異世界で始める人生改革 ~貴族編〜(公爵編→貴族編
第103話 驕りと決意
それから三日後、俺はオリオン領に帰ってきた。もうすぐ家に着く。
こんなに長い間家に帰らないのは、海戦の時以来だ。
お父様は家に戻らず、報告の為、王都に直行するそうだ。
(少しくらい顔を見せていけばいいのに……)
そう思いながらも俺は、自分が本当のところはお母様のもとに帰り辛い思いをお父様と分け合いたいだけなのかもしれない、と気付いていた。
何とかなった。しかし、無事とは言えない状況だった。
リサさん達はまだ目を覚まさないし、俺と一緒に付いてくるお父様に付いてきた兵士達は皆、少しも空気を緩めずにただ真っ直ぐ前を向き歩いている。
先程お父様と別れたばかりだが、息が詰まりそうだ。
負けたわけではない。それ故に下を向いたり、落ち込んだりしながら歩く事は許されない。
目標を終えた。我々は勝利したのだ、逃げてきたわけでは断じてない。そういう態度を道行く旅人や商人、村人達に見せる必要があるからだ。
例え、その表情が貼り付けたような真顔だったとしても。
落ち込むのは、泣くのは家に帰ってから。
そんな空気の中、俺達はオリオン領内の街に帰ってきた。
城壁内への門の前を入る。
お父様が率いた軍勢という事だけあり、リュミオンの王女を無事保護して、帝国の準英雄級を撃退し、自分達より倍以上いた敵をいとも簡単に追い払った。
民衆にはそう伝わっているためお祭り騒ぎだ。
オリオン領で一番大きな道は真っ二つに開けており、その横は見える先まで人が軍を一目見ようと集まっていた。
俺は、それを丘の上にある城から見る。
もう遅いが、やって損はないだろうと思い、途中何人かの兵と共に横にずれ、賑わってない道からコッソリと先回りして、一足先に城へ戻っていた。
オリオン城は丘の上にあるため、彼等の様子がここからでもわかる。
城の門を開けるとそこには、お母様が待っていた。
「お母様!!」
「レイン!」
俺はお母様の姿を確認した途端に駆け出していた。
お母様の姿が異様な程懐かしく思える。少し、やつれたように見える。
心配をかけたのだろう。
俺は迎える様に手を広げたお母様の胸に飛び込む。
「お母様!」
「レイン、レインなのね!?ああ、無事で本当に良かったわ!」
(暖かい)
三日前に泣いたばかりなのにお母様の暖かさにまた涙が溢れてくる。
「リサさんが!リサさんが、それにランド隊長も!僕は……」
何も守れはしなかった。
「いいの。全部聞いているわ。何も言わなくていいの」
お母様がそう言いながら俺を抱き締め返してくれる。
「疲れたでしょう。お風呂に入ったら今日はもう寝なさい」
抱き合ってどれくらい経ったかわからない頃にお母様がそう促す。
「はい」
やっと離れ、手を繋ぎながら城に戻る。
お母様と別れ、お風呂に入った後、長い廊下を渡り、そして何段あるかわからない階段を上がり、部屋に帰る。一月と出ていないのに、何故か自分の部屋のドアが無性に懐かしい。少し佇んでしまう。
部屋にはあいつらがいるのだろう。
足手まといと言ってついて来させなかった俺の大事な部下達が。
一呼吸する。
そして、ドアノブに手を掛け思い切って押し開く。
そのドアを開けると、スクナ、コウ、メイ、アイナが跪いて待っていた。
「お帰りなさいませ」
代表してスクナが俺にそう声を掛ける。
「ただいま……」
いつもなら辛くても元気よく挨拶出来ていた。
だが、何故か今回はちゃんと挨拶が返せなかった。
顔を上げた四人は俺の顔を見るなり、また一斉に頭を下げる。
「?」
一瞬何故か分からなかった。
しかしそのすぐ後にその行動の意味に思い当たり、頬をさする。
「そんなに……俺の顔、歪んでたか?」
俺の問いかけに彼らは静かにそのまま頭を下げ続けている。
(十歳のガキが変に空気よんでんじゃねーよ、ちくしょう)
「まったく……。負けたよ。完敗だ。経験のなさから何をすればいいのかさっぱりわからず、支援魔法以外何も出来なかった。更には、殺さなければいけない奴を殺し損ねた。しかもその後、狙われてヘマして気付いたら敵が目前まで迫っていて、腕を持っていかれた。そして、出血多量で気絶。情けないったらねーな。はっはっは」
