不老少女とふわふわたあめ

鶴亀七八

特別編3 「節分(1/2)」

「節分という日を知っているかい?」

 犬にも猫にも見える動物、いぬねこが突然にそんな事を喋った。
 飼い主の錬金術士は仕事中で、大きな大きな釜の前で中身を延々とかき回し続けている。真剣な表情だが、どこか楽しげでもある。何を錬金しているのかは出来上がってからのお楽しみらしい。
 それに対するお手伝いさんはやる事もなかったのでアトリエを清掃をしていた。無論錬金の邪魔にならない程度に、だ。

「せつぶん? 何ですか、それ」

 聞き慣れない単語に、お手伝いさんは首をかしげた。
 こういう時は自分が相手をしてあげないと拗ねてしまうので、清掃の手を止めて聞き返す。

「二月三日は節分と言って、鬼というモンスターに豆をぶつけて邪気を払う行事らしい」
「おに……?」

 次から次へと知らない言葉が飛び出してきて、お手伝いさんは理解に窮する。
 いぬねこは書物を片っ端からあさりに漁って無駄に知識だけはあるので、理解できないような事をよく言うが、今日はまたそれに拍車がかかっている気がする。

「分かるように説明してくださいよ。どういうことですか?」

 お手伝いさんは諦めないで理解しようと努力する。
 飼い主の錬金術士たる彼女は一度仕事に集中し始めてしまうと周りの一切が耳に入らなくなる人だ。だから彼女に助けを求めようにも無視されるだけである。

「その昔、鬼という頭に角の生えた魔人が居てね、人々は豆を目にぶつけて追い払ったそうだ。語呂合わせの魔目まめに通じ、魔を滅したそうだよ」
「つまり……そういうお祭りか何かですか?」
「うん、そう思ってもらって構わない。魔を祓い、無病息災を祝うお祭りみたいなものだ」

 鬼というモンスターに豆なんかぶつけても追い払える気がしないが、豆が弱点であり、目が弱点ということか。

「『鬼は外、福は内』という掛け声に合わせて豆を撒いて、そのあと自分の歳と同じ数の豆を食べるんだ」
「へぇ。そういえば豆ならありましたよね。せっかくだしやってみましょうか?」
「君がどうしてもやりたいと言うのであれば、しょうがないね」
「はいはい……」

 本当にいぬねこは言いたい事が遠回りすぎて面倒くさい。
 いきなりこんな話をするという事は、つまり〝やりたい〟という事だ。それなら素直にそう言えば良いのに。
 とりあえず言われた通り、豆を器に入れて持ってくると、

「出来たー!」

 という錬金術士の掛け声が。

「お疲れ様です。何作ってたんですか?」
「ジャジャーン!」

 楽しそうに見せびらかしてきたが、お手伝いさんにはそれが何であるかすぐには分からなかった。とりあえず「お面」である事はすぐに分かったのだが……。

「鬼のお面だよー! 節分は鬼役の人がこれを被ってやるんだってー!」

 はいどーぞ、と彼女からお面を手渡されたお手伝いさん。
 いぬねこの話の通り、頭に角の生えた人のお面だった。何を作っているのかと思ったら、こんな物を作っていたとは……。
 どうやら錬金術士はすでにいぬねこから節分の話を聞いていたらしい。
 そして察しのいいお手伝いさんは気付いた。

「鬼って豆をぶつけられるんですよね?」
「そうだよー」
「そう言った」

 当然のごとく肯定する錬金術士といぬねこ。
 手元にある鬼のお面を凝視して、錬金術士が妙に楽しそうだった理由に行き当たる。この手のイベントは好きな人だった……。
 錬金術士の手にはすでに豆が握られている。ニコニコ笑顔で嬉しそうに。

「…………」

 心の中で気合を入れてから、無言でスッとお面を被り、身構える。

「鬼はー外! 福はー内!」

 案の定、速攻で豆の礫がアトリエの中を飛び交った。

(せっかく掃除したのに豆が……)

 トホホ……と肩を落とすが、錬金術士が楽しそうにしているのでまぁいいかと前向きに考える。
 この程度で無病息災になれるなら。

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