不老少女とふわふわたあめ

鶴亀七八

173 「錬金術士→魔女」

 据わった目に怖気立つような害意を感じ取った老騎士は、逸る気持ちを抑えることも忘れて全力で命令した。

「撃て! 全力で撃てぇ!!!」

 次弾を装填した大砲から命令に従って次々と発射される。

 いぬねこの力により身動きが取れない連中は頭上を通過していく鉄の塊を視線で追うことしかできない。

「さっきのはこれかー」

 空を見上げ、雲の流れを追うようにゆっくりと視線を這わせた錬金術士は、待ったをかけるように手のひらを空へ向けた。

 それだけで、見えない壁にぶつかったかのように砲弾は次々と着弾し、砕けていく。

「迷惑な話だよねー。わたしは何もしてないのに」

 ゆっくりと、ゆっくりと、それは近づいてくる。

 愛らしい少女の皮を被った、悪魔が。

 老騎士の目の前まで歩み寄ると、上目遣いで顔を覗き込む。

 その金色の瞳は美しく、魔性の輝きを放っていた。

「あなたが、一番えらい人ー?」
「……ぁ……ぅ」
「そのようだよ。この老いぼれの指示で、後ろの連中は動いているようだったからね」
「そっかー」

 ニッコリと微笑むと、少女は老騎士の隣を素通りする。

 そのすれ違い様に、囁く。

「殺したりしないから安心して。——わたしの手では、ね」
「いったいなに

 次の瞬間、老騎士の中身が、消えた。

 鎧だけを残し、中身が霞のように消え失せて伽藍堂がらんどうとなったのだ。

 いぬねこの力で関節部分がくっ付いているため、着ている人が消えてもバラけることはない。

 ただの鎧だけが、草原に立ち尽くしていた。

「どこへ飛ばしたんだい?」
「王国。お手伝い君に嫌われたくないからねー」

 彼ならば無駄な殺生は嫌っただろう。だから、この場で殺すことはせずに転移させた。

「間接的に殺す、みたいなことを言っておきながら、お優しいことだね。あの頃の君ならこの辺り一帯を焼野原にでもするだろうに。人とは変わるものだね」
「わかんないよー? 王国には飛ばしたけど座標は適当だから、上空から真っ逆さまかもしれないし、壁にめり込んでるかもー」
「……確かに、もしそうなったら助からないかもしれないね。しかも鎧はこの通りここにある。うまく転移されたとしても、苦労しそうだ」

 鎧の中身、つまりは肉体を転移させたので、着込んでいた衣類も鎧の中に取り残されている。それは真っ裸の状態で王国に放り出されたということに他ならない。

 ある意味、死にたくなるような思いをすることだろう。





「さて、準備は整ったことだし、お手伝い君を迎えに行こうかー」

 平穏な静寂を取り戻した草原には、中身の空っぽな鎧がゴロゴロと横たわり、一つの鎧だけが立ちすくむ、異様な光景が出来上がっていたのだった。

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