この夏俺は世界を守る巫女に生まれ変わりました

りょう

1.水の姫巫女誕生

 水の姫巫女の全ての始まりは、今から三百年前。

 人々が先に起きる大災害の事も知らずに、のんびり豊かな時間だけを過ごしていたこの時代。

 私は水の姫巫女マリアーナとしてこの世界に誕生した。

「世界を守る為の鍵? 私が?」

「はい。水の姫巫女はこの世界が平和である為に長い命をもらえる代わりに、色々な務めを果たさなければならないんです」

 突然の事で何が何だか分からない私。そんな私の使いだと言っている一人の女性が、分かりやすく説明してくれる。だけど私には腑に落ちないことが多すぎて、簡単に説明されても納得なんてできない。

「でもどうしてそんなのを突然……。私はもう死んだはずなのに」

「一度死んだからこそ、ですよ。身体と魂が完全に一致していない分、命の削られる感覚が長くなっていく。しかも一度死んだ身なら、ほとんど不老不死に近いのです」

「不老不死……。私はそんなの望んでいないし、このまま成仏した方が断然良かった!」

「あ、マリアーナ様!」

 訳が分からなくて頭がおかしくなりそうだった。

 世界を守る鍵?

 不老不死?

 いつ私がそんなことを望んだ? 死んだなら死んだで、しっかり成仏したかったし、新たな人生を歩むならこんなふざけた形ではなく、もっとまともな人生を歩み始めたかった。だから私はもう一度死のうと思った。そうすればきっと何とかなると思っていた。

 だけど……。

「ど、どうしてこんなに震えているの私。し、死ねばこんなふざけた環境から抜け出せるのに」

 できなかった。

 そう、私はもう一度死ぬことなんてできなかった。理由は分からない。

「マリアーナ様、人はそんな簡単に死ねるような生き物ではないんです。どれだけ辛いことがあっても、少しでも心の中に生きたいという希望があれば、命なんて落とせやしません。だからこれから頑張りましょ」

「……分かったわよ。こんな私なんかに何ができるかなんて分からないけど、付き合えるところまで付き合ってあげる」

 なかばヤケクソだったのかもしれない。それ以外に選ぶ道はないから、私は半分諦めていた。長い長い第二の人生、一体どうなるのやら。

「そういえばまだ名前聞いていなかったっけ。あなた私の使いになる人なんでしょ?」

「はい。私はメリッサと申します。末長くよろしくお願いします」

 水の姫巫女マリアーナ

 この世界に初めて誕生した姫巫女となった彼女は、後の歴史に語り継がれる偉大となる人となる。だがその反面、世界をどん底に陥れた首謀者として世界に悪名を轟かせる事になるとは、この時の誰もが思っていなかったであろう。

 ◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
 もうすぐ水の姫巫女になって、五十年が過ぎようとしていた。もうすっかりベテランになってしまった私は、相変わらず衰えを見せない自分に少し感心しながらも、朝を迎えていた。

「マリアーナ様、入りますね」

 それと変わって、使いは変わっていく。といっても、彼女は二人目なのだけど、自分が歳を取らない分他人がどんもん歳を取っていく姿を見てしまうと、ちょっとだけ切なくなってしまう。

「どうかした?」

「実は本日、マリアーナ様にお会いしたいというお方がおられまして、今待合室でお待ちしてもらっているのですが」

「今日誰かと会う予定は入ってないはずだけど?」

「だからわたくしもお断りしようと思ったのですが、その名を聞いて思わず通してしまいました」

「名前を聞いてって、それほど有名人なの?」

「はい。本日単身でわざわざ来られたお客様は、大地の姫巫女ノワール様です」 

「だ、大地の姫巫女? すぐに行くわ」

 当時既にこの世界には水の姫巫女、大地の姫巫女、そして森の姫巫女が存在しており、その中でも大地の姫巫女は私達の原点、つまり一番最初に生まれた姫巫女が大地の姫巫女であった。

 慌てて彼女が待つ部屋へと入った私は、息を整えながらノワールさんに謝罪した。

「す、すいません! お待たせして」

「なに気にすることはない。こちらも突然の訪問じゃからの」

 遅れてしまったことを全く気にしていない様子を見せるノワールさん。

「それで本日はどういったご用件でこちらに?」

「実は一つ確かめたいことがあってのう。お主にはそれに協力してもらいたい」

「確かめたいこと?」

「この国の地下奥深く、そこにあるものが眠っていると聞いておる。お主は何か知っておるか?」

「この地下奥深く?  いえ、聞いたことないですけど」

「やはりか。じゃあ勿論鍵の事も?」

「鍵? 一番最初に私が世界を守る鍵とか言われましたけど、それと何かかんけいがあるんでしょうか?」

「ほう。世界を守る鍵とな。ということはつまり、鍵は姫巫女自身というわけか……」

「あの、先ほどからなにを言っているのかさっぱり分からないのですが……」

 一人で勝手に話を進められ、先程から何を言っているか分からない私は、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。するとノワールさんは、そんな私にこんな言葉を投げかけてきた。

「ではお主に一つ良いことを教えてあげよう。このウォルティアの地下奥深くには、世界を動かすことができる力が眠っておる。それを良い意味で使うか悪い意味で使うかはお主の手にかかっておる」

「世界を動かす力?」

 私はその言葉に思わず惹かれてしまった。別にこの世界に不満があったわけでもない。だけれど、良い意味で使えればこの世界は新しい発展を見せてくれたりするのだろうか? もしそうだとしたら、

(ちょっと興味あるかも)

 今となってはそれが悪魔の誘惑だったのかもしれない。でもなぜだか分からないけど、私はその誘惑に乗ってしまった。この五十年、同じことばかり繰り返す毎日で、いい加減退屈していた。だからほんの少しだけ、刺激があったら面白いかもしれないと思ってしまった。

「その話、信じてもいいんですか?」

「百パーセント信憑性があるとは言えん。けどお主も私と同じ気持ちなら、協力してくれないかのう?」

「是非協力させてください」

「交渉成立じゃ。ではまた、近い内にここに来るから、それまで調べられる限り調べておいてくれ」

「分かりました」

 ノワールさんはそう言うと、待合室を出てどこかへと行ってしまった。時間にしてわずか五分足らずのやり取りだったけど、これが全ての始まりだった。この日から一年も経たない内に起きてしまう、あの悲劇の。

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