超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』 

チョーカー

吸血鬼の消滅

 吸血鬼の手刀。
 無限に思える刹那の時間。
 きっと、お前は僕を罠にハメたと思っているだろう。
 きっと、お前は僕を捕まえたと思っているだろう。
 それは事実だ。
 体の一部を変化させ、距離を取ろうと下がる僕を後ろから奇襲を仕掛ける。
 君を称えよう。見事だ!
 だが、捕まえたのは、こちらも――――

 「同じことだ!」

 僕は背後に回していた手を吸血鬼に向ける。

 「なにっ!」

 吸血鬼の声が聞こえる。
 僕が握っていたのはくい。そう2本目の杭だ。

 「う、うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォッッッ!」

 そう叫んでいるのは僕か、それとも吸血鬼か。
 やがて、交差する手刀と杭の突き。互いの攻撃は、接触する。
 がりがりがり……と破壊音を鳴り響かせ、吸血鬼の手刀が僕の杭を削り、木くずへと変えていく。
 そのまま、僕の腕に到達。鮮血をまき散らす。
 再び武器を失った僕を彼は余裕の笑みで見下していた。
 だが、その表情は一片した。
 既に僕の手の中には3本目の杭があり―――
 既に僕は突きのモーションへ入っていた。

 杭は吸血鬼の胸の中心を捉えた。

 「おのれ、小細工こざいくを!」

 始めて見せる憤怒の表情。
 逃げ出したくなる恐怖心を抑える。

 「あぁ、小細工さ。けれど、小細工で胸を突かれ敗北した感想はどうだ?」

 なるべく悪役をイメージして、冷徹な笑みを表現して見せる。

 「まだ、胸を突かれたに過ぎない。心臓には到達せぬ限り、いくら杭を突き立てたところで意味など……」

 確かに吸血鬼の言う通りだった。
 彼の胸には杭が突き刺さっているが、彼の肉体からは崩壊するの開始が見て取れない。
 ならば、ダメ押しが必要だ。
 それもとっておきのやつが…… 

 「そうかい?そう言えば、君には僕の―――俺の切り札を見せてなかったね」
 「なにを……なんだそれは?貴様は何をするつもりだ?」

 吸血鬼の表情から憤怒の感情は抜け落ちていた。
 魔物化し、拡張された五感は、俺から何を感じ取ったのか?
 憤怒の代わりに現れているのは恐怖の表情。

 不死の王ノーライフキング

 不死身であるはずの生物から、最も縁遠い表情だった。
 だが、残念ならば、僕と吸血鬼との間合いは1メートル以下。
 僕に取って文字通りに必殺の間合い。僕は、拳と同時にこの言葉を振るった。

 「龍の足枷ドラゴンシール

 顕現した人類最強の武器である巨大鉄球は、拳の速度で吸血鬼に叩き込む。
 至近距離の飛来ゆえ回避不可能と悟ったか?
 迎え撃つ吸血鬼は両手を広げた。

 「うぎゃああああああああああああああああああッ!」

 耳をつんざく咆哮。
 それは、裂帛の気合か?それとも断末魔か?
 今度は聞き間違える事なく、確かに吸血鬼の口から聞き取れた。
 受け止めようとした両手は灰へ変化していき、両手を失った吸血鬼には防ぐ手段もなく―――
 胸に刺さった杭を巻き込み―――

 吸血鬼の肉体は遥か遠くまで、まるで冗談のように吹き飛ばされていった。


 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・ 

 吸血鬼は滅びた。
 僕の魂に食い込んでいたヤツの残滓すら消えていく。
 僅かに原型を留めていた本体の体も灰になり―――

 「ありがとう、サクラお兄ちゃん」
 「―――ッッッ!?」

 一体、彼はいつからそこにいたのだろうか?
 それはカツシ少年だった。
 僕は目の前の光景が信じられず首を横に振るった。
 いや、そんなはずはない。彼は死んだのだ。
 今、僕の目の前で肉体が灰になっているではないか。
 ……いや、違う。僕は気づいた。
 彼の肉体から舞い上がっている灰。よく見れば灰ではない、白いモヤのような気体。
 吸血鬼の肉体から立ち昇っている白いモヤが肉体を形成して、カツシ少年を表している。

 「これは……魂のエネルギー?」

 感覚的に口にした言葉だったが、カツシ少年は「そうだよ」と肯定した。
 魂。今だに未知の領域とされているが、吸血鬼が使う魂の等価交換が実在する以上、魂にはエネルギーが存在しているのは否定できない事実。

 「ありがとう。怪物になって、村の皆を―――何人も命を奪ったのは、オレだけど―――
 ありがとう、オレを止めてくれて、滅ぼしてくれてありがとう」

 カツシ少年の体は風に揺らされ霧散している。
 魂のエネルギーを内蔵している肉体が滅びたんだ。
 当然、それを維持できず、それでも彼は泣きながら僕に礼を言っている。
 「いや、違うんだ」と否定する言葉が出てこなかった。
 仮に、天国といった死者が安らぎにつく場所が存在するならば、彼が一片の憂いを持たず、そこにたどり着くだろう。
 しかし、僕が―――
 「君が吸血鬼になった原因は僕にある」と言ってしまうとどうなるだろうか?
 彼の溢れるばかりの感情は、どう変化してしまうのだろうか?
 僕は、真実をいう事ができなかった。

 「そろそろ時間だ。バイバイ!みんなもありがとうって!」

 そう言うとカツシ少年は白い閃光と成り、天に昇って行った。
 いや、彼だけではない。

 「これは……凄い」

 僕の身の回りには、白い光が次から次へ現れては空に向かって昇っていく。

 「……みんなもありがとうか」

 僕はカツシ少年の最後の言葉を反復させた。
 白い光は、僕の周囲だけでは留まらず―――
 おそらく、周囲の村、滅んだ村々から同等の光が現れては空に向かっていっているのだろう。
 その光景は、ほんの僅かな時間だったけれども、僕の心に何かを刻み付けるには十分な時間だった。

 「凄い光景だったね」

 感情を共有するようにドラゴンに語りかけると―――

 「なんの話ですか?」
 「お前、さっきの見てなかったのかよ!」

 僕の言葉にドラゴンは「?」と疑問符を頭に浮かべて小首を傾げるだけだった。
 クリムにも確認するが、彼女も、また、ドラゴンの真似をするように「?」と疑問符を頭に浮べて小首を傾げた。

 「僕だけしか見えなかったのか」

 そう呟いて、空をいつまで見上げていた気分になった。


 しかし、それはできなかった。


 なぜなら、僕等の背後に新手の刺客が現れたからだ。

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