異世界で始める人生改革 ~貴族編〜(公爵編→貴族編
第118話 ゴブリン病
コルディア公爵の後を追い、お屋敷の奥の部屋へと通される。
「ここだ」
コルディア公爵が止まったのは、他の部屋の扉とそれ程大差ない普通の木の扉が付いた部屋だった。
コルディア公爵がドアを叩くと中からくぐもった声で返答があった。
「入るぞ」
そう言ってドアを開け、中に入ったコルディア公爵に続いて俺とお父様も中に入る。
部屋の中には二つのベッドが用意されており、そこには二人のコルディア公爵の子どもと思しき少年達がいた。
「……っ!」
二人の様子を見て思わず息を呑む。
何とか声を出さなかったのは、事前に病気を聞いており、最低限の覚悟をして来ていたからに他ならない。
ゴブリン病。
それが二人が罹った病の名前だ。
その病は、罹患者のステータスをゴブリンとほぼ同レベルまで下げてしまう。
今の二人のステータスは、成熟した大人でも人間の子どもほどの力しかないゴブリンの、さらに子どもほどのステータスしかない。
何よりこの病気がゴブリン病と呼ばれる理由は、罹ると見た目がゴブリンそっくりに変わってしまうことだ。
ゴブリン病はこの世界特有の病気であり、一度罹るとレベル9水魔法のオールヒールでも使わない限り治らないと言われている。
レベル9の巻物なんてこの大陸有数の大国でも百年に一度出回るかどうかであり、それが『オールヒール』である可能性などもはや天文学的な可能性であろう。
そしてレベル9の水魔法をもう魔法使いなど、大国に一人いるかどうかである。
実質不治の病と変わらないのだ。
「お客様ですか、お父様?」
か細く聞こえて来た声はやはり少ししわがれており、潰れた喉から無理やり声を出しているように聞こえた。
「喜びなさい、二人とも!今日は私の古い友人であるロンドがお前達を治すためにわざわざ足を運んで来てくれたのだ!」
コルディア公爵は体を大きく広げて喜びを表現しながら二人に近づいていき抱きしめる。
「……本当ですか、お父様?この病はオールヒールでしか治すことの出来ないものだとお聞きしております。そんな高位の魔法使いを呼べるお金はうちにはないと……」
「魔法使いを呼んだのではない。巻物だ。オールヒールの魔法が封じられた巻物をロンドが持ってきてくれたのだ!」
そう言うと、兄と思わしき少年の顔が微笑む。
「それはそれは、オリオン公爵様、ありがとうございます。紹介が遅れました。私はリンド・デュク・ド・コルディアと申します。そちらにいるのは私の弟、レンドです」
「ああ、よろしく。ちなみにこれは長男のレインだ。レイン、リンド君に挨拶しなさい」
「はい、お父様」
お父様の声で我に帰った俺は、一歩前に出て例のお辞儀をする。
「オリオン家長男のレイン・デュク・ド・オリオンと申します。以後お見知り置きを」
「こちらこそよろしくお願いします。ところでオリオン公爵様に一つ、不躾ながらお願いがあります」
リンド君は非常に丁寧な言葉遣いでお父様に話しかける。
「なんだ?言ってみなさい」
「もしその巻物を使うのでしたら、この……レンドに使ってやってはくれませんか?」
「ほぅ?」
お父様が少し驚いた表情を見せる。
「それ程貴重な巻物、恐らく一つしかお持ちでないでしょう?でしたら是非、幼いレンドに使ってやってください。私はまた次の機会で構いませんので」
なるほど。
リンド君は俺と同い年で、レンド君は俺らより三つ年下だ。
そして、リンド君は八年もの間部屋に篭り、殆ど貴族らしいことは何もして来てはいない。
ならば、まだ幼いレンド君を治してた方がいい、という建前で、弟を治して欲しいのか。
素晴らしい自己犠牲の精神である。
しかし、それは不要の心配だ。
何故ならそもそもオールヒールの巻物なんてないからな。
俺が魔法を使う時のカモフラージュとして、適当な安い巻物を持ってきたに過ぎない。
安心してくれ、リンド君!
オールヒール十連射は余裕だから二人とも治せるぜ!
もちろん、前々からゴブリン病に罹ったのは二人と聞いていたので、巻物は一つにつき一回しかつかえないから、持ってきた巻物も二つである。
(ですよね、お父様!)
当然である。俺でさえ忘れなかったことだ。お父様が忘れるわけがない。
そう思ってお父様の顔を見上げる。
「……」
オトウサマノメガユライデイタ。
おかしい。前々から二人だと聞いていたはずだ。そんなはずはない。
(神眼っ!発動っーーーー!)
