不老少女とふわふわたあめ

鶴亀七八

特別編18 「バレンタイン。2年目」

 ——バレンタインデー。

 それは、女の子が年に一度の大勝負を決意する大切な日。昨今では「義理チョコ」や「友チョコ」などが流行っているらしいが、バレンタインの本質はやはり告白。

 気持ちを込めて作ったチョコを、気持ちを込めた言葉と一緒に相手に贈る。

「……よしっ」

 と、気合の呟きを漏らしたのはお手伝いさん・・・・・・

 確かにこの日、頑張るのは主に女性だが、ちまたでは男性が女性にチョコを贈る「逆チョコ」なるものも流行っているらしい。

 去年はバレンタインのことをすっかり忘れていて、錬金術士の暗黒物質チョコカップケーキをほとんど不意打ちで食べることになったが、今年は忘れなかった。誇張じゃなく命に関わることだとそのとき学んだので、記憶に刻み込まれていた。

「先生のことだから、やっぱり甘いほうがいいよな……」

 とにかく甘党な錬金術士。
 よくチョコを食べているし、いつも言っているのでまず間違いはないが、さすがに飽きてこないだろうか?

「たまにはビターなチョコも食べてみて欲しいけど……」

 そもそも苦いチョコを食べたことがないような気がする。どうせならチョコにも色々な味があるということを知って欲しいところだが……。

「そうか、それだ!」

 どんなチョコを作るか、アイデアが固まった。

 翌日のバレンタインデーに備えて、見つからないように早速準備を始めたのだった。


   ***


 翌日。

 逆に錬金術士は、今日がバレンタインデーだということを忘れていた。
 というのも、普段のサボり癖が祟って、とうとう仕事の錬金が追い込まれていたからだった。

 しかしさすがは「伝説の錬金術士」と呼ばれるだけあって、遅れをあっという間に取り戻していく。

「もう少しで終了だ。頑張りたまえ」
「…………」

 犬にも猫にも見える動物、いぬねこが返事は帰ってこないと分かりつつ彼女の傍から声をかける。

 錬金する時だけはとんでもない集中力を発揮するため、返事をする余裕などなく、そもそも聞こえていない。
 あと一息というところまで来ているのであれば、なおさらだ。

 錬金術士は釜の中身をぐるりぐるりとかき混ぜる。

 ——そして。

「よーし 、終わった〜!」

 とうとう溜まっていた仕事を消化しきって、肩の荷が下りた錬金術士。

 仕事が終わったという達成感と、もう仕事をしなくてもいいという開放感。そして程よい疲労感が、彼女の心と身体を包み込む。

「お疲れ様です、先生」
「うん、ありがと〜」

 いつものようにそう言ってやって来たお手伝いさんの手には、カラフルな包み紙とリボンで包装された平たい箱が。

「それなに〜?」
「これですか? どうぞ」
「くれるの?」
「そのために用意したものですから」

 笑顔で箱を渡してくれるお手伝いさん。

 大きさの割にはさして重くないけど、中身はなんだろう?

 首を傾げながらリボンをほどき、包装紙を丁寧に剥がしてから箱を開く。

「わぁ〜……!」

 子供のように目を輝かせて喜ぶ錬金術士。

 中に入っていたのは、まるで宝石を散りばめたように色とりどりに輝く一口サイズのチョコレート達だった。

 ダークブラウンのオーソドックスなものから、ミルク色のホワイトチョコ、深緑のものは抹茶味。
 形もバラエティに富んでいて、◯や♧や♤の他にも☆に♡と、実に賑やかな内容になっている。

「お仕事お疲れ様です、と、ハッピーバレンタインのチョコです」
「……あ、そっか。今日はバレンタインだった〜! ゴメンお手伝い君〜!」

 両手を合わせて謝る錬金術士。
 お手伝いさんは特に気にした風もなく、いえいえと手を振って。

「いいですよ気にしなくても。疲れには甘いものがいいらしいですから、どうぞ食べてみてください」
「じゃあ早速——」

 真ん中に置かれた♡のチョコを摘んでヒョイと小さな口へ放り込む。

「にっが! にっが〜いよこれぇ〜!」
「あ、それ当たりです。苦味も疲れにいいそうですよ」

 ありがた迷惑なお手伝いさんの心遣い。

 苦味は疲れに。
 悲鳴は夜空へと——染みていったのだった。

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