倒れ行く12使徒たち

　どう剣を改造すれば幻術が発動するのか？　その知識を僕は持たない。
　しかし、なるほどと合点はいく。
　サヲリさんは、一時期王室から外れていたとは言え、その家系であったアリスの近衛兵でもあった。
　生まれながらにして、あらゆる武術を身につける事を運命づけられた貴族お抱えの近衛兵。
　剣術に限って、勝てる者が世の中には何人いるのか？　そういうレベルである。
　そのサヲリさんがトリッキーな剣術だからという理由で苦戦するはずはない。

　「うむ、ご友人はそれがしの技に気づいたようでゴザルな」

　『蟹』は、その侍チックなファッションを裏切らない侍言葉だった。
　対してサヲリさんは「……」と無言で返して―———

　「いや、おかしい」

　思わず僕は声に出した。
　サヲリさんの視線が定まっていない。
　まるで、相手がどこにいるのかわかっていないような感じだ。

　「サヲリさんが相手を見失うクラスの幻術使いだったのか」

　ゴクリと僕の喉が鳴った。

　「まず剣技の音で聴覚を奪い、焦った相手は拙者の剣技に目を凝らす。凝らしたら最後、視覚を奪い取る。次は嗅覚、次は味覚、次は触覚。拙者の幻術、『五感剥奪』に隙はないでゴザルよ」

　『蟹』は勝利を確信して、高らかに自身の技を誇る。
　聴覚と視覚を奪われたサヲリさんは……いや、待てよ。何かが引っかかる。

　「前にこういう事があったような……丸太……　目隠し……」

　次の瞬間に訪れたのは甲高い金属音。
　刃と刃と接触した音だ。

　「お主・・・・・・なぜわかった？」

　『蟹』の手には剣が消失していた。彼が所有していた4本の剣は、ソレを固定していたワイヤーごと斬られ、弾き飛ばされていた。
　そして、僕は思い出す。シュット学園で彼女に鍛えられた日々のメニューを……
　彼女は不安定な丸太の上、目隠しをして戦う事ができたのだ。
　サヲリさんは『蟹』の最後の質問にも無言で返し、答える事はなかった。
　そして、そのまま、無慈悲にや刃を振るう。

　・・・
　・・・・・・
　・・・・・・・・・


　その名の通りライオンを連想させる金色の髪は風に揺れている。
　『獅子』は動きを止め、そして膝をついた。

　「がっ……なぜ、その腕がありながら、一介の教師なんぞに……」

　口からは吐血。それでも出された質問にサンボル先生は―———

　「ん？　なぜって、普通になりたい職業の上位じゃないか？　教師って？」

　普段と変わらないとぼけた感じに答える。
　「ふざけた奴だ」と『獅子』は笑みを浮かべて、そのまま動かなくなった。

　そしてサンボル先生は「やぁ、御疲れ」と普段の仕事終わりと変わらぬ様子で僕らに話かけてきた。

　「どうした？　他の連中の助太刀とかいかないのか？」
　「そうですね。少し危ないと思ってたのですが……」
　「思っていたのですが？」
　「別に大した敵じゃなかったですね。12使徒って」

　予想外の言葉だったらしい。サンボル先生は涙を流しながら笑い始めた。

　「はっはっ……暫く、見ないうちに言うようになったな」
　「え？だって、実際に……」
　「そう思えるほど成長したって事さ」

　そうなのかな？　と疑問符を浮かべる。
　その横で、サヲリさんが「でも、私はお姉たまの助太刀に行かせてもらいます」とその場を離れミドリさんに向かって駆け出した。

　ミドリさんの相手と言うと―———
　全身が毛玉みたいな性別不明の人だ。　『乙女』の人だ。　
　戦いを見ると、あの長い髪は伸縮自在で斬っても再生するらしい。
　それでいて、剣を通さない硬度を有している。　さらに言えば、切れ味があり、接触した岩が真っ二つに切断されている。
　なるほど、12使徒の中でも相当な腕前。かなり強者に間違いない。
　だが、しかし―———

　相手が悪い。
　―――――否。
　悪すぎると言ってもいい。
　今、ミドリさんは馬に乗っている。
　少なくとも『聖地』突入時にドラゴンの背中に馬はいなかった。
　どうやって連れてきたのか？　それは不明だが————

　あの例の————
　怪獣みたいな巨大な馬を相手にしなければならない『乙女』には敵ながら同情してしまう。
　唯一の武器である髪の毛攻撃が、あの馬相手には効いていないのだから……

　あれに助太刀しようと言うのだからサヲリさんも姉には甘いと言わざるを得なかった。