焦った俺は、一応念のためお父様が右手に持っている一つの巻物以外の、使う必要のないカモフラージュのためのもう一つの巻物を探す。
お父様の懐、ポケットの中、はたまた靴の中まで探した。
そして俺は一つの結論に至る。
(忘れている……だと……)
ない。実は巻物が二枚重ねになっていた、などと言うオチもない。
本当に持ってきていなかった。
そのことにいち早く気づいたお父様は指を後ろに回して俺に合図を送る。
(何とかしてくれって言われましても……。仕方ない)
俺も両手を後ろに回す。
(レベル5土魔法、錬金:紙)
心中で静かにそう呟き、自分の服を紙に変化させる。
もちろん外側の服ではなく内側に来ているシャツのような服をだ。
そしてそれを背中で丸め、さも今まで俺が持っていましたとばかりに差し出す。
 
「もう一つはここに……」
因みに錬金で作り出したものは俺が触っても魔力吸収の効果が発動し、元に戻るなどと言うことはない。
病気を治した元病人を触っても病気が再発したりしないし、取れた腕を魔法で治した後、俺が触っても取れたりしないのと同様、既に形作られ、魔力の介在する必要のないものは俺が触っても崩れたりしないのだ。
ただ文字まで書く余裕はないので中身は白紙の紙だし、紙の素材は俺の服の素材である絹である。
見た目は似せたが、触るとお父様の巻物とは違うのはすぐにわかるだろう。
「安心してくれ、リンド君。こうしてきちんと巻物は二つ用意している」
先程の動揺はどこへ行ったのやら、お父様は堂々とした顔で俺の巻物を受け取り見せる。
見た目はかなり似ているからバレないだろうが、二つを並べるのはやめてくれ。
心臓に悪い。
「えっ……そ、そんな……」
流石のリンド君でも驚いたようだ。
先程までの冷静沈着な雰囲気が崩れ動揺する。
「そんな高いもの、二つも戴けません!お一つだけでも申し訳がたたないのに……」
「構わん。昔のお前の父には世話になったからな。そのお礼だと思ってくれ」
よかったな、コルディア公。ノートの代わりが金の卵に変わって……。
「ロンドの言う通りだとも!子どもがそんなことを考えているんじゃない!私はお前達が治ればそれでいいのだ!」
コルディア公爵が涙ながらに訴える。
「……分かりました。オリオン公爵様、このご恩は一生忘れません」
そう言ってリンド君は頭を下げた。
「ここだ」
コルディア公爵が止まったのは、他の部屋の扉とそれ程大差ない普通の木の扉が付いた部屋だった。
コルディア公爵がドアを叩くと中からくぐもった声で返答があった。
「入るぞ」
そう言ってドアを開け、中に入ったコルディア公爵に続いて俺とお父様も中に入る。
部屋の中には二つのベッドが用意されており、そこには二人のコルディア公爵の子どもと思しき少年達がいた。
「……っ!」
二人の様子を見て思わず息を呑む。
何とか声を出さなかったのは、事前に病気を聞いており、最低限の覚悟をして来ていたからに他ならない。
ゴブリン病。
それが二人が罹った病の名前だ。
その病は、罹患者のステータスをゴブリンとほぼ同レベルまで下げてしまう。
今の二人のステータスは、成熟した大人でも人間の子どもほどの力しかないゴブリンの、さらに子どもほどのステータスしかない。
何よりこの病気がゴブリン病と呼ばれる理由は、罹ると見た目がゴブリンそっくりに変わってしまうことだ。
ゴブリン病はこの世界特有の病気であり、一度罹るとレベル9水魔法のオールヒールでも使わない限り治らないと言われている。
レベル9の巻物なんてこの大陸有数の大国でも百年に一度出回るかどうかであり、それが『オールヒール』である可能性などもはや天文学的な可能性であろう。
そしてレベル9の水魔法をもう魔法使いなど、大国に一人いるかどうかである。
実質不治の病と変わらないのだ。
「お客様ですか、お父様?」
か細く聞こえて来た声はやはり少ししわがれており、潰れた喉から無理やり声を出しているように聞こえた。
「喜びなさい、二人とも!今日は私の古い友人であるロンドがお前達を治すためにわざわざ足を運んで来てくれたのだ!」
コルディア公爵は体を大きく広げて喜びを表現しながら二人に近づいていき抱きしめる。
「……本当ですか、お父様?この病はオールヒールでしか治すことの出来ないものだとお聞きしております。そんな高位の魔法使いを呼べるお金はうちにはないと……」
「魔法使いを呼んだのではない。巻物だ。オールヒールの魔法が封じられた巻物をロンドが持ってきてくれたのだ!」
そう言うと、兄と思わしき少年の顔が微笑む。
