オレハ、スマホヲテニイレタ
2-12 ユウシャハ、ショウリスル
「ブモォァァァァア!」
「はーっはっはっはっ!おいデカブツ!そんなに縮こまってどうするつもりだぁ?逃げねぇとほぉら、どんどんだるまに近づくぜぇ?」
ガロティス帝国東門の外ではまだ、人間対魔物の戦闘が継続していた。
その中で異彩を放つのは表面温度が1000℃に達するほど赤熱した2トントラックサイズの赤い牛、"牛鬼"とガロティス帝国所属の英雄級であるネロの本来の人格、"ノワール"との戦闘であった。
ネロに追い詰められた牛鬼はネロの危険な斬撃を防ぐため、金属が皮膚に触れると使い物にならなくなるほどの発熱を持ってして抵抗した。
牛鬼の物理攻撃の効かない変化を前に、あわや人間側の敗北かに思われたがノワールは剣が使い物にならなくなることも厭わないといった風にお構い無しに牛鬼を切り刻む。
既に牛鬼は片足を切り落とされており、とても逃げられる状態ではなく今では体を限界まで縮め、ノワールの斬撃に耐えていた。
そんな一方的な展開を繰り広げているノワールの剣もまた、熱で芯が曲がり、刃が溶けて丸くなるなど限界が近かった。それでもノワールの振るう斬撃の切れ味が落ちない。
バキンッ
すると遂にノワールの剣が熱に負け、刃が砕ける。
「ぶもぉぁぁぁぁぁぁ!!」
そのタイミングを待っていたとばかりに牛鬼は体に力を巡らせ、目の前の敵に突進する。
「あぁ?このデカブツ、とうとう自棄になったのか?」
剣がなくなり、牛鬼が迫ってきているが、ノワールは回避する様子を見せない。むしろ牛鬼の突進は自棄になったのだと考える始末。様子を見ていた兵士はノワールの死をイメージする。
「まっ、迫ってくるってんなら、殺ってやらねえとな。っと。」
ガッ
ノワールは迫ってくる牛鬼に向かって足元の砂を蹴り上げる。
「ネロさん!?目潰しは無意味なんじゃ。」
兵士からそんな声が上がるがノワールは気にも止めずに次は刃の無くなり、柄だけになった剣を振りかぶる。
ノワールの蹴り上げた砂が牛鬼の背より高く上がったとき、見ていた兵士、魔物たちは一様にあり得ない光景を目にする。
「"無刃"」
スヒュッと、刃の無い剣を振り抜くノワール。そして、牛鬼にもう興味がないといった風に戦場を見渡す。
そんな態度が気に障った牛鬼は回避の素振りを見せないノワールを牽き潰そうと足に力を込め、違和感に気づく。
左の視界がない。走馬灯のようにゆっくりと流れる視界。最後に牛鬼が見た光景は自分に興味を失ったノワールの後ろ姿と佇む自らの左半身だった。
ズゥゥゥゥン
牛鬼の呆気ない最後にノワールの居るエリアがシンと静まり返る。
「あぁ?全く魔物が減ってねぇじゃねぇか。最近の兵士は使えねぇな。」
ドゴッ
そう言いつつノワールは再び地面の土を蹴り上げる。地面後と蹴り上げたのではないかと錯覚するような音を上げ、ノワールの蹴り上げた土は戦場の後ろの方に居る魔物にまで降り注ぐ。
「"無刃・扇"」
スヒュッ
地面と水平に振られた剣の柄に添って魔物たちの上半身と下半身が分かれる。
ノワールの二度目となる不可視の斬撃。二度見てようやく一部の兵士がその技の仕組みに気がつく。
「まさか、柄から魔力を伸ばして空中の土を刃の代用としているのか!?」
「そんな馬鹿な。数十センチなら分かるけど今の見たか?それだと百メートルは魔力が伸びたことになるぞ?」
技の仕組みに気づいた兵士の言葉にざわつく戦場。
