この夏俺は世界を守る巫女に生まれ変わりました

りょう

第7話とある水の姫巫女の初日-歌姫-

 儀式用の巫女服に着替えを済ませた俺は、再びセリーナと共に海の入口へ。一見何の変哲もない巫女服なので、かなりの不安が残っているが本当に大丈夫なのだろうか?

「セリーナさん、本当にこんなので大丈夫なのですか?」

「本当心配性ですね巫女様は。そんなに心配でしたら、入ってみればいいじゃないですか」

 ドンッ

「え?」

 セリーナはそう言うと俺の背中を押し、心の準備すらさせずに海の中へと俺を飛び込みさせた。あまりに突然の出来事だった俺は、海中に入るなりまだ外にいる彼女に対して文句を言った。

「い、いきなり何をするのですか! 溺れたりでもしたら……ってあれ?」

 だが文句を言い終える前に俺はあることに気がついた。

(普通は海の中じゃ喋ることすら間にならないのに、普通に話すことができている。それに息苦しさも全く感じない)

「もう、だから言ったじゃないですか。心配しないでくださいって」

 その事実に驚いていると、セリーナが平然と泳ぎながらそう言ってきた。確かに心配しすぎたのかもしれない。

「でもどうしてこんなただの巫女服に素晴らしい機能がついているのですか?」

「この巫女服は、『清泉の衣』という特殊なものを利用して作られているのですよ。まあそれだけではないのですけど、細かいことはまた後々教えますね。さあ、ここから少し泳ぎますのでついて来てください」

 軽くこの巫女服について説明した後、セリーナは海底に向かって泳ぎ始めた。

「あ、待ってください」

 俺はそれを慌てて追う。だが、追いつくどころか彼女がどんどん先に進んでいってしまいいつの間にか彼女の背中は小さくなってしまっていた。

(ちょ、どれだけ泳ぐの早いんだよ)

 生前はそこそこ運動神経がよかった俺が全力で追ってもなかなか追いつけないくらいのスピードで彼女は泳いでおり、途中で息切れを起こしてしまうくらい泳いだ俺は、一旦彼女追うのを諦め、近くにあった地面に座り込んだ。

(って平然と座れているけど、これもおかしいよな)

 普通なら水中で座ろうとしたら浮いてしまい、座ることすらできないはずだ。それなのに、まるでそこが海の中だと感じさせないくらいの感覚で、普通に座り込めている。これもこの巫女服のおかげなのだろうか?

(そう考えると便利だなこれ)

■□■□■□
 あれからもう五分くらい経つというのに未だ戻ってくる様子すらないセリーナを、ため息をつきながら待っていると、どこからか誰かの声が微かに聞こえてきた。

(ん? 誰かいるのか?)

 とても綺麗な声に思わず惹かれてしまった俺は、その声がした方へと泳いで行ってみた。すると、その先に居たのは……。

(に、人魚?)

 黄色のロングヘアーと整った顔立ちを携え、下半身が魚の尾ひれになっている。そして彼女が奏でる美しい歌声。偶然とでも言うべきか、俺の人魚に対してのイメージがそっくりそのままだった。容姿はともかく足が魚の尾ひれになっている時点で、そう言った類の人間だと考えるのが妥当なのかもしれないが、先ほどの全裸女との出会いよりも遥かに衝撃が高く、俺はしばらくの間彼女に見とれてしまっていた。

(まさか本当に人魚が存在するなんて……)

「もう巫女様、こんな所にいらしたんですか。てっきり迷子になったのかと思って、慌てて探していたのですよ」

 時間も忘れ、彼女の歌声を聴いていると突如背後から声がして俺は思わず驚いてしまう。

「って、あ、せ、セリーナさん! いつの間に」

「今さっき見つけたのですよ。迷子になっているのにも関わらず歌なんか聞いている巫女様を」

「す、すいません。お、思わずいい歌声だなって思いまして」

 でもその俺が迷子(?)になった原因って、お前だぞセリーナ。

「確かにいい声ではありますが、何か少し変ではありませんか?」

「変とはどういう事ですか?」

「何と申しますか、こう悲しげな感じがするのですよ」

「悲しげ……ですか」

 確かに言われてみればそんな気がする。とても綺麗な歌声なのだが、何というか明るい感じが伝わってこない。彼女はまるで何かを訴えかけているかのように歌を歌っている、果たしてその理由が何なのか、今の俺には理解できない。

「とりあえず邪魔してしまうのもあれですから、この場を去りましょう巫女様」

「そうですね」

 再びセリーナの案内で海を泳ぎ始める俺。どうやら人魚と思わしき人物は、俺達の存在には気づいておらず、その場を去った後も彼女の歌声は聞こえてきていた。

「ところでセリーナさん、私一つ聞きたいことがあるのですが?」

「何でしょうか巫女様」

「さっきの彼女は、いわゆる人魚という人種なのですか?」

「はい。彼女達は人魚族の人間です」

 やっぱりそうだったか。しかも彼女達という事は、まだ他にも人魚がこの世界には存在しているということだろうか?

「ただし族とは言っても、もうほんのひと握りの人数しかいないらしく、近いうち滅んでしまうのではないかとさえ言われているのです。もしかしたら彼女の歌はその悲しみを訴えていたのかもしれませんよ」

「なるほど、そういう事ですか」

 人間必ずしも長生きはできない。いつかは亡くなってしまう運命にある。それがいつ起きるのか、何が原因で死んでしまったのか、それは誰も予測できない。そう、それは今回の俺にも同じことが言える。

(だからこそ怖いんだろうな、きっと)

 恐らく彼女もその不安に駆られているから、あんな歌声が出てきたのかもしれない。それが正解なのかは分からないけど。

(また会えたらいいな、彼女に)

 その時話すことができたら、少しだけでも分かることができるのかもしれない。彼女の痛みが。

「ささ、儀式の時間に大分遅刻してしまっています。早く行きますよ」

「その原因を作ったのはあなたなんですけどねセリーナさん」

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