情けない。お荷物同然だった今回の自分が堪らなく情けない。
自棄になっていた。いつもは敬語を使うのだが、今は素だ。
レイン・デュク・ド・オリオンとしてではなく、前世の坂上宏人として話している。
どちらも俺だ。坂上宏人の方がずっと長いから、普段の中身は未だに坂上宏人だが、レインが嘘というわけではない。
「笑えよ。自分達を足手まといとか言っておいて自分が足手まといになっていた俺を」
「「「「……」」」」
その言葉にも彼等は沈黙で返す。
いっそ笑って欲しかった。
「顔を上げろ。そして俺の顔を見ろ」
俺のその言葉にやっとの事でスクナ達は顔を上げる。
「どんな顔をしてるよ?」
暫くの沈黙の後、代表してスクナが口を開く。
「酷い顔しておられます」
「そうか」
そうかとしか言いようがない。
鏡を見てないからわからない。
「俺の失態でリサさんが斬られた」
「聞いております」
「俺がもっとちゃんと動ければ」
「聞いております」
坂上宏人の本音を話す。
俺の愚痴にスクナが代表して相槌をうつ。
「情けない主人だよ。年齢なんて関係ない。戦争に出た以上、俺は軍人であるべきだった。心を凍らせて敵兵を皆殺しにするべきだった。べきだったとか、しなければとか、そんな言い訳をグチグチ言っているダメな男だよ」
「そんな事はありません」
俺が自分を卑下しているとスクナが即座に否定する。
「何でそう思うよ?」
「レイン様が多くの人を救った、というのもまた、事実だからです」
俺のその疑問にスクナは即答し、続けざまに言い放つ。
「レイン様は多くの人の命を救ったという事実、軍の作戦を成功させる為の鍵となったという事実。十分過ぎる実績です」
「そりゃ、一兵士や一将軍の話だろ。お前らだって知ってんだろ。俺の能力を。魔導王。神話級にさえ辿り着きうる最強のスキル……少な過ぎる戦果だよ」
「……レイン様、今から失礼な事を言いますがよろしいでしょうか?」
「ん?いいぞ?」
スクナがそんな事を言うなんてめずらしい。
迷わず先を促す。
「では、失礼を承知でお話しさせていただきます。レイン様、レイン様は……驕っておられます」
「は?」
(今なんて言った?俺が、驕っていた?冗談だろ?)
「ですので、レイン様はご自分に酔っておられます。驕ってます。ご自分を高く評価しすぎておられます」
「……」
俺は二の句を告げられずにいた。
それは……前世の失敗の一つだ。
「レイン様は七歳です。貴族様方の御子息様は存じませんが、普通の平民の子なら食べて、遊んで、食べて、寝る。ましてや戦争に行くなんて以ての外でしょう。経験が足りなかった。それ故に何も出来なかった。だから何も出来なくても仕方がない。それでいいのです」
「いや、よくねーだろ。足手纏いだったんだぞ?仕方なくなんてないだろ」
やっと開いた口で何とかその言葉を否定する。しかしスクナは頑なに否定する。
「いえ、いいのです」
「よくねーだろ!無理やり付いて行ったんだぞ!お母様のお願いを無下にしてまで!」
「いいのです!今は!七歳という子どもならばそれでいいのです。それでも、それでも悔しく思われるなら!強く!強くなりましょう!何者にも負けないくらい!私達も貴方様の横で、一緒に……つよくなりますから」
珍しい。本当に珍しい。スクナがここまで言うのは珍しい。
それ故に伝わってくる。悔しかったという彼女の思いが。
俺はスクナに近付き、抱き締める。
「強く、強くなりたい。誰にも負けないくらい。もう大切な人が傷付けられる事がないくらい」
最強でありたい。立ち塞がる障害を蹴散らせるくらい強くありたい。
俺だけではそんなのは無理だ。そんな能力は俺にはない。
だから頼むのだ。俺の側近達に。
「レイン様に仕えられた事、僕は今でも誇りに思います」
コウが口を開く。そしてその後には当然メイが口を開く。
「レイン様に仕えられた事、僕も今でも誇りに思います」
こいつらしい。
「レイン様の歩む覇道、横で拝見させていただきたく思います」
最後をアイナが締める。
「一緒に強くなりましょう」
俺達は抱き合い、決意する。
