不老少女とふわふわたあめ
072 「増えちゃうんですけど」
なんとか(本当になんとか)師匠からもらった手袋をその日のうちにある程度(自分が切り刻まれない程度)には使えるようになった。
生まれて初めて、手先が器用でよかったと本気で思えた。
「この短時間でよくそこまで使えるよーになったな。褒めてやる」
「ははは……どうもです……」
乾いた笑いしか出てこない。
自滅で死にたくなどなかったので、必死になっていただけだ。師匠から「今のところはこの辺で終わりにしておくか」という言葉を聞いてからは緊張の糸が切れて腰が抜けている。
それどころか、指先まで動かすことが出来なかった。
手袋から伸びる極細の糸を微調整するために指の力を抜くわけにはいかなかった。ずっと力が入っていたから今はプルプルと震えている。
「これじゃ、まともに包丁も握れないや……」
今だったら腰が抜けているので台所に立つことさえもままならない。
「バカ言うなよクソ野郎。飯は作ってもらうからな。修行として」
「……すいません、よく聞こえませんでした」
本当はちゃんと聞こえていたのだけど、認めたくなかった。
「修行として飯は作ってもらうと言った。包丁は握れなくてかまわん。むしろ握るな」
「包丁なしでどうやって作れば――って、まさか大先生」
「そのまさかだ」
今のところは《・・・・・・》この辺で終わり。修行として《・・・・・》飯は作ってもらう。
これだけで、師匠の言いたいことは分かってしまった。
包丁の代わりにこの手袋を使えと。そして今は、ただのちょっとした休憩であること。
「そこまで青ざめなくても、テメェならまー大丈夫だろ。この短時間で一応使えるよーにはなったんだからな」
師匠に褒められるのはやっぱり嬉しいものだが、素直に喜べない自分もいた。少し、この手袋を使って料理をする想像をしてみよう。
あら不思議、まな板どころか台所ごと真っ二つに。
いや――、
「アトリエが二つに増えちゃうんですけど……」
家ごと真っ二つにしていた。
大げさでも何でも無い。本当にそうなってもおかしくないほどこの手袋は危険なものだ。
もっと安全で使いやすいものを勧めてくれればよかったのに、どうして師匠はこんなものを自分に寄越したのだろうか。
「そんときゃその糸で縫い合わせろや」
(またとんでもないことを平然と……)
心で嘆息して、現実には大きく深呼吸。だんだんと指の震えも無くなってきたし、立って歩けるくらいには回復した。
早く錬金術士の修行さえ終われば、師匠の地獄のような特訓からも解放されるというのに、錬金術士の修行はいつ終わるのやら。
「それくらい出来るようにならないと、あの子は守れん」
まただ。師匠は不思議と錬金術士を守りたがる。
何かに襲われているわけでも無いのに。
確かに今の錬金術士に何かしらの脅威が降りかかったとしたら、自らの力で振り払うことは難しいだろう。もしそうなったとしたら自分が身を挺してでも守りたいとは思っている。
でも実際にそのような場面になることはあまり考えられない。普段はアトリエで錬金の仕事をしているだけなのだから、今回のように遠出をしなければオオカミに襲われることもなかったわけで。
「そのことなんですけど大先生。『あの子を守る』と仰いますけど、いったい何から守るんですか?」
「何かからさ」
「それ答えになってませんよ……」
端からまともに応える気などなかったようで、即答だった。
「そんなことよりも、そろそろ歩けるくれーには回復したろ。アトリエに戻って飯を作れ。もちろん手袋でだ」
この人本気で言ってたんだと落胆して、しかし確かにそういう人だったと自分の認識が甘かったことを自覚する。
お手伝いさんは糸が暴発しないように握り拳を作って、師匠とともにアトリエに戻るのだった。
生まれて初めて、手先が器用でよかったと本気で思えた。
「この短時間でよくそこまで使えるよーになったな。褒めてやる」
「ははは……どうもです……」
乾いた笑いしか出てこない。
自滅で死にたくなどなかったので、必死になっていただけだ。師匠から「今のところはこの辺で終わりにしておくか」という言葉を聞いてからは緊張の糸が切れて腰が抜けている。
それどころか、指先まで動かすことが出来なかった。
手袋から伸びる極細の糸を微調整するために指の力を抜くわけにはいかなかった。ずっと力が入っていたから今はプルプルと震えている。
「これじゃ、まともに包丁も握れないや……」
今だったら腰が抜けているので台所に立つことさえもままならない。
「バカ言うなよクソ野郎。飯は作ってもらうからな。修行として」
「……すいません、よく聞こえませんでした」
本当はちゃんと聞こえていたのだけど、認めたくなかった。
「修行として飯は作ってもらうと言った。包丁は握れなくてかまわん。むしろ握るな」
「包丁なしでどうやって作れば――って、まさか大先生」
「そのまさかだ」
今のところは《・・・・・・》この辺で終わり。修行として《・・・・・》飯は作ってもらう。
これだけで、師匠の言いたいことは分かってしまった。
包丁の代わりにこの手袋を使えと。そして今は、ただのちょっとした休憩であること。
「そこまで青ざめなくても、テメェならまー大丈夫だろ。この短時間で一応使えるよーにはなったんだからな」
師匠に褒められるのはやっぱり嬉しいものだが、素直に喜べない自分もいた。少し、この手袋を使って料理をする想像をしてみよう。
あら不思議、まな板どころか台所ごと真っ二つに。
いや――、
「アトリエが二つに増えちゃうんですけど……」
家ごと真っ二つにしていた。
大げさでも何でも無い。本当にそうなってもおかしくないほどこの手袋は危険なものだ。
もっと安全で使いやすいものを勧めてくれればよかったのに、どうして師匠はこんなものを自分に寄越したのだろうか。
「そんときゃその糸で縫い合わせろや」
(またとんでもないことを平然と……)
心で嘆息して、現実には大きく深呼吸。だんだんと指の震えも無くなってきたし、立って歩けるくらいには回復した。
早く錬金術士の修行さえ終われば、師匠の地獄のような特訓からも解放されるというのに、錬金術士の修行はいつ終わるのやら。
「それくらい出来るようにならないと、あの子は守れん」
まただ。師匠は不思議と錬金術士を守りたがる。
何かに襲われているわけでも無いのに。
確かに今の錬金術士に何かしらの脅威が降りかかったとしたら、自らの力で振り払うことは難しいだろう。もしそうなったとしたら自分が身を挺してでも守りたいとは思っている。
でも実際にそのような場面になることはあまり考えられない。普段はアトリエで錬金の仕事をしているだけなのだから、今回のように遠出をしなければオオカミに襲われることもなかったわけで。
「そのことなんですけど大先生。『あの子を守る』と仰いますけど、いったい何から守るんですか?」
「何かからさ」
「それ答えになってませんよ……」
端からまともに応える気などなかったようで、即答だった。
「そんなことよりも、そろそろ歩けるくれーには回復したろ。アトリエに戻って飯を作れ。もちろん手袋でだ」
この人本気で言ってたんだと落胆して、しかし確かにそういう人だったと自分の認識が甘かったことを自覚する。
お手伝いさんは糸が暴発しないように握り拳を作って、師匠とともにアトリエに戻るのだった。
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