本来"魔力"とは放出することに特化した力であり、広範囲を攻撃するのに向いている。だが魔法としてではなく純粋な"魔力"として放とうとすれば、"魔力"の扱いに長けた者であっても数十センチ程しか届かない。
では、"気"なのでは?と考えるものも居るが、"気"は体内に巡らせる物であり、体に纏うことは出来ても、体外に放出することは"魔力"以上に難しいとされている。
その為兵士たちは今見た技は見間違いなんじゃないかと考える。
だが兵士たちの見解は当たらずとも遠からず、といった所まで来ていた。
"無刃"の仕組みは"気"と"魔力"を伸ばし、そこに引っ掛かった土を刃として相手を斬っている。
この時、兵士の言う通り、射程の短さがネックとなるのだがそこはノワール特有の、いや、とある戦場で見た技を元にしてカバーしていた。
そう、獣人でありながら"魔力"を扱うことが出来、更に"気"と合成することで"闘力"というこの世界に二人と使えるものが居ない技を。
"気"で纏うことが出来るのは自分が体と認識した場所のみ。その為、"気"の放出は難しいとされている。
そして"魔力"は空間認知が可能であるために"気"よりは遠くまで伸ばすことが出来るとされている。
ノワールは"気"を手に持つ剣の刃までを体の一部として纏い、そこから"魔力"を限界まで伸ばす。そして"魔力"の限界位置を腕と仮定し、再び"気"を剣の刃のように伸ばして次の"魔力"に繋げる、といった離れ業をやってのけた。
「ちっ、まだまだ時間が短いな。この程度だとあの化け物には及ばねぇか。」
「誰が化け物だ、犯罪者。」
ノワールの呟きに答えたのは戦場の目ぼしい魔物を狩り尽くし、後処理を兵士に任せてやってきたヴィエラだった。
「これはこれは、化け物さん。お久しぶりです。中々いい具合に弱ってますね。どうです?久しぶりに手合わせでも。」
「私を目の前にまだそんなことを言える度胸があるのか。それにいくら"闘力"が使えるといってもあんな半端じゃ私どころか私の旦那にも傷一つ付けられないぞ?」
「旦那ぁ?なんだ化け物の里から遂にやって来たのか?愛しのヘタレ男が。」
「あぁん!?誰がヘタレだ。確かにまだ不意の接触には弱いがそこそこ目を見て話してくれるようになってきたわ!」
「はぁー、ヤダヤダ。これだから夢見がちな童貞と処女は。そんなんだと知らん女に横からかっさらわれるぞ?早いとこ押し倒せよ。」
「やかましいわ、おっさん。下らんこと言ってないでお前も早く奥さん探せ。このままじゃ一人寂しく孤独死するぞ。」
「残念でしたぁー。俺はもうすでに結婚してますぅー。誰かさんと違ってやることやってますぅー。」
未だあちこちで怒号や雄叫びが聞こえる戦場の一角で言い合う二人。だがその手は近くの魔物をバッタバッタと狩り続けていた。
年が一回り半は離れているとは思えない言い合いに、周りで戦闘を行っている魔王の大量発生を知らない兵士たちは呆気に取られ、魔王の大量発生で同じような光景を見たことのある兵士たちは懐かしく思いながら魔物を狩っていく。
「そういえば街の中からオカマの"気"を感じたな。あれが本気出すなんて街中で何が起こってんだ?」
「さてな。きゃさりんが本気を出すほどの相手は居ない筈なんだが、もしかするとネロが言ってた黒兎の獣人でも出たかな?」
「黒兎だ?何の冗談だ?魔境の外に五星魔が出張ってくるとか、悪神でも復活すんのかぁ?」
「まぁ近い内に、な。」
「マジか。こりゃネロの中で寝てるわけにはいかねぇな。相手が五星魔や悪神ともなればネロじゃ役不足だ。」
「はぁ、つくづくお前は戦力として有用だな。その殺意が魔物だけに向けば封印されることもなかったろうに。」
