不老少女とふわふわたあめ

鶴亀七八

094 「ゆえん」

 師匠を刺し貫いた腕を無造作に引き抜くヴィオ。すでにオオカミに付けられた傷が原因で自らの全身が黒く染まっていながらも、さらに師匠の新鮮な血飛沫を被る。

 罪を重ねるかのように、染み込ませるかのように。
 もはや彼の皮を剥いだところで、罪によって黒く染まった負の部分しか見えてこないだろう。

 糸が切れた操り人形のように、師匠は固い地に没した。

「さて、こんなところで記憶が戻るとは予想外だったけど、いぬねこちゃんは放っておいて戻ろうかな。孤立してる今がチャンスだし」

 錬金術士を殺す機会を3ヶ月以上窺ってようやくやってきた絶好のタイミング。今まではずっといぬねこがそばにいて、いぬねこがそばにいない時は他の誰かいたり自分がそばにいなかったり。

 完璧主義が過ぎた結果、随分と時間がかかってしまったが急ぎの仕事ではないので問題はない。
 師匠のアトリエへは山を登っていればいずれ着く。

 一歩を踏み出そうとした時、

「おいおい……このアタシを置いてどこ行くんだよ。アア?」

 殺したはずの師匠の声が聞こえて来る。

 間違いなく土手っ腹を刺し貫いた。人の腕が通るほどの風穴が開いて生きていけるほど人間の体は丈夫に出来ていない。すぐには死なないだろうが、痛みで動けるはずがない。

 にも関わらず、彼女は確かな足取りで立ち上がった。
 見てみれば、どんなカラクリか皆目見当も付かないが、致命傷であるはずの穴がすでに塞がっている。

「まるでゾンビですね」

 思ったことを率直に言うヴィオ。

「ちげーねー」

 それに答える師匠もまるで同感のようだった。

 あれだけの重傷を負い、失血だってとてつもない量になっているはず。だがそんなことをおくびにも感じさせないほど、血色のいい顔をしていた。

「驚きました。どんなカラクリですか?」

 安心して錬金術士を殺すためには確実に師匠の存在は邪魔になる。よって、このまま放ってはおけず彼は再び向き直った。

「うん? そうか、テメーは知らねーのか。どうしてあの子が〝伝説の錬金術士〟と呼ばれているのか、その所以ゆえんを」
「…………」

 言われてみれば確かに、気にはなっていたが知らなかった。聞いても教えてくれなかったし、そこまで優先度の高い疑問でもなかったから後回しにしていた。

「なーに、単純明快な話さ。あの子が生きながらにして伝説となるような、でっかい偉業をいきなり成し遂げたからに他ならねー」

 師匠は、傷の具合を片手間に確かめながら、何て事も無く言い放つ。

「不老不死の薬を練金したのさ。アタシは身を持って実験体になった。それだけだ」

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