不老少女とふわふわたあめ
139 「激励」
郵便ちゃんが届けてくれた王国からの手紙には集合場所や日時についても記されていた。
ドラゴンの出現場所は王国から遥か北に位置している。
距離もそこそこあるので、まずは王国に行き、入念に準備をした遠征部隊に加えられてから進軍する予定になっていた。
手紙によればすでに準備は完了していて、あとは錬金術士を部隊に編入でき次第進軍となる。
随分と錬金術士のことを重鎮扱いしているようであったが……。
「唯一の誤算は、先生が来ないってことかな……」
虫の音が聞こえてくる真っ暗な夜中、アトリエの前で、荷物を背負ったお手伝いさんがポツリと呟く。
きっと昼間に行こうとしても錬金術士に止められる。もし本気で止めにかかってきたら押しに弱い自分は折れてしまうだろう。
そう思ったお手伝いさんは、錬金術士が眠った夜中に出発しようと決めていた。
「…………」
もしかしたら二度と戻れないかもしれない。そんな考えが、彼の視線をアトリエから王国へ動かそうとしてくれなかった。
そんなとき、虫の声に別の声が混じる。
「こんな時間に行くのかい?」
「いぬねこちゃん……」
落ち着いた声音で、犬にも猫にも見える四足歩行の動物が話しかけてきた。
錬金術士は寝静まってしまったが、やはり動物の勘とやらか、お手伝いさんの行動にいぬねこは気づいたようだ。
「寝なくていいんですか?」
「小生のような動物は夜行性が基本だからね。夜はあまり眠くならないのさ。昼寝も毎日たっぷりしているし」
確かに、毎日腹が立つくらい熟睡している。昼間から。
「止めても無駄ですからね。僕は行きますよ」
「止めはしないさ。無駄だと知っているからね」
ただ――、といぬねこは続けた。
「あの子はきっと悲しむ。君は何のために行くんだい?」
「僕が大切に思うもの全てを、守るためです」
「ふふっ……随分と、大きく出たものだね。そう言い切れる自信の根拠を教えて欲しいくらいさ」
「それは僕にもわかりません」
肩をすくめて、苦笑い。
「もしかしたら、僕が無くした過去に答えがあるのかもしれません」
彼は錬金術士に拾われる以前の記憶を無くしている。
思えば、最初こそ記憶を取り戻そうと躍起になっていたが、最近は記憶を失っていることすら忘れていた。
それくらい、アトリエでの生活は毎日が充実していて楽しかったということだろう。
しばらくの間、そんな楽しい生活とはおさらばだ。
平和な世を乱す脅威を排除できれば、もっと楽しい毎日になる。
お手伝いさんは、そのために行く。
「お見送り、ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げる。
「いやなに、構わないさ。小生は臆病者の小動物だが、守りたいもののために戦いたいという男心を理解しているつもりだ」
黒い夜空に白く輝く丸い月を見上げながら、いぬねこは言う。
「勝てとは言わない。生きて、戻ってこい」
「はい」
いぬねこの激励にしっかりと頷いてから、お手伝いさんは王国へと歩き出す。
その歩みに、もはや迷いは微塵も感じられなかった。
ドラゴンの出現場所は王国から遥か北に位置している。
距離もそこそこあるので、まずは王国に行き、入念に準備をした遠征部隊に加えられてから進軍する予定になっていた。
手紙によればすでに準備は完了していて、あとは錬金術士を部隊に編入でき次第進軍となる。
随分と錬金術士のことを重鎮扱いしているようであったが……。
「唯一の誤算は、先生が来ないってことかな……」
虫の音が聞こえてくる真っ暗な夜中、アトリエの前で、荷物を背負ったお手伝いさんがポツリと呟く。
きっと昼間に行こうとしても錬金術士に止められる。もし本気で止めにかかってきたら押しに弱い自分は折れてしまうだろう。
そう思ったお手伝いさんは、錬金術士が眠った夜中に出発しようと決めていた。
「…………」
もしかしたら二度と戻れないかもしれない。そんな考えが、彼の視線をアトリエから王国へ動かそうとしてくれなかった。
そんなとき、虫の声に別の声が混じる。
「こんな時間に行くのかい?」
「いぬねこちゃん……」
落ち着いた声音で、犬にも猫にも見える四足歩行の動物が話しかけてきた。
錬金術士は寝静まってしまったが、やはり動物の勘とやらか、お手伝いさんの行動にいぬねこは気づいたようだ。
「寝なくていいんですか?」
「小生のような動物は夜行性が基本だからね。夜はあまり眠くならないのさ。昼寝も毎日たっぷりしているし」
確かに、毎日腹が立つくらい熟睡している。昼間から。
「止めても無駄ですからね。僕は行きますよ」
「止めはしないさ。無駄だと知っているからね」
ただ――、といぬねこは続けた。
「あの子はきっと悲しむ。君は何のために行くんだい?」
「僕が大切に思うもの全てを、守るためです」
「ふふっ……随分と、大きく出たものだね。そう言い切れる自信の根拠を教えて欲しいくらいさ」
「それは僕にもわかりません」
肩をすくめて、苦笑い。
「もしかしたら、僕が無くした過去に答えがあるのかもしれません」
彼は錬金術士に拾われる以前の記憶を無くしている。
思えば、最初こそ記憶を取り戻そうと躍起になっていたが、最近は記憶を失っていることすら忘れていた。
それくらい、アトリエでの生活は毎日が充実していて楽しかったということだろう。
しばらくの間、そんな楽しい生活とはおさらばだ。
平和な世を乱す脅威を排除できれば、もっと楽しい毎日になる。
お手伝いさんは、そのために行く。
「お見送り、ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げる。
「いやなに、構わないさ。小生は臆病者の小動物だが、守りたいもののために戦いたいという男心を理解しているつもりだ」
黒い夜空に白く輝く丸い月を見上げながら、いぬねこは言う。
「勝てとは言わない。生きて、戻ってこい」
「はい」
いぬねこの激励にしっかりと頷いてから、お手伝いさんは王国へと歩き出す。
その歩みに、もはや迷いは微塵も感じられなかった。
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