ヴィエラは横で危機として素手で魔物を殴り殺すノワールを見てため息をつかずにはいられなかった。
「街中で黒兎が出たならそろそろユウトたちがそいつを引き連れてここに向かってくる頃だな。魔物は粗方片付いたし私はそっちに向かうか。」
「おい、待てよ。そんな楽しそうな戦場に俺を置いていくっての、かぁっ!」
「ひっ!」
ヴィエラが東門の方へ移動を始めると、ノワールは逃げ出す魔物の背を槍を構えていた兵士の方へ蹴り飛ばし、ヴィエラの後を追う。
二人の去った戦場では、戦意を保てた魔物は居なかった。
一方、勇者対白蛇はこの戦場一の接戦を繰り広げる。
ナダクの能力の都合上タイムリミットが5分と残っていないアキラと、自身の首から溢れる血液に体を溶かされつつあるナーガ。
両者は既に後のことも考えずにただただ目の前の強敵を倒すことだけを考え拳を振るい、尾を振るっていた。
「すげぇ。」
そんな戦闘を目の前で繰り広げられ、辺りの魔物を粗方始末し終え、余裕の出来た兵士は素直な感嘆の声を漏らす。訓練では自分より弱かった勇者。だが、目の前のナーガにこの場で唯一渡り合える強者。
アキラの能力の実態を知らない兵士たちは、その様子にガロティス帝国を守ろうと限界を越えた力を出していると勘違いし、士気を高めていく。
「うぉぉぉぉ!」
「しゃぁぁぁ!」
お互いに弱っているとはいえまだまだ兵士たちでは立ち入ることのできない強者の世界。その均衡を破ったのはナーガだった。
ナーガの血液から身を守るため、残り僅かな魔力を薄く拳に纏っていたアキラに向けて既に僅かな骨と皮だけで繋がっていると言っても過言ではないその首を晒す。
じゅぁぁぁぁ
「がぁぁああっ!」
アキラの拳はナーガの思いがけない行動に制止が間に合わず、肘近くまで体内に嵌まる。
その一撃でナーガの首を繋ぐ骨は折れ、首を支えるものは皮と薄い筋肉のみとなる。ナーガは薄れ行く意識の中、残り全ての力を首の筋肉の収縮に費やしアキラの腕を挟む。
アキラも初めは魔力の出力を上げて腕を守るが、万力のようなその力になかなか腕が引き抜けない。
「くっ、ぉぉぉぉおおお!」
「おいっ、勇者様の様子がおかしいぞ?」
「見ろっ、腕が!あのままだと魔力が尽きて腕が溶かされるぞ!」
アキラの雄叫びにようやく異変を察知した周りの兵士たちの一部がアキラの救出に向かう。が、
「気を付けろ!こいつの血、剣も容赦なく溶かしやがるぞ!」
「おいっ、血液を辺りに飛ばすな!誰かにかかったら洒落にならん!」
「ぐぁぁぁぁ!足がっ!」
アキラの救出に向かった兵士たちはナーガの血液にどう手伝えばいいかわからず四苦八苦する。その間もアキラの魔力はガリガリと削られていく。
「おいっ!街から三人、一般人が向かってくるぞ!」
「ま、まさかっ!魔物の群れの奥から新手が!あれは、神喰狼!?」
そんな中、東門の方を見た兵士と東門とは正反対の魔物たちの群れの方を見た兵士から別々の声が上がる。
その声にアキラを含め戦場の全員がいや、唯一ヴィエラを除いて新たな魔物の方を見る。
すると確かに魔物の群れの後方から、複数の尾で辺りの魔物を蹴散らしながらすごい速度で向かってくる青い毛を持つ狼が一匹。放たれる威圧感はこれまでアキラが苦戦していたナーガ、ネロを苦しめた牛鬼、ヴィエラが全力を持って墜としたヴィゾフニルより遥かに格上の魔物であることを示していた。
「まさか、ここにきてSランクオーバーの魔物が攻めてきたのか!?」
「終わりだ・・・俺たちは、ガロティスは滅びるんだ・・・」