「それはそれは、オリオン公爵様、ありがとうございます。紹介が遅れました。私はリンド・デュク・ド・コルディアと申します。そちらにいるのは私の弟、レンドです」
「ああ、よろしく。ちなみにこれは長男のレインだ。レイン、リンド君に挨拶しなさい」
「はい、お父様」
お父様の声で我に帰った俺は、一歩前に出て例のお辞儀をする。
「オリオン家長男のレイン・デュク・ド・オリオンと申します。以後お見知り置きを」
「こちらこそよろしくお願いします。ところでオリオン公爵様に一つ、不躾ながらお願いがあります」
リンド君は非常に丁寧な言葉遣いでお父様に話しかける。
「なんだ?言ってみなさい」
「もしその巻物を使うのでしたら、この……レンドに使ってやってはくれませんか?」
「ほぅ?」
お父様が少し驚いた表情を見せる。
「それ程貴重な巻物、恐らく一つしかお持ちでないでしょう?でしたら是非、幼いレンドに使ってやってください。私はまた次の機会で構いませんので」
なるほど。
リンド君は俺と同い年で、レンド君は俺らより三つ年下だ。
そして、リンド君は八年もの間部屋に篭り、殆ど貴族らしいことは何もして来てはいない。
ならば、まだ幼いレンド君を治してた方がいい、という建前で、弟を治して欲しいのか。
素晴らしい自己犠牲の精神である。
しかし、それは不要の心配だ。
何故ならそもそもオールヒールの巻物なんてないからな。
俺が魔法を使う時のカモフラージュとして、適当な安い巻物を持ってきたに過ぎない。
安心してくれ、リンド君!
オールヒール十連射は余裕だから二人とも治せるぜ!
もちろん、前々からゴブリン病に罹ったのは二人と聞いていたので、巻物は一つにつき一回しかつかえないから、持ってきた巻物も二つである。
(ですよね、お父様!)
当然である。俺でさえ忘れなかったことだ。お父様が忘れるわけがない。
そう思ってお父様の顔を見上げる。
「……」
オトウサマノメガユライデイタ。
おかしい。前々から二人だと聞いていたはずだ。そんなはずはない。
(神眼っ!発動っーーーー!)
焦った俺は、一応念のためお父様が右手に持っている一つの巻物以外の、使う必要のないカモフラージュのためのもう一つの巻物を探す。
お父様の懐、ポケットの中、はたまた靴の中まで探した。
そして俺は一つの結論に至る。
(忘れている……だと……)
ない。実は巻物が二枚重ねになっていた、などと言うオチもない。
本当に持ってきていなかった。
そのことにいち早く気づいたお父様は指を後ろに回して俺に合図を送る。
(何とかしてくれって言われましても……。仕方ない)
俺も両手を後ろに回す。
(レベル5土魔法、錬金:紙)
心中で静かにそう呟き、自分の服を紙に変化させる。
もちろん外側の服ではなく内側に来ているシャツのような服をだ。
そしてそれを背中で丸め、さも今まで俺が持っていましたとばかりに差し出す。
 
「もう一つはここに……」
因みに錬金で作り出したものは俺が触っても魔力吸収の効果が発動し、元に戻るなどと言うことはない。
病気を治した元病人を触っても病気が再発したりしないし、取れた腕を魔法で治した後、俺が触っても取れたりしないのと同様、既に形作られ、魔力の介在する必要のないものは俺が触っても崩れたりしないのだ。
ただ文字まで書く余裕はないので中身は白紙の紙だし、紙の素材は俺の服の素材である絹である。
見た目は似せたが、触るとお父様の巻物とは違うのはすぐにわかるだろう。
「安心してくれ、リンド君。こうしてきちんと巻物は二つ用意している」
先程の動揺はどこへ行ったのやら、お父様は堂々とした顔で俺の巻物を受け取り見せる。
見た目はかなり似ているからバレないだろうが、二つを並べるのはやめてくれ。
心臓に悪い。
「えっ……そ、そんな……」
流石のリンド君でも驚いたようだ。
先程までの冷静沈着な雰囲気が崩れ動揺する。
「そんな高いもの、二つも戴けません!お一つだけでも申し訳がたたないのに……」
「構わん。昔のお前の父には世話になったからな。そのお礼だと思ってくれ」
よかったな、コルディア公。ノートの代わりが金の卵に変わって……。
「ロンドの言う通りだとも!子どもがそんなことを考えているんじゃない!私はお前達が治ればそれでいいのだ!」
コルディア公爵が涙ながらに訴える。
「……分かりました。オリオン公爵様、このご恩は一生忘れません」
そう言ってリンド君は頭を下げた。
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