超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』
戦いの直前
「やれやれってやつですね。体が怠いので夜はマッサージをお願いします」
ドラゴンは帰ってくると図々しさが炸裂していた。
片手にはグラス。青色の液体がそそがれ、アイスが乗せられている。
「おっと、これは失礼」
何を思ったのか、ドラゴンは、その場で360度ターン。
すると、ドラゴンの衣服はアロハシャツに。
「いや……お前なぁ…」
何か突っ込もうとしたが―———
「ドラゴンさん!凄い試合でした!」
「ん?」
「え?」
ドラゴンに飛びつくように絶賛したのはキララさんだった。
「私もクリムさんのように強くなれると言ってくれましたよね」
確かにドラゴンは試合前にそんな事を言っていた。
しかし、当の本人は―――「あっ! そう言えば……そんな事を口走ったような気が……しませんか?しますね……えぇ、あっ、はい……」と忘れていたのが見え見えだ。
しかし、キララは盲目的にドラゴンを尊敬していて気づかないみたいだ。
「あっ……はい。努力すればキララさんもクリムくらいの強さになれますよ」
「私も!私も鍛錬を続けます!」
気まずい。
気まずい空気が流れる。
僕とドラゴンは「アハハハ……」と笑って誤魔化した。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
激闘はドラゴンの勝利で終わった。
観客たちの興奮は収まり……徐々に冷静さを取り戻していった。
冷静になった彼らは疑問に思った。
「今、自分が見たものはなんだったのか?」
あまりにも異次元な戦闘。
毎日、無償で公開される闘技場に通い、闘争に慣れ親しんでいる観客たち。
彼らの胸に突き刺さったものは、混乱。
ざわつきが空間を支配している。
常識の破壊。 強さのインフレ。
信じていたものがガラガラと音を立てて崩れていく感覚。
彼らの精神を支えていた強者への信頼が―———アイデンティティーとレゾンデートルが崩壊していくような―———
だが、それは止められた。
通路から現れたイスカル王によって―———
ただ、そこに立つ。この国の象徴だ。
両手を広げて、上に向けて上下に動かす。
「————せっ! ――――せっ!」
観客たちが変化した。
全ての不安は払拭され、1つになる。 まるで、1つの生物だ。
そして彼らの言葉は統一された。
「「「殺せ! 殺せ! 死ね! 死ね!」」」
悪意や敵意すら淘汰され、残ったのは純度の高い負の感情。
それらの全てが1人に向けられる。
つまりは僕1人にだ。
「それじゃ、行ってくるよ」
負の感情に身を晒すのは慣れている。――――いやな慣れだ。
手にした武器はグラディウス————闘技者が好んで使う短剣に近い武器。
それを試しに振ってみる。
鈍さを伴う風切音。
通常の短剣よりも確かに重い。
「では、御武運を―――」と真剣な顔で僕を送り出すキララ。
反対に「危なくなったらギブアップしてくださいね」と呑気なドラゴン。
流石にキララは唖然としていたが―———
「まぁ勝ってくるよ」
僕は片手を上げて答えた。
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