「くそっ、魔物から街を守ったら結婚しようって彼女に約束したのにっ!」
「「「「「原因はお前かぁぁぁっ!!!」」」」」
あまりの絶望感に兵士たちはおかしなテンションになる。だが、神喰狼に近づく一つの人影。
「いいねぇっ!フェンリルかっ!俺の人生で最強の敵じゃねぇかぁ、おいっ!」
ノワールは兵士の声が聞こえると共に、ヴィエラとは真逆の方向に、神喰狼の方向へと駆け出す。
「俺の剣はお前に命まで届くのか、はたまた全く届かないのか。試させてもらうぜっ!」
ガヅッ
そう言ってノワールは足元の土を蹴りあげる。
「"無刃"」
ヒュパッ
ノワールの必殺技は彼の予想を超え、神喰狼を軽く両断する。
「うぉぉぉぉ!ネロさんが一撃で!」
「まじか。ははっ、俺は夢でも見てるのか?おい、ちょっと俺を殴ってくれ。」
「「「「「まかせろっ!」」」」」
「ぐはっ、ちょっ、いたいっ!なんでそんなに袋にするんだよ!」
「「「「「お前がこの後結婚するからだっ!!!」」」」」
神喰狼の呆気ない最後に喜びを抑えきれず騒ぐ兵士たち。所々でガロティスの英雄を讃えていた。
「あぁ?手応えがねぇ?」
だが、当の本人は技に手応えがないことを不思議に思っていた。だが、実際に神喰狼は目の前に両断された状態で倒れている。それは紛れもない事実であった。
「ん?ちょっと待て!こいつは神喰狼なんかじゃねぇ!スライムだっ!」
ウゾソゾゾ
ノワールの声に反応するかのように神喰狼の体が波打ち、徐々に両断される前の元の形に戻る。
そしてその青い瞳で、いや、全身隈無く青一色であるためその表現は的確でないが、その瞳でノワールを一瞥し神喰狼の形をしたスライムは再びガロティスへと向かっていく。
唯一無二の主人の命令通りガロティスに群がる魔物を蹴散らしながら。
「はーっはっはっはっ!おいデカブツ!そんなに縮こまってどうするつもりだぁ?逃げねぇとほぉら、どんどんだるまに近づくぜぇ?」
ガロティス帝国東門の外ではまだ、人間対魔物の戦闘が継続していた。
その中で異彩を放つのは表面温度が1000℃に達するほど赤熱した2トントラックサイズの赤い牛、"牛鬼"とガロティス帝国所属の英雄級であるネロの本来の人格、"ノワール"との戦闘であった。
ネロに追い詰められた牛鬼はネロの危険な斬撃を防ぐため、金属が皮膚に触れると使い物にならなくなるほどの発熱を持ってして抵抗した。
牛鬼の物理攻撃の効かない変化を前に、あわや人間側の敗北かに思われたがノワールは剣が使い物にならなくなることも厭わないといった風にお構い無しに牛鬼を切り刻む。
既に牛鬼は片足を切り落とされており、とても逃げられる状態ではなく今では体を限界まで縮め、ノワールの斬撃に耐えていた。
そんな一方的な展開を繰り広げているノワールの剣もまた、熱で芯が曲がり、刃が溶けて丸くなるなど限界が近かった。それでもノワールの振るう斬撃の切れ味が落ちない。
バキンッ
すると遂にノワールの剣が熱に負け、刃が砕ける。
「ぶもぉぁぁぁぁぁぁ!!」
そのタイミングを待っていたとばかりに牛鬼は体に力を巡らせ、目の前の敵に突進する。
「あぁ?このデカブツ、とうとう自棄になったのか?」
剣がなくなり、牛鬼が迫ってきているが、ノワールは回避する様子を見せない。むしろ牛鬼の突進は自棄になったのだと考える始末。様子を見ていた兵士はノワールの死をイメージする。
「まっ、迫ってくるってんなら、殺ってやらねえとな。っと。」
ガッ
ノワールは迫ってくる牛鬼に向かって足元の砂を蹴り上げる。
「ネロさん!?目潰しは無意味なんじゃ。」
