魔術屋のお戯れ
第四章――決着――その三
翌日には元則の遺体が盗まれ、すぐさま連絡が来た。
「どういうことですの?」
「死人返りかな?おそらくサンジェルマンにとって手足として働く駒がまだ必要なんだろうね。おそらく、藤崎の遺体も盗まれていると思ってもいい」
聖しか知らぬ藤崎の欲望がまた、形を成していく。
己の役目として、それだけは止めなくては。
何を求めるかはヒトそれぞれだが、あの男の暴走は終わりを迎えるのだ。
「白銀の旦那、俺や葛葉の嬢ちゃんがいるからって、説明省くなや」
すでに葛葉が死人返りについて夏姫に説明していた。
「禁忌の呪術に近いと言われておりますの。死んだ方の身体を使って蘇らせる呪術です。場合や術者の鍛錬度によりけりですが、死ぬ以前の記憶を持った方もいらっしゃるとか」
「近いって事は、禁忌ではないのか」
「死人返り自体ではそこまでではありませんが、それに合わせて御霊返りを行えば、禁忌ですわね。御霊返りは死んだ方の魂をこちらへ呼び戻す方法です。どんな呪術にも相反する術が存在します。
禁忌に近ければ近いほど、相反した術を使用された場合、はね返りがひどくなると言われています。私は使いたいとは思いませんわ」
「私が説明しても、夏姫は聞こうとしないからね」
ぼそりと黒龍にだけ伝えた。
「正直に言えば、この先君は足手まといになる。どうする?」
「どっちでもいい。聖が選べば?」
「魔青のことを考えると、連れて行くか」
すでに喜んではしゃいでいる。
「適当なところで逃げればいいんでしょ?」
相変わらず、やるべきことは分かっている。今まで弟子入り志願をしてきた馬鹿共とは、一線を画している。
「さてと、今度の土日になるだろうね。あちらも準備が整えられるだろうし、私も野暮用があるからね」
「野暮用?」
藤崎の最期の野望を止めるために。
「夏姫、藤崎からもらったもので、未だに持っているものは?」
しばらく考えた後、夏姫はないと答えてきた。
「藤崎さんがいなくなってすぐ、十子さんが全部捨てたから。あたし個人によこしたものも、全部捨てられた」
なんと徹底していることか。すぐさま、家になら何かしらあるかもしれないと言い出したが、それを思い出させることは止めた。
夏姫が未だに手元に持っていることが大事なのだ。
「そちらに頼るくらいなら、桑乃木病院に聞いたほうが早い。藤崎の私物もまだあるだろうしね」
「その件に関してですけど、伯父から夏姫さんへ伝言がありますの。藤崎さんの私物を取りに来ていただきたいんだそうです」
「どういうことだ?」
「黒龍、私を睨まないでくださいな。遺言で財産の相続人は夏姫さんなんだそうです。伯父と伯父の友人の弁護士さん立会いの下、遺言状にそう記載されてるそうですわよ」
「……拒否ってできる?」
「相続放棄はできるよ。ただ、見てからのほうがいい」
そんな形で藤崎の私物が手に入るのは万々歳、それだけ夏姫に伝えておく。
「明日、病院と藤崎の部屋のほうへ私も一緒に向かうと伝えておいてくれ」
院内はばたばたしていた。藤崎は保護者にも患者にも慕われた医師だと、案内してくれた若い医師が教えてくれた。
「へぇ、君がそうなのかぁ。藤崎医長も隅に置けないなぁ」
からからと不似合いな笑い声が響いた。
「藤崎医長って、プライベートな事、一切話さない人だったからさぁ、小さな子供の写真手帳に入れてて、俺からかったことあるんだよねぇ。看護師長にめっさ怒られた。あとで笑いながら娘って言うわけ。
つうか、独身ってその前に聞いてんのにさぁ、矛盾してるっしょ? で、その写真のお子さんが君だったわけ。自分が小児科医になる道標を作ってくれたって教えてくれたよ」
病院にそんなに私物もあるわけなく、その手帳も見つけられなかった。
「多分、その手帳、肌身離さず持ってたから、遺体と一緒にまだ警察でしょ」
藤崎の死は表向き猟奇殺人事件として扱われている。
遺言状の立会人であり、夏姫の主治医でもある武満は疲れきった表情をしていた。
「そういえば、写真の話を聞いたのだが」
