異世界で始める人生改革 ~貴族編〜(公爵編→貴族編

ノベルバユーザー202613

第72話 ローゼ 前編

ローゼ・デュク・ド・オリオン、旧名ローゼ・バロン・ド・レスト

ローゼは小さい時から今現在と変わらず、無表情で口下手であった。

まず第1に彼女はほとんど表情を動かさない。
同時に感情を殆ど表に出さないのだ。
ローゼが物心付いた時から、夫妻はローゼが泣いている姿を一度たりとて見た事がなかった。
例え、転んでも真顔で立ち上がり、頭を何処かにぶつけても、ぶつけた箇所をさすりながら平然としているのだ。

第2に必要な時以外、殆ど喋らない。
夫妻がローゼから話しかけられる事はほとんどなかった。

他にも幾つかあるが、それでも夫妻はローゼを愛した。
気味が悪いとも気持ち悪いとも思わなかった。
無表情ながらも花をジッとみるローゼを夫妻は愛しく思った。

ただ嫁の貰い手だけは諦めた。
夫妻がそう思わなくとも他の親達がそう思うかもしれなかったからだ。

王都で毎年行われる子供達のパーティーにもローゼだけは1度行ったきりでそれだけだった。
しかもずっと父親の近くでボーッとしていただけで特にこれといったこともなかった

そんなローゼはレスト男爵家の三女として彼女はこの世に生を受けた。
魔眼石が非常に貴重な為、男爵家では、侯爵家以上の位の子供達がやる伝統の魔眼の儀はやらない。

だが、もう少しありふれている鑑定石というもので子供を鑑定するのは貴族の習わしだ。
レスト男爵は長女、次女、その他の子供達全員に鑑定石を使って鑑定した。
だが、どの子も目をみはる様なスキルも魔法才能もなかった為、産まれたローゼにもあまり期待していなかった。

しかし、産まれたばかりのローゼを鑑定してみたところなんと魔法才能が2つあった。
その才能とは、水魔法と風魔法である。

この時点では、夫妻はそれほど期待はしていなかった。
今までの子達は魔法才能が0か1つだった為、少し驚きはしたが、まあそんな事もあるだろう位の感覚だった。

夫妻は、水魔法の練習をローゼにさせる事を決意した。
理由は、水魔法は治癒系統が多い為、魔法才能レベルを上げていけばまず食いっぱぐれる事はない。それに嫁の貰い手探しも非常に楽になる。

それから8年、いつもの様に水魔法のレベル上げをさせている時、彼女の水魔法が通常よりも高い事に気が付いた。

夫妻は理由を考えてすぐに一つの可能性に辿り着く。

鑑定石で見れるスキルのレア度の上限は3。
だが、それは周りも見る場合。
つまり、鑑定石の対象になっている本人だけはそれ以上のスキルを見る事が出来るのだ。

だが夫妻はローゼからそんな話はされていなかった。
今まで、魔法の教科書にある通りに何度も鑑定石を借りて、MPの運用を教えてきたのだ。
当然、ローゼはレア度4以上のスキルがあれば見ているはずだ。
それほど裕福ではないレスト男爵家だが、世にありふれていて、大量に写本されているスキルの本位は持っていた。暇があれば本を読むローゼならば知っていたはずだ。
魔眼石と違い、鑑定石の説明欄にはハッキリと対象以外にはレア度3までのスキルしか見れないと書かれている事を。つまりローゼは、夫妻はローゼがスキル4以上を所持している事を知らないという事を知っていたはずなのだ。

夫妻は、それとなくローゼにレア度4以上のスキルは持っているのか、と聞いた。
答えは、持っている、だった。
次に、ならば何故言わなかったのか、と聞いた。
答えは、聞かれなかったから、だった。

普通ならば怒るところだろう。
だが、夫妻は怒らなかった。
理由は、ローゼがそういう子だと知っていたからである。

ローゼにはレア度6とレア度4のスキルを持っていた。
しかもレア度6のスキル水魔法威力大アップは非常に魅力的だった。
だが、夫妻はこれを公表しない事に決めた。ローゼの為にも公表は良くないと考えたからだ。
当然、ローゼにも他人に聞かれても絶対にスキルの事は話さないようにと教えた。

だが、同時にこのままではいけないとも考えていた。
だから夫妻はローゼが12歳になった時、学校に行かせたのだ。
ポルネシア王国に唯一存在する、王都の全寮制の学校だ。
人付き合いを最低レベルまでは学んで欲しいという夫妻の願いからだった。
ローゼも了承したので、夫妻は心配ながらも、頑張って学校に行くように、と言いながらローゼを見送った。

こうしてローゼは晴れて学校に入学する事になった。

それがローゼの地獄の始まりだった。

ローゼが入ったクラスは当然魔法科と言われる所属する子供達は全員が魔法才能がある子達のクラスだった。
魔法科には平民出身も多くいる。
魔法の才能があれば学費全額無料や割引もあるからだ。

