超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』 

チョーカー

前王は誰が殺した?

 今でも僕は『呪怨の卵』の事について考える時がある。

 『呪怨の卵』

 それは、ごく平凡な少年が拾った卵。 
 しかし、それが少年を吸血鬼に変えた。そして、周囲の村々に住む人をグールに変えた。
 それ偶然ではなく————僕らを狙った大規模な人災。 
 それを起こした実行犯の男は最後にこう言っていた。

 『次期王妃直々に暗殺命令が出ている。我ら暗部が相手となる以上は安息は望めぬと思え』

 次期王妃・・・・

 この言葉に僕は、アリスが命じた事だと思った。
 しかし、今となってはわからない。
 冷静に考えれば、『呪怨の卵』なんて物をアリスが独断で扱える物だろうか?
 やり方次第では国1つ滅ぼす事のできるアイテム。 
 おそらく、ダンジョンで発掘された貴重品。
 もしも————
 黒服の暗部を名乗った次期王妃がアリスでないとしたら?

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 「次期王妃、トクラター・アリス————彼女が本当に前王暗殺に関与していると思うか?」

 ヤン宰相は同じ言葉を繰り返した。

 「え? あぁ……」
 「惚けていたのか? それほどまでに答えづらいか?」

 「……そうですね。少し考えてから答えたいです」と僕は答えははぐらかした。
 すると―――― 

 「それも致し方ないか。お前がこの国を去った理由は――――トクラター・アリス次期王妃を守るためじゃろ」

 あぁ、確かにそうだ。 僕は彼女を――――

 「前王暗殺疑惑が出たと知って、お主が国から逃げた理由は2つだけだ。

 お主自身が本当の犯人か? それとも犯人の汚名をかぶるために逃走したのか?

 さぁ、どちらじゃ?」

 「僕は……」

 答えようとする。しかし、次の言葉は出てこない。
 酷く喉が渇く。 まるで砂漠を進むようにカラカラに乾いている。
 そのくせ、体から熱が失われていく。 ガチガチと震え、歯がぶつかり合う音がしてきた。

 俯いてる僕と目を合わせるように下からヤン宰相がのぞき込んでくる。
 僕は―――

 「僕は犯人ではありません」


 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 暗い部屋。 視界の隅には影が蠢いている。
 黒に汚染されたかのように――――曖昧な空間であり、世界そのもの。
 曖昧だ。 ひどいあいまいだ。
 あの日――――僕がアリスと口づけを交わした日。
 愛ゆえに狂気に身を落したアリス。 その恩讐の全てを僕に向けさせるための口づけだった。
 そうして、僕が彼女の前から姿を消せば————時と共に、その増悪を失われていく。
 思春期の少女の想いは、はしかのようなものとして、消えるはず。
 僕は、そう考えたのだ。

 —————だとしたら
 それが、正解ならば少し奇妙な点がある。

 箇条書きにしてみようか。

 その後、僕はシュット国から船で脱出する。 
 船の新聞では、前王が暗殺された事が書かれていた。
 船の新聞では、王位後継者が決定する事が書かれていた。
 そして、船の新聞では―———
 僕は王暗殺の容疑者として指名手配されていた。
 そして、監視役の存在がいた。

 おや? おかしな事に気づいただろうか?
 そう、時系列がおかしいのだ。

 僕が国を脱出する時は、すでに王が暗殺され、王位継承者を決める戦いが行われ―———
 そして、すでに監視されていた。

 前回、シュット城へ召喚され、ヤン宰相の取り調べを受け、前王と面会して、アリスと戦い―———
 その後だ。
 空白の期間が存在している。

 アリスの戦い→前王の暗殺→王位争奪戦→僕の海外逃亡

 アリスの戦いの後、僕は何をしていたのか?

 僕は? 僕は? 僕は? 僕は……

 「僕は犯人ではありませんよ。ヤン宰相」

 何かが割れるような音。

 「見事なり」

 何か、使ったのだろう。 魔法とは違う未知の技術。
 僕が前王殺害の犯人ではないという自白を得るための技術。
 それは、僕がアリスを庇っていたと認めた事になる。

 自分の意志を貫き通せなかった。
 それは、目の前の人物に敗北したという事なのだが……

 「心配するな。最初から言っていた通り、お主が前王を殺害したとは誰も思っていない。肝心なのは、その証言がほしかっただけじゃ。それに……当然、アリス次期王妃も疑われていた」

 ヤン宰相の言葉は、「だが————」と続く。しかし、続いた言葉は僕にも意外な言葉だった。

 「彼女もまた無罪だった」
 

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