兵士からそんな声が上がるがノワールは気にも止めずに次は刃の無くなり、柄だけになった剣を振りかぶる。
ノワールの蹴り上げた砂が牛鬼の背より高く上がったとき、見ていた兵士、魔物たちは一様にあり得ない光景を目にする。
「"無刃"」
スヒュッと、刃の無い剣を振り抜くノワール。そして、牛鬼にもう興味がないといった風に戦場を見渡す。
そんな態度が気に障った牛鬼は回避の素振りを見せないノワールを牽き潰そうと足に力を込め、違和感に気づく。
左の視界がない。走馬灯のようにゆっくりと流れる視界。最後に牛鬼が見た光景は自分に興味を失ったノワールの後ろ姿と佇む自らの左半身だった。
ズゥゥゥゥン
牛鬼の呆気ない最後にノワールの居るエリアがシンと静まり返る。
「あぁ?全く魔物が減ってねぇじゃねぇか。最近の兵士は使えねぇな。」
ドゴッ
そう言いつつノワールは再び地面の土を蹴り上げる。地面後と蹴り上げたのではないかと錯覚するような音を上げ、ノワールの蹴り上げた土は戦場の後ろの方に居る魔物にまで降り注ぐ。
「"無刃・扇"」
スヒュッ
地面と水平に振られた剣の柄に添って魔物たちの上半身と下半身が分かれる。
ノワールの二度目となる不可視の斬撃。二度見てようやく一部の兵士がその技の仕組みに気がつく。
「まさか、柄から魔力を伸ばして空中の土を刃の代用としているのか!?」
「そんな馬鹿な。数十センチなら分かるけど今の見たか?それだと百メートルは魔力が伸びたことになるぞ?」
技の仕組みに気づいた兵士の言葉にざわつく戦場。
本来"魔力"とは放出することに特化した力であり、広範囲を攻撃するのに向いている。だが魔法としてではなく純粋な"魔力"として放とうとすれば、"魔力"の扱いに長けた者であっても数十センチ程しか届かない。
では、"気"なのでは?と考えるものも居るが、"気"は体内に巡らせる物であり、体に纏うことは出来ても、体外に放出することは"魔力"以上に難しいとされている。
その為兵士たちは今見た技は見間違いなんじゃないかと考える。
だが兵士たちの見解は当たらずとも遠からず、といった所まで来ていた。
"無刃"の仕組みは"気"と"魔力"を伸ばし、そこに引っ掛かった土を刃として相手を斬っている。
この時、兵士の言う通り、射程の短さがネックとなるのだがそこはノワール特有の、いや、とある戦場で見た技を元にしてカバーしていた。
そう、獣人でありながら"魔力"を扱うことが出来、更に"気"と合成することで"闘力"というこの世界に二人と使えるものが居ない技を。
"気"で纏うことが出来るのは自分が体と認識した場所のみ。その為、"気"の放出は難しいとされている。
そして"魔力"は空間認知が可能であるために"気"よりは遠くまで伸ばすことが出来るとされている。
ノワールは"気"を手に持つ剣の刃までを体の一部として纏い、そこから"魔力"を限界まで伸ばす。そして"魔力"の限界位置を腕と仮定し、再び"気"を剣の刃のように伸ばして次の"魔力"に繋げる、といった離れ業をやってのけた。
「ちっ、まだまだ時間が短いな。この程度だとあの化け物には及ばねぇか。」
「誰が化け物だ、犯罪者。」
ノワールの呟きに答えたのは戦場の目ぼしい魔物を狩り尽くし、後処理を兵士に任せてやってきたヴィエラだった。
「これはこれは、化け物さん。お久しぶりです。中々いい具合に弱ってますね。どうです?久しぶりに手合わせでも。」
「私を目の前にまだそんなことを言える度胸があるのか。それにいくら"闘力"が使えるといってもあんな半端じゃ私どころか私の旦那にも傷一つ付けられないぞ?」
