不老少女とふわふわたあめ

鶴亀七八

078 「為せば成る」

「大先生!」

 足場が崩れてふわりと落ちていく師匠に向かってお手伝いさんは必死に手を伸ばした。大きすぎるとんがり帽子が遅れるように落ちていく光景は、スローモーションに映るようだった。

「——ヤバッ……!?」

 とっさに手を伸ばして後悔した。

 お手伝いさんの手には師匠から貰い受けた手袋がはめられている。まだまだ使いこなすには至っていない危険な代物。
 初めてこれを着けた時は、手を伸ばしただけでテディベアを切り刻んでしまった。

(繊維が!)

 師匠の頭上をついていく光の球で、煌めく極細の繊維がうっすらと視認できた。
 猛烈な速度で思考が脳内を駆け巡る。
 このままでは間違いなく師匠を切り刻む。かといって手を伸ばすのをやめれば落ちていく師匠を見殺しにしたことになる。でも手を伸ばしたところですでに届く距離にはない。

 ならば——、

(為せば成る!)

 本能に身を任せ、半ばやけくそでお手伝いさんは繊維を操る。
 繊維を束ね糸へ。糸を束ね紐へ。紐を束ね縄へ。
 みるみるうちに太く寄り集まった繊維は、意思を持つように師匠の体へ巻きつき、落下が止まった。

「ぐが!?」

 重さや落下によって増大されたエネルギーが一気にお手伝いさんの腕を襲い、悲鳴をあげる。
 なんとか堪えた彼だが、歯が割れんばかりに食い縛らなければ今にも道連れになりそうだった。

「おーおー。一瞬バラバラにされるかとヒヤヒヤしたぞ」
「落ちた事にヒヤヒヤしてください!」

 呑気なことを言っている師匠は、限界が来る前に縄を伝って元の足場へ復帰する。

(死ぬかと思った……)

 死ぬところだったのは師匠だが、ドキドキと胸を叩く鼓動は今にも破裂しそうだった。
 手袋から伸びる縄はあっという間に繊維まで分解され、元の状態へと勝手に戻った。

「やりゃできんじゃねーかよ」
「どうしてそんなに飄々としていられるんですかね……」

 大きく冷たい空気を吸い込んで、息を整える。火照った体にちょうどいい。

「むしろテメーはどーしてそこまで慌ててんだ? この程度でアタシは死なねーぞ」
「だってさっき言ってたじゃないですか。『否定的な概念は通用しない』って。『死なない』っていうのは否定的な概念では?」

 人間は死ぬものだ。師匠の言葉をそのまま信用するのであれば「死なない」なんてことはない。否定の否定は肯定で、つまりあのまま落ちていたら死んでいたはず。

「こりゃー、一本取られたかねー」

 はっはっは! と豪快に笑う師匠だが、お手伝いさんの心境は穏やかじゃない。
 このままじゃ命がいくつあっても足りないような気がしてならなかった。

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