「手帳の写真ですね。院内で有名ですよ。一度も結婚したことがないのに『娘の写真』だと言っていましたからね。相手の女性を妊娠させたから、慰謝料・養育費のために夜勤を好んでやるとか、一時期うわさが立ちましたし」
誤解が解けた今、かなりタブーに近い話題だとか。
「警察も自宅を見たいと言っているそうですよ。どうしますか?」
「警察も一緒で構わないだろう。向こうも夏姫や私の話も聞きたいだろうしね」
その場にいた者として。
「こちらの手の者も一緒に立ち会うそうです。公衆の面前であんな呪術を使うほうが馬鹿げている」
「それは同感だね。少人数なら記憶改ざんで済むが、あれだけの大人数、難しかっただろう」
「心理的ケアまでさせていただいてますよ。改ざんのあと、軽くフラッシュバックが起きるという、名目で」
投げやりになるのも仕方ないかもしれないと思った。
藤崎名義のマンションから戻った二人を出迎えた葛葉はなぜかエプロン姿だった。
「お帰りなさいませ。ちょうど夕食が運ばれてきたところですの」
デリバリーで注文しておくよう言づけていったはずで、エプロンは必要ない。そう聖が言うと「何となく、面白そう」だったからと返ってきた。
「……紅蓮が来て作っていったか」
テーブルを一瞥した聖が呆れていた。
「えぇ。一応詫びだそうです。なのでわたしは手を出せませんでしたわ。
あそこまでご自身を追い詰めることもないでしょうに」
何かを考えるときや、追い詰められたときに料理をする癖のある、紅蓮。ここまで手が込んだものを、一人で作ったということであれば、その度合いが知れるというものだ。
「今回ばかりは仕方ないだろうね。重宝していたことが仇になったと思い込んでいるだろうからね」
「……面倒な話はあとにしようや。紅蓮の坊ちゃんの料理には定評があるぞ」
夏姫の眉が少しばかり動いた。
美味しかろうが、夏姫は小食で偏食。一月暮らしてみて、聖もいやというほど分かっている。
「一応夏姫さんの好き嫌いのお話もしておきましたから、そこまでお嫌いなものは無いかと思いますわ」
お詫びのメインは夏姫さんですから、葛葉が楽しそうに笑っていた。
「どういうことですの?」
「死人返りかな?おそらくサンジェルマンにとって手足として働く駒がまだ必要なんだろうね。おそらく、藤崎の遺体も盗まれていると思ってもいい」
聖しか知らぬ藤崎の欲望がまた、形を成していく。
己の役目として、それだけは止めなくては。
何を求めるかはヒトそれぞれだが、あの男の暴走は終わりを迎えるのだ。
「白銀の旦那、俺や葛葉の嬢ちゃんがいるからって、説明省くなや」
すでに葛葉が死人返りについて夏姫に説明していた。
「禁忌の呪術に近いと言われておりますの。死んだ方の身体を使って蘇らせる呪術です。場合や術者の鍛錬度によりけりですが、死ぬ以前の記憶を持った方もいらっしゃるとか」
「近いって事は、禁忌ではないのか」
「死人返り自体ではそこまでではありませんが、それに合わせて御霊返りを行えば、禁忌ですわね。御霊返りは死んだ方の魂をこちらへ呼び戻す方法です。どんな呪術にも相反する術が存在します。
禁忌に近ければ近いほど、相反した術を使用された場合、はね返りがひどくなると言われています。私は使いたいとは思いませんわ」
「私が説明しても、夏姫は聞こうとしないからね」
ぼそりと黒龍にだけ伝えた。
「正直に言えば、この先君は足手まといになる。どうする?」
「どっちでもいい。聖が選べば?」
「魔青のことを考えると、連れて行くか」
すでに喜んではしゃいでいる。
「適当なところで逃げればいいんでしょ?」
相変わらず、やるべきことは分かっている。今まで弟子入り志願をしてきた馬鹿共とは、一線を画している。
「さてと、今度の土日になるだろうね。あちらも準備が整えられるだろうし、私も野暮用があるからね」
「野暮用?」
藤崎の最期の野望を止めるために。
「夏姫、藤崎からもらったもので、未だに持っているものは?」
しばらく考えた後、夏姫はないと答えてきた。
「藤崎さんがいなくなってすぐ、十子さんが全部捨てたから。あたし個人によこしたものも、全部捨てられた」