「旦那ぁ?なんだ化け物の里から遂にやって来たのか?愛しのヘタレ男が。」
「あぁん!?誰がヘタレだ。確かにまだ不意の接触には弱いがそこそこ目を見て話してくれるようになってきたわ!」
「はぁー、ヤダヤダ。これだから夢見がちな童貞と処女は。そんなんだと知らん女に横からかっさらわれるぞ?早いとこ押し倒せよ。」
「やかましいわ、おっさん。下らんこと言ってないでお前も早く奥さん探せ。このままじゃ一人寂しく孤独死するぞ。」
「残念でしたぁー。俺はもうすでに結婚してますぅー。誰かさんと違ってやることやってますぅー。」
未だあちこちで怒号や雄叫びが聞こえる戦場の一角で言い合う二人。だがその手は近くの魔物をバッタバッタと狩り続けていた。
年が一回り半は離れているとは思えない言い合いに、周りで戦闘を行っている魔王の大量発生を知らない兵士たちは呆気に取られ、魔王の大量発生で同じような光景を見たことのある兵士たちは懐かしく思いながら魔物を狩っていく。
「そういえば街の中からオカマの"気"を感じたな。あれが本気出すなんて街中で何が起こってんだ?」
「さてな。きゃさりんが本気を出すほどの相手は居ない筈なんだが、もしかするとネロが言ってた黒兎の獣人でも出たかな?」
「黒兎だ?何の冗談だ?魔境の外に五星魔が出張ってくるとか、悪神でも復活すんのかぁ?」
「まぁ近い内に、な。」
「マジか。こりゃネロの中で寝てるわけにはいかねぇな。相手が五星魔や悪神ともなればネロじゃ役不足だ。」
「はぁ、つくづくお前は戦力として有用だな。その殺意が魔物だけに向けば封印されることもなかったろうに。」
ヴィエラは横で危機として素手で魔物を殴り殺すノワールを見てため息をつかずにはいられなかった。
「街中で黒兎が出たならそろそろユウトたちがそいつを引き連れてここに向かってくる頃だな。魔物は粗方片付いたし私はそっちに向かうか。」
「おい、待てよ。そんな楽しそうな戦場に俺を置いていくっての、かぁっ!」
「ひっ!」
ヴィエラが東門の方へ移動を始めると、ノワールは逃げ出す魔物の背を槍を構えていた兵士の方へ蹴り飛ばし、ヴィエラの後を追う。
二人の去った戦場では、戦意を保てた魔物は居なかった。
一方、勇者対白蛇はこの戦場一の接戦を繰り広げる。
ナダクの能力の都合上タイムリミットが5分と残っていないアキラと、自身の首から溢れる血液に体を溶かされつつあるナーガ。
両者は既に後のことも考えずにただただ目の前の強敵を倒すことだけを考え拳を振るい、尾を振るっていた。
「すげぇ。」
そんな戦闘を目の前で繰り広げられ、辺りの魔物を粗方始末し終え、余裕の出来た兵士は素直な感嘆の声を漏らす。訓練では自分より弱かった勇者。だが、目の前のナーガにこの場で唯一渡り合える強者。
アキラの能力の実態を知らない兵士たちは、その様子にガロティス帝国を守ろうと限界を越えた力を出していると勘違いし、士気を高めていく。
「うぉぉぉぉ!」
「しゃぁぁぁ!」
お互いに弱っているとはいえまだまだ兵士たちでは立ち入ることのできない強者の世界。その均衡を破ったのはナーガだった。
ナーガの血液から身を守るため、残り僅かな魔力を薄く拳に纏っていたアキラに向けて既に僅かな骨と皮だけで繋がっていると言っても過言ではないその首を晒す。
じゅぁぁぁぁ
「がぁぁああっ!」
アキラの拳はナーガの思いがけない行動に制止が間に合わず、肘近くまで体内に嵌まる。
