不老少女とふわふわたあめ

鶴亀七八

075 「じゃー決まりだな」

 夜の山道を歩く。これほど危険な行為はないだろう。
 ただでさえ足場の悪い中で、さらに視界まで狭めてしまっては、さまざまな事故を引き起こす可能性がある。

 小さな石でも僅かな窪みでも躓いて転んでしまえば、ヘタをすれば斜面を転がり落ちる。打ち所が悪くて死亡なんてよくある話なので笑い話にもならない。
 おまけに夜行性の獰猛な生物が活動を始める時間でもある。錬金術士が襲われていたオオカミ以外にも、恐ろしい生物がこの山には生息しているかもしれない。

「大先生、あの……こう視界が悪いんじゃ探しようがないのでは?」

 お手伝いさんは前を歩く師匠に声を潜めて話しかける。もし危険な生物に気付かれでもしたらシャレにならないからだ。
 しかし師匠はそんなことはお構いなしと大声で答える。

「こうやって明かりで照らしてりゃ、むこーが見つけるかもしれねーだろ」
「その明かりも、それはそれで危険な要素だと思うんですが……」

 師匠の頭上には、小さな光の球が浮いて輝いている。仕組みはよく分からないが、あれも錬金術で作った道具の一種なのだろう。例に違わず、胸の谷間から取り出していた。
 その明かりがあるから暗い山道を歩いて行けるわけだが、逆に目立つため危険生物に見つからないかビクビクしているのだった。

「そんなに怖がんなよ。このアタシがいんだぞ? テメーの手袋もうまく使えりゃ最強なんだから胸を張りやがれ」
「は、はぁ」

 確かに師匠はこういう場面では頼りになる。男勝りな性格でどんどん引っ張って行ってくれる後ろ姿は男のお手伝いさんでもカッコイイと思えるほど。
 白く浮き上がるような背筋やくびれが丸見えでなかったら、本当に女性なのか疑ってしまいそうだ。

「それよかテメー、さっきおっきな蛇を見たって言ってたな?」
「ああ、地響きがどうのって話でしたね。それがどうかしたんですか?」

 お手伝いさんといぬねこが洞窟を一直線に進んでいた時に出くわした大蛇。奥へと続く道へ行くために、ランプの予備燃料を撃ち抜いて爆発させ、怯んだ隙に一気に駆け抜けてきた。

「ただの爆発で誤魔化せるほどバカじゃねーはずなんだ。他に何か手を打ったんじゃないか?」
「いぬねこちゃんが言うには、あのおっきな蛇は聴覚が鋭くて熱を感知できるんだと聞きました」
「そーだな。それで?」
「手持ちの肩掛けを目一杯利用したんです。威嚇するばかりで襲ってくる気配がなかったので、準備する時間はありました」

 肩掛けを手頃なサイズに引き裂いて両足の裏に貼り付けるように縛って足音が出ないようにし、ギリギリ身を隠せる分だけ残して、あとは燃やす。そして予備燃料を爆発させる。
 そうすることにより、肩掛けで身を隠したお手伝いさんの体温を感知することは難しくなり、燃えている肩掛けの方に意識が集中する。足音を殺しきることは難しいが、それは爆発で誤魔化せる、という寸法。

「なるほどな。てことは、ぶっ殺してはいねーんだな?」
「ええ、まぁ……」

 師匠はさも簡単そうに言っているが、銃弾をも弾き返しそうな鱗を持つ大蛇をぶっ殺せるわけがない。あそこでどれだけ足止めされたことか。

「じゃー決まりだな」
「……何がです?」

 話の流れからして、お手伝いさんは嫌な予感しかしなかった。

「修行の最後には、その蛇をぶっ殺してもらおーか。刺激されていい感じに怒ってそーだし」

 師匠は楽しそうに笑いながら。
 冗談は休み休み言ってくれと、本気で思ったお手伝いさんであった。

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