そんな中でもローゼの優秀さは頭一つ抜けていた。
小さい頃から親に言われるがままに魔法の練習をしてきたし、さらには希少なスキルの後押しもある。
本好きだったローゼが学校とは言え1年生の授業を当たり前の様にこなせてしまうのは当然だろう。

だが、それを快く思わない貴族の子達がいるのもまた当然だったのであろう。

学校に行こうとコミュニケーション力は皆無であったローゼは、結果的に虐めにあった。

最初は、トイレに行ってから帰ってみると筆記用具が無くなっていた。
彼女の記憶が正しければ確かに机の上にあったはずなのだ。
周りを見てみたがやっぱりなかった。

おかしいな、と思いつつ彼女はその事を誰にも言わず、その日を過ごした。

次の日も同じ様に筆記用具が無くなっていた。

周りを探してみてもやっぱりなかった。何が起きているのだろうかとは思ったが、悪意というものを全く知らなかったローゼはそれが虐めだとはその時は、微塵も思わなかった。

次の日は無くならないようにする対策として、筆記用具は必ず持ち歩くようにする事にした。
その日は何事もなく1日が終わった。

だが次の日、筆記用具を持ち歩いてトイレから帰ると教科書がバラバラに破かれていた。

筆記用具が無くなっていたのなら百歩譲って言い訳がたつ。
だがこれはさすがに自然ではあり得ない。
その時になってローゼは初めて人の悪意というものを知った。
周りを見ると貴族の集団がくすくすとこちらを見て笑っていた。
平民出身者は下を向いてこちらを見ないようにしている。

そしてこの時、やっと気付いた。
私は虐められているのだと。

だが虐められているのだと気付いても、ローゼには理由がさっぱりわからなかった。
ローゼはその短い人生の中で1度たりとて他人を羨ましいと思った事はなく、嫉妬などした事がなかった。

なんでなんだろう、と思い、彼女はこちらを見てクスクス笑っている女の子達に素直に聞いた。
聞いてしまった。

「なんで、私を虐めるの?」

と。
当然相手側は激怒。
証拠もないのに私を犯人扱いするなんて、というお決まりのやつだ。

その日から彼女に対する虐めは激化していった。
最初は筆記用具、次に教科書、その次はカバン、更には寮にまで入られ服を破かれたことまであった。

この頃から3日間同じ服を着続けるなんていうのはザラにあることになった。

だが、ローゼは学校に行き続けた。
両親の頑張って学校に行くようにという言いつけを守り続けたのだ。

そんな日が1年以上続いた。

ローゼは確かに鈍臭い。
何をするにも一歩遅く、言葉も単語や短文でしか話さない為相手に誤解を与えやすい。

だが、鈍臭くはあっても鈍感では決してなかった。
彼女はそんな性格であっても人並みに女の子であった。
見て3日間同じ服を着続けて指を刺されて笑われることに心を傷める普通の女の子であった。

故に彼女は13歳にして絶望した。
親の言いつけ通り学校に行き、貴族には指を刺されて笑われ、学校の教師は完全に自分を無視し、平民にまで哀れまれる始末だった。

毎晩ボロボロの枕と破かれた布団にくるまりながら眠る彼女の心は今にも壊れそうであった。


そんなある日、いつもの様に汚れた靴で学校に行く。
そしていつもの様に机に落書きや汚れがある。
そしていつもの様に汚れた椅子があり、いつもの様に教室中のみんなに笑われ、いつもの様に位の高い貴族の子女にわざとぶつけられ、高笑いをされる。

そんないつも通りの日々を過ごしていた彼女の耳に聞いたことのない声が教室に入ってきた。

「いや〜ひっさびさに学校に来たな〜。いや本当、いつぶりだよ。
この教室は1年ぶりじゃね?」
「いやいやロンド、入学初日以外殆ど行ってねーじゃん。
いつぶりも何もないっつーの!」
「そうよ、全くロンドったら。わたくしまで無理やり外に連れ出すなんて」
「ははは、ソフィーさんも楽しそうだったではありませんか!そう思いませんか、リセドラ?」
「ドレーク、私も無理やり連れてこられた側よ?ソフィーちゃんに同意致しますわ」
そんな楽しそうな会話で教室に入ってきた男女5人。
ローゼでさえ知っている有名な5人だ。巷の噂では学校をサボって冒険者をやっているらしい。
校内で有名な不良達だ。
教師が何も言わなくても進級出来るのは、彼等の親の地位が非常に高いから。
伯爵や公爵に王族までいるグループである。

その不良達の親玉がロンドである。
ロンド・デュク・ド・オリオン。
この国で知らぬものがいない程の知名度を誇るオリオン家の次期当主筆頭。

私はすぐに目を伏せた。
この1年で覚えた身を守る為の方法。
あんな不良達に目をつけられたらもう私は壊れてしまう。
そう思い、ローゼは必死に身を縮こまらせながら来るな来るなと祈った。
だが、そんなローゼの願い虚しく不良達の親玉であるロンドが近付いてきた。