その一撃でナーガの首を繋ぐ骨は折れ、首を支えるものは皮と薄い筋肉のみとなる。ナーガは薄れ行く意識の中、残り全ての力を首の筋肉の収縮に費やしアキラの腕を挟む。
アキラも初めは魔力の出力を上げて腕を守るが、万力のようなその力になかなか腕が引き抜けない。
「くっ、ぉぉぉぉおおお!」
「おいっ、勇者様の様子がおかしいぞ?」
「見ろっ、腕が!あのままだと魔力が尽きて腕が溶かされるぞ!」
アキラの雄叫びにようやく異変を察知した周りの兵士たちの一部がアキラの救出に向かう。が、
「気を付けろ!こいつの血、剣も容赦なく溶かしやがるぞ!」
「おいっ、血液を辺りに飛ばすな!誰かにかかったら洒落にならん!」
「ぐぁぁぁぁ!足がっ!」
アキラの救出に向かった兵士たちはナーガの血液にどう手伝えばいいかわからず四苦八苦する。その間もアキラの魔力はガリガリと削られていく。
「おいっ!街から三人、一般人が向かってくるぞ!」
「ま、まさかっ!魔物の群れの奥から新手が!あれは、神喰狼!?」
そんな中、東門の方を見た兵士と東門とは正反対の魔物たちの群れの方を見た兵士から別々の声が上がる。
その声にアキラを含め戦場の全員がいや、唯一ヴィエラを除いて新たな魔物の方を見る。
すると確かに魔物の群れの後方から、複数の尾で辺りの魔物を蹴散らしながらすごい速度で向かってくる青い毛を持つ狼が一匹。放たれる威圧感はこれまでアキラが苦戦していたナーガ、ネロを苦しめた牛鬼、ヴィエラが全力を持って墜としたヴィゾフニルより遥かに格上の魔物であることを示していた。
「まさか、ここにきてSランクオーバーの魔物が攻めてきたのか!?」
「終わりだ・・・俺たちは、ガロティスは滅びるんだ・・・」
「くそっ、魔物から街を守ったら結婚しようって彼女に約束したのにっ!」
「「「「「原因はお前かぁぁぁっ!!!」」」」」
あまりの絶望感に兵士たちはおかしなテンションになる。だが、神喰狼に近づく一つの人影。
「いいねぇっ!フェンリルかっ!俺の人生で最強の敵じゃねぇかぁ、おいっ!」
ノワールは兵士の声が聞こえると共に、ヴィエラとは真逆の方向に、神喰狼の方向へと駆け出す。
「俺の剣はお前に命まで届くのか、はたまた全く届かないのか。試させてもらうぜっ!」
ガヅッ
そう言ってノワールは足元の土を蹴りあげる。
「"無刃"」
ヒュパッ
ノワールの必殺技は彼の予想を超え、神喰狼を軽く両断する。
「うぉぉぉぉ!ネロさんが一撃で!」
「まじか。ははっ、俺は夢でも見てるのか?おい、ちょっと俺を殴ってくれ。」
「「「「「まかせろっ!」」」」」
「ぐはっ、ちょっ、いたいっ!なんでそんなに袋にするんだよ!」
「「「「「お前がこの後結婚するからだっ!!!」」」」」
神喰狼の呆気ない最後に喜びを抑えきれず騒ぐ兵士たち。所々でガロティスの英雄を讃えていた。
「あぁ?手応えがねぇ?」
だが、当の本人は技に手応えがないことを不思議に思っていた。だが、実際に神喰狼は目の前に両断された状態で倒れている。それは紛れもない事実であった。
「ん?ちょっと待て!こいつは神喰狼なんかじゃねぇ!スライムだっ!」
ウゾソゾゾ
ノワールの声に反応するかのように神喰狼の体が波打ち、徐々に両断される前の元の形に戻る。
そしてその青い瞳で、いや、全身隈無く青一色であるためその表現は的確でないが、その瞳でノワールを一瞥し神喰狼の形をしたスライムは再びガロティスへと向かっていく。
唯一無二の主人の命令通りガロティスに群がる魔物を蹴散らしながら。
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