超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』 

チョーカー

バックアタック

 僕は、手にしたくいを前に大きく突き出した半身の構えをとる。
 ただの木片であるにも関わらず、それには堅固な盾に劣らぬ信頼性がある。
 対して吸血鬼は、それが自身を滅する可能性がある武器だと理解している。
 その動きは慎重そのもの。しかし、さきに動いたのは吸血鬼だった。
 僕が手にしている杭を片手で振り払おうとする動作。
 反射的に杭を上げる。
 吸血鬼の目的は自身の向けられた杭を払い除ける事ではなかった。
 それがフェイントだと気づいたときは手遅れ。すぜに吸血鬼は間合いを詰めるために飛び込んでいた。
 吸血鬼の剛腕が空気を切り裂き、唸りをあげて向かって来る。
 僕は上半身を後方へ反らす。ギリギリで吸血鬼の攻撃を躱した。
 吸血鬼の攻撃から僅かに遅れて、風圧が僕の顔面を叩く。
 細身と言っても良い体の吸血鬼からは想像すらできない破壊力。
 まるで丸太のフルスイングが鼻先を掠ったかのような圧力だった。
 その圧力を振り払い、今度は僕が前に出る。
 吸血鬼の打ち終り。その一瞬の膠着時間を狙ったカウンターだ。

 「その心臓、取った!」

 僕の一撃は吸血鬼の心臓へ吸い込まれていくような軌道を描いた。
 しかし、問題は吸血鬼の不死身性。 心臓に杭を打たれれば死ぬという事は、逆に心臓さえ無事なら殺す事は不可能ということだ。
 だから、吸血鬼は―――
 自身に迫りくる杭の突きに対して、手の平を伸ばした。
 当然ながら僕の攻撃はそれだけで防げるものではない。杭は手の平を突き破り、その胸を直撃した。
 だが、しかし、それだけだ。
 僕の放った一撃は威力を削がれ、心臓はおろか胸を貫くまで至らなかった。

 「こんな時は、どう言えばいいのでしょ? この杭、取った! こうですか?」

 吸血鬼の不死身性と怪力は、手の平に突き刺さった杭を、そのまま握り潰した。

 「くっ!」

 武器を潰され、思わず声に出る。しかし、直ぐに思考を切り替える。
 高名な格闘家もこう言っている。

 『感覚で戦うな。考えろ』

 どうする? どうする? 
 だが、実戦では考えるの一瞬のみ。すぐに答えを出し、すぐに行動に起こさないと、死という解答に導かれる。
 よし、仕切り直しに距離を取る。
 その判断して、後方へバックステップを―――

 ザクっ ザクっ

 「へっ?」

 背中に鋭い痛みが唐突に襲ってきた。
 誰が?
 後方には誰もいなかったはずだ。
 吸血鬼の仲間も、グールたちも-――
 まして、ドラゴンやクリムも距離を取って、この戦いを見守っている。
 それらは確認済みだった。 しかし、僕は背中に攻撃を受けた。
 それも、皮膚を突き破り、体の内部へ入り込む刃物の攻撃。
 一体、何が起きた? すぐにその攻撃が前方にいる吸血鬼によるものだと理解できた。
 なぜ、なら彼は笑っているからだ。
 何が、僕の背中に突き刺さっているのか確認する。

 それは―――

 羽だった。 蝙蝠のように黒く、どこか悪魔的なフォルムの羽。
 そして、その羽の持ち主は、前方で笑う吸血鬼のもの。
 何てことはない。
 吸血鬼は僕と戦いながら、自身の肉体を変化させていた。
 その背後の羽を大きく、細く長く変化させ―――
 僕が気づかないように、取り囲むように設置・・していた。
 つまり、その羽の刃に向かって、僕は自分で飛び込んでいったわけだ。

 「我ながら……酷いマヌケだ」
 「そうですね。背中を突かれ、動きを封じられた様子はサクラお兄ちゃん自身が言う通り、マヌケです」

 勝者の余裕だろう。 吸血鬼は悠々を間合いを詰めてきた。

 「では、さようならです」

 そのまま、5指を真っ直ぐ伸ばした手刀で僕に狙いをつけている。
 正確には僕の心臓を狙っている。
 そして、その攻撃は――― 
 

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