不老少女とふわふわたあめ

鶴亀七八

特別編12 「体育の日」

「よ〜し、お〜わった〜っと!」

 錬金釜をかき混ぜる手を止めて、彼女は楽しげに声を上げる。
 ふわふわの白衣と髪をひるがえして、ニコニコ笑顔のままにテーブルへ一直線。

「お手伝いく〜ん! おやつ欲し〜」
「先生……たまには外に出て運動とかしてみたらどうですか?」

 呆れた顔しながら対応するのは錬金術士のお手伝いを務める通称「お手伝いさん」の彼。
 錬金術士としての仕事をこなす都合上、アトリエから出ることが少ない彼女の運動不足を懸念して、お手伝いさんは常日頃から勧めてはいるのだが……。

「メンド」
「さらっと本音がこぼれましたね……」

 この調子で、あの手この手を使って逃げ回っていたのだった。
 命を救ってくれた恩がある手前、なかなか強く言うことができず、錬金術士もその弱みに漬け込んでいる様子がうかがえる。本人に自覚はないが。

(はぁ……何とかちょっとでもいいから運動してくれないかな)

 おやつおやつ騒いでうるさいので、わざとゆっくり用意しつつ考える。

(ならば小生にいい考えがある。聞いてみる気はないかな?)

 彼の思考を読んで小声で話しかけてきたのは犬にも猫にも見える動物、いぬねこ。長年錬金術士のパートナーを務めているので、お手伝いさんよりも彼女のことは理解している。

(なんですか?)
(あの子は非常に単純な思考回路をしている。そのおやつをエサにすればいいのではないかな)
(何かと思って聞いてみれば、それくらい僕だってとっくに試しましたよ)

 最初は誘導できていたのだが、次第におやつをエサにしても腰が重くなり、今となっては効果は薄まってしまって期待できない。

(まぁ最後まで聞きたまえ。彼女は自分に正直に生きている人間だ。自分にとって都合がよければ簡単に動くようになるはずだ。エサだけでは動かなくなったのであれば、もう一つ褒美を用意すれば、それだけでいいのさ)

 いぬねこの表情から心境を読み取ることはできないが、潜み声のニュアンスから面白がっていることだけはわかった。

(もう一つ褒美って……それはまだ試してなかったですけど、具体的にどうすれば? そのエサを増やすんですか?)
(それではあの子がブクブク太ってしまうだろう、本末転倒というやつだ。そうではなくて、運動の方に一手間加えればいい)

 そこまで聞いて、お手伝いさんは「なるほど」と思う。
 最初はおやつ欲しさに嫌な運動をこなしていた。着目すべきは「嫌な運動」という点。つまり嫌じゃなければそれでいいのだ。
 そうと決まれば善は急げ。

「先生、ちょっと外に出ませんか?」
「え〜? なんで〜?」
「お散歩です」

 バスケットに詰めたおやつを差し出して笑顔を浮かべるお手伝いさん。

「お散歩! いくいく〜!」

 単純な錬金術士は食いついてきた。運動でさえなければ——そうと悟られなければ、彼女は簡単に動いてくれる。
 早速ルンルン気分に切り替わった錬金術士はアトリエを飛び出して先へ行ってしまう。お手伝いさんも、細長い荷物を背負い、バスケットを片手に急いでついていく。

「ふふんふふ〜ん♪」

 スキップに鼻歌を乗せて、さぞご機嫌の様子。もともと好きだったらしく、事あるごとに散歩には行っていたし、仕事が終わったという解放的な気分が上乗せされている。
 今なら何の疑問も持たれずに誘導できるはず。

「先生、今日は天気もいいし、この辺りで少しゲームでもしてみませんか?」
「ゲーム? 何するの?」
「いろいろありますけど……とりあえず、まずはこれでどうですか?」

 持ってきていた細長いカバンから大皿のような円盤を取り出した。

「なにそれ?」
「フリスビーというものらしいですよ。これを投げ合うゲームです」
「投げるの? それって飛ぶの?」
「結構簡単に飛びますよ。やってみませんか? 面白いんですよこれ、何事も挑戦です」
「そこまで言うなら、ちょっとやってみようかな〜」

 少しばかり投げ方をレクチャーし、いざ実践。

「手首の返しを使って回転を加えながら前方に……投げる!」

 言われたことを忠実に守り投げられた円盤は確かに前方に飛びつつも、風に煽られたわけでもないのにあらぬ方向へ。

「水平になるように投げるんです! こうやって!」

 拾ってきた円盤を取りやすいように優しく投げてやると、ちょうど錬金術士の胸の高さにやってきて、難なくキャッチ。

「水平に……なるほど〜。風を受ける窪んだ形状に軽くて丈夫な材質。円形にして回転を加えることで、ジャイロ効果によってバランスが保たれるんだ〜」

 何かを理解した錬金術士は、お手伝いさんの言われた通りのことを意識してもう一度投げる。
 すると、今度はしっかりと彼の手元へとやってきた。
 意外に飲み込みが早いことに驚きつつ、ここまで投げられるようになれば充分だと判断し、お手伝いさんは作戦を次のステップへ。

「先生、僕とこれで勝負しませんか。あのおやつを賭けて!」

 おやつの入ったバスケットを指差して、錬金術士を挑発する。

「勝負〜? お手伝い君が私に勝てると思ってるの〜?」
「ふふふ……負けませんよ」

 円盤のふちに指を引っ掛けてクルクル回しながら彼はニヤリと笑う。
 おやつが景品になった途端やる気を出した錬金術士を見て、作戦通りに行ったので面白くなってきたのだ。

「上手く取れなかったり投げるのに失敗したら負けってことでいいですね」
「それでいいよ〜」
「じゃあ……行きます!」

 そして、おやつを賭けた錬金術士とお手伝いさんのフリスビー勝負が始まった。

 ——結果は……。

「いえ〜い! これでおやつは私のものだね〜!」
「そんなバカな……どうしてああもいいタイミングで風が……!?」

 神のイタズラによって、勝利は錬金術士にもたらされたのだった。

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