じさせる。
 道を作るための呪術を夏姫が唱え始めた。そして、元則を追い詰めるためだけに重複して唱えていく。

 すぐに、道ができた。


「当主、『道』ができたようです」
「せやろな」
 答えたのは、当主の妻だった。
「紅蓮、お前はどうするつもりだ?」
「当主陣の決定に従う」
 それはつまり、元則の殺生権を白銀の呪術師に与えるということだ。
「言ったはずです。あの問題を起こした時点で、俺は元則を庇うつもりはありません。強いて言うなら、重宝し、情報を流した俺にも責任はあります」
 八人の当主、もしくはその代理が揃う中、紅蓮はあえて冷静に答えた。


 その瞬間、空間が裂けた。
「……あ」
 ほっとしたような元則の顔。
「紅蓮様!兄者!」
「あいにく、俺は当主陣の決定に従う。師父の……いや、白銀の呪術師の妨害をした者として、始末は白銀の呪術師に一任する」
「私とて、同じこと。現状、血の繋がりのあるお前を庇いたくても、庇えん」
 八陽家当主としては、苦渋の決断だったのだろう。無論、四条院当主とて同じだったはずだ。能力をかっていたのだ。

 しかし、本来の目的のために「適合者」である山村夏姫を失うのは、四条院としても痛手なのだ。例え、白銀の呪術師との師弟関係がないとしても。
 誰が行ったのか分からないが、空間が閉じられていた。


「終わったよ」
 再度開いた空間からどさりと、元則の死体を投げてよこした。
「師父……」
「こちらは特に問題はない。あとはそちらに任せる。影戻しご苦労様」
 無残とも取れた。ぽっかりと開いた胸の傷、そして白銀の呪術師の腕の血。おそらくは腕で胸を貫いたのだろう。
 冷たく全てを見据えた白銀の呪術師は、すぐに空間を閉じていなくなった。


 他者を殺めたのは何十年振りだろうか。これからも付き合いのある一族の人間を殺した。そしてサンジェルマンあの男との対峙も待っている。
 殺しても、殺さなくても他者になじられるのは同じだ。もう、慣れた。
「聖、お帰り。血、流してきたら?」
 気にもせずに夏姫が言う。あの時、この少女は何が言いたかったのだろうか。
「気にしないのかい?」
「殺したこと?因果応報でしょ。少なくとも藤崎さんを殺したのは元則あの男だろうし」
「それだと、私もそのうち因果応報で誰かに殺されるのかな?」
「そんなこと、気にするように見えなかった。少なくとも、因果応報は受け入れていると思ってたけど」
 気にも留めていないのは、夏姫のほうだろう。

「永く生きてる分、誰かに恨まれるのも多かったんじゃない?だから、お互い触れたくない部分には、触れないって言える」
「その考えはなかったね。まぁ、私の仕事の半分は恨まれることだからね。いつかは巡り巡ってくると思っているよ」


 死んだ藤崎に、影は戻らなかった。



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