もう絶対に負けないと。
こんなに長い間家に帰らないのは、海戦の時以来だ。
お父様は家に戻らず、報告の為、王都に直行するそうだ。
(少しくらい顔を見せていけばいいのに……)
そう思いながらも俺は、自分が本当のところはお母様のもとに帰り辛い思いをお父様と分け合いたいだけなのかもしれない、と気付いていた。
何とかなった。しかし、無事とは言えない状況だった。
リサさん達はまだ目を覚まさないし、俺と一緒に付いてくるお父様に付いてきた兵士達は皆、少しも空気を緩めずにただ真っ直ぐ前を向き歩いている。
先程お父様と別れたばかりだが、息が詰まりそうだ。
負けたわけではない。それ故に下を向いたり、落ち込んだりしながら歩く事は許されない。
目標を終えた。我々は勝利したのだ、逃げてきたわけでは断じてない。そういう態度を道行く旅人や商人、村人達に見せる必要があるからだ。
例え、その表情が貼り付けたような真顔だったとしても。
落ち込むのは、泣くのは家に帰ってから。
そんな空気の中、俺達はオリオン領内の街に帰ってきた。
城壁内への門の前を入る。
お父様が率いた軍勢という事だけあり、リュミオンの王女を無事保護して、帝国の準英雄級を撃退し、自分達より倍以上いた敵をいとも簡単に追い払った。
民衆にはそう伝わっているためお祭り騒ぎだ。
オリオン領で一番大きな道は真っ二つに開けており、その横は見える先まで人が軍を一目見ようと集まっていた。
俺は、それを丘の上にある城から見る。
もう遅いが、やって損はないだろうと思い、途中何人かの兵と共に横にずれ、賑わってない道からコッソリと先回りして、一足先に城へ戻っていた。
オリオン城は丘の上にあるため、彼等の様子がここからでもわかる。
城の門を開けるとそこには、お母様が待っていた。
「お母様!!」
「レイン!」
俺はお母様の姿を確認した途端に駆け出していた。
お母様の姿が異様な程懐かしく思える。少し、やつれたように見える。
心配をかけたのだろう。
俺は迎える様に手を広げたお母様の胸に飛び込む。
「お母様!」
「レイン、レインなのね!?ああ、無事で本当に良かったわ!」
(暖かい)
三日前に泣いたばかりなのにお母様の暖かさにまた涙が溢れてくる。
「リサさんが!リサさんが、それにランド隊長も!僕は……」
何も守れはしなかった。
「いいの。全部聞いているわ。何も言わなくていいの」
お母様がそう言いながら俺を抱き締め返してくれる。
「疲れたでしょう。お風呂に入ったら今日はもう寝なさい」
抱き合ってどれくらい経ったかわからない頃にお母様がそう促す。
「はい」
やっと離れ、手を繋ぎながら城に戻る。
お母様と別れ、お風呂に入った後、長い廊下を渡り、そして何段あるかわからない階段を上がり、部屋に帰る。一月と出ていないのに、何故か自分の部屋のドアが無性に懐かしい。少し佇んでしまう。
部屋にはあいつらがいるのだろう。
足手まといと言ってついて来させなかった俺の大事な部下達が。
一呼吸する。
そして、ドアノブに手を掛け思い切って押し開く。
そのドアを開けると、スクナ、コウ、メイ、アイナが跪いて待っていた。
「お帰りなさいませ」
代表してスクナが俺にそう声を掛ける。
「ただいま……」
いつもなら辛くても元気よく挨拶出来ていた。
だが、何故か今回はちゃんと挨拶が返せなかった。
顔を上げた四人は俺の顔を見るなり、また一斉に頭を下げる。
「?」
一瞬何故か分からなかった。
しかしそのすぐ後にその行動の意味に思い当たり、頬をさする。
「そんなに……俺の顔、歪んでたか?」
俺の問いかけに彼らは静かにそのまま頭を下げ続けている。
(十歳のガキが変に空気よんでんじゃねーよ、ちくしょう)
「まったく……。負けたよ。完敗だ。経験のなさから何をすればいいのかさっぱりわからず、支援魔法以外何も出来なかった。更には、殺さなければいけない奴を殺し損ねた。しかもその後、狙われてヘマして気付いたら敵が目前まで迫っていて、腕を持っていかれた。そして、出血多量で気絶。情けないったらねーな。はっはっは」
情けない。お荷物同然だった今回の自分が堪らなく情けない。