そしてローゼの前に立ち、ローゼの汚れた机を指差してこう聞いた。
「これ、何?」

その瞬間、教室の温度が一気に下がった気がした。
それほどまでにロンドの声は低く、冷たい声だった。

ローゼも恐怖で固まってしまって何も言えなかった。
だがローゼが黙っていると今度は、ローゼの隣に座っている男の子の胸ぐらを掴み引き寄せ、

「これ、何?」

と同じ質問をする。
その男の子も何も言えずに口をパクパクさせていた。
すると痺れを切らしたロンドが物凄い大きな声で

「ハッキリ答えんかーーー!!!」

と怒鳴った。
その声で少年は号泣してしまい、下腹部からは生温かい液体が流れ落ちる。
そして喉を突っ返させながら、
「い、い、いじ、いじめがあ、ったんです」
と言った。
それに対してロンドは

「何時からだ?」
と問うと、
「も、も、うい、1年以上前、でです」
と震えながら答える。
それを聞き、ロンドは最後に

「犯人は誰だ?」
と聞くとその少年は虐めをしてきた貴族達の方を指差す。
すると、ロンドは

「そうか」
と呟き、その少年の胸ぐらを乱暴に放す。
その少年は泣き叫びながら何処かに行ってしまった。

それを無視して、ロンドは貴族達の方にゆっくりと歩いて行く。
「お前ら、なんでこんな事したんだ?」
一応聞いといてやるよといった感じで貴族達に聞く。
ローゼを虐めていた貴族達はロンドの剣幕に震え上がっていた。
だがそのうちのボス格の1人が勇気をだして震える声で
「あ、あの子が調子に乗っていらしたから、き、貴族のたしなみというものを教えてさしあげたのだすわ」
と言った。
だがロンドは、
「は?意味わからん」
とバッサリと切り落とす。

その言葉にその女子は顔を真っ赤にして怒る。
「冒険者なんて野蛮な事をやってた貴方には貴族というものがわからないだけですわ!」

「お前の言っている貴族ってやつが女の子1人に寄ってたかって虐めるようなやつだとしたら俺にはさっぱり理解できんし、する気もねー」
と吐き捨て、突然何か思いついたようにこう告げる。

「あ、そういえば貴族といえば決闘があったよな?」

その言葉にその女の子も含めて顔を真っ青にする。
勝てるわけがない。

学校とは教育機関であって冒険者になるための訓練をする場ではない。
即ちレベル上げを中心としたプログラムは組まれていないのである。
彼女達のレベルは平均をすこし上回る程度。
一方ロンド達は今まで学校をサボって冒険者としてやってきただけに彼女達より圧倒的にレベルが高い。

こちらが代理を立てればあちらも代理を立ててくる。
それにしても、あちらには王族もいるのだ。
プリタリアを代理で立てられてしまえば勝ち目がない。そうでなくとも多額の資金を持つオリオン家が強力な騎士を多数持つのは有名な話だ。
王家と代々宰相を務めるリーリンノット公爵家、そしてオリオン公爵家、この3つの家の子とは絶対に争ってはいけない。そう難く親から命令されている。

「そ、それは…」
と女の子は泣きそうになっている。
だがロンドは更に畳み掛ける。

「女の涙でも許せることと許せないことがあんだよ。
彼女にちゃんと謝れ。そして壊したものを含めて全部弁償しろ。
最後に2度と彼女に手を出すな」
と命じる。

彼女達はロンドの剣幕とその仲間達も含めた家柄に恐れをなしてローゼに謝り、壊したものの補償と2度と手を出さないことを約束した。

それはロンドは満足そうに見送り、最後にローゼの方に近づいて、先ほどとは全くとして違う、優しく、傷付いたローゼの心に染み渡るような声で

「お嬢さん、お名前は?」
と言った。
先ほどとは違い、こんなみすぼらしい格好を見られることに対する恥ずかしさ。
そして直視できないほど輝くようなロンドの優しい笑顔にもじもじしながら俯いてしまう。
だがなんとか、

「ローゼ」

とだけ、呟いた。

「ローゼか。いい名前だ」
と褒め、ローゼの頭にポンと手を置き、優しく撫でながら、
「ローゼ、もう大丈夫だよ。
これからは安心して学校生活を送るといい」
と言った。

ローゼの目からは涙が零れ落ちた。
物心ついてからこれまで例えどんなイジメを受けても、どんなに辛くても泣かなかったローゼが初めて泣いた。
ロンドの言葉が嬉しくて嬉しくて堪らなかったからだ。

そして、ロンドの胸に顔を埋めて泣く彼女の顔には満面の笑顔があった。

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