なんと徹底していることか。すぐさま、家になら何かしらあるかもしれないと言い出したが、それを思い出させることは止めた。
夏姫が未だに手元に持っていることが大事なのだ。
「そちらに頼るくらいなら、桑乃木病院に聞いたほうが早い。藤崎の私物もまだあるだろうしね」
「その件に関してですけど、伯父から夏姫さんへ伝言がありますの。藤崎さんの私物を取りに来ていただきたいんだそうです」
「どういうことだ?」
「黒龍、私を睨まないでくださいな。遺言で財産の相続人は夏姫さんなんだそうです。伯父と伯父の友人の弁護士さん立会いの下、遺言状にそう記載されてるそうですわよ」
「……拒否ってできる?」
「相続放棄はできるよ。ただ、見てからのほうがいい」
そんな形で藤崎の私物が手に入るのは万々歳、それだけ夏姫に伝えておく。
「明日、病院と藤崎の部屋のほうへ私も一緒に向かうと伝えておいてくれ」
院内はばたばたしていた。藤崎は保護者にも患者にも慕われた医師だと、案内してくれた若い医師が教えてくれた。
「へぇ、君がそうなのかぁ。藤崎医長も隅に置けないなぁ」
からからと不似合いな笑い声が響いた。
「藤崎医長って、プライベートな事、一切話さない人だったからさぁ、小さな子供の写真手帳に入れてて、俺からかったことあるんだよねぇ。看護師長にめっさ怒られた。あとで笑いながら娘って言うわけ。
つうか、独身ってその前に聞いてんのにさぁ、矛盾してるっしょ? で、その写真のお子さんが君だったわけ。自分が小児科医になる道標を作ってくれたって教えてくれたよ」
病院にそんなに私物もあるわけなく、その手帳も見つけられなかった。
「多分、その手帳、肌身離さず持ってたから、遺体と一緒にまだ警察でしょ」
藤崎の死は表向き猟奇殺人事件として扱われている。
遺言状の立会人であり、夏姫の主治医でもある武満は疲れきった表情をしていた。
「そういえば、写真の話を聞いたのだが」
「手帳の写真ですね。院内で有名ですよ。一度も結婚したことがないのに『娘の写真』だと言っていましたからね。相手の女性を妊娠させたから、慰謝料・養育費のために夜勤を好んでやるとか、一時期うわさが立ちましたし」
誤解が解けた今、かなりタブーに近い話題だとか。
「警察も自宅を見たいと言っているそうですよ。どうしますか?」
「警察も一緒で構わないだろう。向こうも夏姫や私の話も聞きたいだろうしね」
その場にいた者として。
「こちらの手の者も一緒に立ち会うそうです。公衆の面前であんな呪術を使うほうが馬鹿げている」
「それは同感だね。少人数なら記憶改ざんで済むが、あれだけの大人数、難しかっただろう」
「心理的ケアまでさせていただいてますよ。改ざんのあと、軽くフラッシュバックが起きるという、名目で」
投げやりになるのも仕方ないかもしれないと思った。
藤崎名義のマンションから戻った二人を出迎えた葛葉はなぜかエプロン姿だった。
「お帰りなさいませ。ちょうど夕食が運ばれてきたところですの」
デリバリーで注文しておくよう言づけていったはずで、エプロンは必要ない。そう聖が言うと「何となく、面白そう」だったからと返ってきた。
「……紅蓮が来て作っていったか」
テーブルを一瞥した聖が呆れていた。
「えぇ。一応詫びだそうです。なのでわたしは手を出せませんでしたわ。
あそこまでご自身を追い詰めることもないでしょうに」
何かを考えるときや、追い詰められたときに料理をする癖のある、紅蓮。ここまで手が込んだものを、一人で作ったということであれば、その度合いが知れるというものだ。
「今回ばかりは仕方ないだろうね。重宝していたことが仇になったと思い込んでいるだろうからね」
「……面倒な話はあとにしようや。紅蓮の坊ちゃんの料理には定評があるぞ」
夏姫の眉が少しばかり動いた。
美味しかろうが、夏姫は小食で偏食。一月暮らしてみて、聖もいやというほど分かっている。
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