不老少女とふわふわたあめ

鶴亀七八

068 「ただの一人も」

 ソファーにぶっ倒れるようにして横になったお手伝いさん。
 あっという間に寝息を立てて、少々コキ使いすぎたかなと師匠は肩をすくめる。

 疲れ切って手足がガタガタなのにこのアトリエにある僅かな食材を使ってなかなかに美味しい料理を作って見せた。
 最初は錬金術士の分も作ろうとしていたが、止めさせた。集中力はいったん途切れてしまうと、再度手繰り寄せるのは難しい。
 大切な錬金中にそれだけは避けなければならなかったからだ。
 安らかな寝息を立てて、気配りもできる男を見下ろす。

「頑張り屋なのはいいことだが……テメェはもっと限界を知るべきだな」

 明日からはその限界を知るための修行をしてもらう。限界を知った上で、それをさらに引き上げるための修行も。

 それくらいしてもらわなきゃ、あの子を守るための力なんて夢のまた夢。
 それを見極めるために無茶な勝負を承知で申し込んでみたが、してやられた。

「たいしたやつだよテメェは……それは認めよう。これからに期待ってことで、今は存分に休みやがれ」

 目覚めたら地獄を見せてやる。
 悪魔以上の凶悪な笑みを浮かべて今後のプランを脳裏に思い描く。
 いろいろと悲惨な光景が繰り広げられる思考の中で、ふと思う。

「こいつ……ヴィオって言ったか……?」

 確か自己紹介をした時にそう名乗っていた気がする。錬金術士は「お手伝いくん」と呼ぶし、師匠も「テメェ」とか「クソ野郎」などの酷い名で呼ぶので誰も疑問に思わなかった。

「どっかで聞いた気がする……」

 風の噂でそんな名前の男がいると。

 だが思い出せるのはそこまでで、なぜ、どうして、どこで、その名を耳にしたのか。そこまではどうしても思い出せなかった。
 錬金術士の話では約3ヶ月前に倒れているところを助けて知り合ったというが……。

「考えてても仕方ねぇ。あの子の様子でもちょっくら見に行くかね」

 もしキリのいいところだったら、休憩がてらお手伝いさんが結局作ってしまった錬金術士の分の料理を食わせてやろう。
 師匠は忍び足で錬金釜のある自分の部屋へ。

 そっと扉を開けて中の様子を見ると、額に浮かんだ玉の汗を拭うことも忘れて、一心不乱に釜の中身をかき混ぜ続ける教え子の姿が。

(あの子はあの子で頑張り屋か……)

 普段は暢気そうにニコニコして、真剣な表情などを誰かに見せることはない。こうしてこっそりと覗かない限りは、決して見ることのできない彼女の一面。

 瞬きすら、呼吸すら、思考すら、全てを忘れたかのように真剣にかき混ぜる。
 師匠ですら、そこまでの集中力を絞る出すのは困難だ。

(この世に天才はいない……ただの一人も。皆すべからく陰で努力している者で、それをおくびにも出さないからこそ周りには天才に見え、そして伝説になる)

 いま目の前にある光景は、まさしくそれだ。
 伝説の錬金術士と呼ばれるまでに成長し、〝天才の代名詞〟とも呼ばれるほどになった。

 師匠として、とても喜ばしい快挙ではあるが、あの子はそれくらいで・・・・・・満足してはいない。
 そういう子だ。
 そっと扉を閉じて、踵を返す。

「アタシもそろそろ寝よっかねー。あのクソ野郎を抱き枕にしたら気持ちよく眠れそうだな」

 そして目覚めた時にお手伝いさんがゆでだこになる光景もありありと浮かぶ。
 時刻はすでにてっぺんを越えて、日付が変更されている。
 夜更かしはお肌の大敵だ、と適当なことを考えながら本当にお手伝いさんに抱きつくようにして眠りに落ちる師匠。

 錬金術士が作業している傍らにいつもいるはずの、犬にも猫にも見える動物の姿が見えなかったことに気付くのは……もう少し後のこと。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く