自棄になっていた。いつもは敬語を使うのだが、今は素だ。
レイン・デュク・ド・オリオンとしてではなく、前世の坂上宏人として話している。
どちらも俺だ。坂上宏人の方がずっと長いから、普段の中身は未だに坂上宏人だが、レインが嘘というわけではない。
「笑えよ。自分達を足手まといとか言っておいて自分が足手まといになっていた俺を」
「「「「……」」」」
その言葉にも彼等は沈黙で返す。
いっそ笑って欲しかった。
「顔を上げろ。そして俺の顔を見ろ」
俺のその言葉にやっとの事でスクナ達は顔を上げる。
「どんな顔をしてるよ?」
暫くの沈黙の後、代表してスクナが口を開く。
「酷い顔しておられます」
「そうか」
そうかとしか言いようがない。
鏡を見てないからわからない。
「俺の失態でリサさんが斬られた」
「聞いております」
「俺がもっとちゃんと動ければ」
「聞いております」
坂上宏人の本音を話す。
俺の愚痴にスクナが代表して相槌をうつ。
「情けない主人だよ。年齢なんて関係ない。戦争に出た以上、俺は軍人であるべきだった。心を凍らせて敵兵を皆殺しにするべきだった。べきだったとか、しなければとか、そんな言い訳をグチグチ言っているダメな男だよ」
「そんな事はありません」
俺が自分を卑下しているとスクナが即座に否定する。
「何でそう思うよ?」
「レイン様が多くの人を救った、というのもまた、事実だからです」
俺のその疑問にスクナは即答し、続けざまに言い放つ。
「レイン様は多くの人の命を救ったという事実、軍の作戦を成功させる為の鍵となったという事実。十分過ぎる実績です」
「そりゃ、一兵士や一将軍の話だろ。お前らだって知ってんだろ。俺の能力を。魔導王。神話級にさえ辿り着きうる最強のスキル……少な過ぎる戦果だよ」
「……レイン様、今から失礼な事を言いますがよろしいでしょうか?」
「ん?いいぞ?」
スクナがそんな事を言うなんてめずらしい。
迷わず先を促す。
「では、失礼を承知でお話しさせていただきます。レイン様、レイン様は……驕っておられます」
「は?」
(今なんて言った?俺が、驕っていた?冗談だろ?)
「ですので、レイン様はご自分に酔っておられます。驕ってます。ご自分を高く評価しすぎておられます」
「……」
俺は二の句を告げられずにいた。
それは……前世の失敗の一つだ。
「レイン様は七歳です。貴族様方の御子息様は存じませんが、普通の平民の子なら食べて、遊んで、食べて、寝る。ましてや戦争に行くなんて以ての外でしょう。経験が足りなかった。それ故に何も出来なかった。だから何も出来なくても仕方がない。それでいいのです」
「いや、よくねーだろ。足手纏いだったんだぞ?仕方なくなんてないだろ」
やっと開いた口で何とかその言葉を否定する。しかしスクナは頑なに否定する。
「いえ、いいのです」
「よくねーだろ!無理やり付いて行ったんだぞ!お母様のお願いを無下にしてまで!」
「いいのです!今は!七歳という子どもならばそれでいいのです。それでも、それでも悔しく思われるなら!強く!強くなりましょう!何者にも負けないくらい!私達も貴方様の横で、一緒に……つよくなりますから」
珍しい。本当に珍しい。スクナがここまで言うのは珍しい。
それ故に伝わってくる。悔しかったという彼女の思いが。
俺はスクナに近付き、抱き締める。
「強く、強くなりたい。誰にも負けないくらい。もう大切な人が傷付けられる事がないくらい」
最強でありたい。立ち塞がる障害を蹴散らせるくらい強くありたい。
俺だけではそんなのは無理だ。そんな能力は俺にはない。
だから頼むのだ。俺の側近達に。
「レイン様に仕えられた事、僕は今でも誇りに思います」
コウが口を開く。そしてその後には当然メイが口を開く。
「レイン様に仕えられた事、僕も今でも誇りに思います」
こいつらしい。
「レイン様の歩む覇道、横で拝見させていただきたく思います」
最後をアイナが締める。
「一緒に強くなりましょう」
俺達は抱き合い、決意する。
もう絶対に負けないと。
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