超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』 

チョーカー

ラスボス退任 

 
 プロポーズの直後――― 

 「さて、サクラさんのプランですが……あの魔物の壁に『龍の足枷』の射程範囲内である1メートルまで接近して、一撃で破壊すると……」

 どうです?合ってますか?とドラゴンに尋ねられた。

 「そうだけど、何か問題でもあるのか?」
 「問題と言うよりも不可能指令ミッションインポシブルですね。旦那じゃなければ、このインポ野郎と罵倒してましたよ」

 流石に、本気で凹む……
 そこまで言わなくても……

 「いいえ、サクラさんはそれほどまでに、無謀な事をやろうとしていたんですよ」

 このまま、暫く説教を受けた。
 これは……釣った魚に餌をやらないタイプだな。
 説教の内容は中略。

 「まず、魔物の壁に安全に近づけると本気で考えていたんですか?」
 「え?」
 「はぁ……考えていたんですね」
 「う、うん」
 「いいですか?あれは離れた場所から見ているから魔物の壁の速度は、非常にスローリーに見えているだけなんですよ」
 「ほう、それじゃ実際はどのくらいの速度で進んでいるんだ?」

 「そうですね……」と少し考えてから「今日、サクラさんが戯れていた子豚ちゃんの突進よりは速いですよ」

 「……マジか!」

 たぶん、子豚はビックピックの事だろう。
 僕とケンシがビックピックと戦っていたのをドラゴンは、どこかで見ていたのか?
 しかし、あのビックピックの突進以上…… 

 「そう、マジです。1メートルの射程範囲内に入れますか?自力で?相手もハリボテじゃなく、当然ながら攻撃してきますよ?」

 僕は「ぬぐぐぐ」と唸る事しかできなかった。

 「ところが、そんな不可能を可能にする美少女が私なのです!」   

 ドーンを胸を張るようなポーズ。 
 いや、自分で美少女言うな。
 ん?でも―――

 「可能なのか?お前、本調子じゃないんだろ?」

 ドラゴンは、異常が生じているダンジョン内の全魔物達を抑えている。
 彼女の姿を見ていると、そんな馬鹿な!と言いたくなるが、正真正銘のラスボスなのだから人知を超えた力を秘めていてもおかしくはない。そう、おかしくはないけれども……
 そんな僕の疑問に対して、ドラゴンは飄々としていた。

 「大丈夫ですよ。どんな出来事にも抜け道というのがありましてね」

 「それでは……チャチャラチャッチャッチャ!」とドラゴンは、どこからか板のような物を取り出した。
 自分の口で効果音を出しながら。

 「なにそれ?」
 「何と言われてもスマホ。つまりスマートフォンですが?」
 「スマホ?」
 「要するに魔力を使わず、離れた相手と会話する旧時代のアイテムです」
 「魔力を使わず?どうやって?」
 「簡単に言うと、読み込んだ音を電気信号に変換して送受信し合う事で会話を可能としているわけですが……わかります?」
 「いや、ぜんぜん。これっぽっちも理解できない」

 ただ、凄いアイテムだということだけは理解した。
 ドラゴンはスマホを耳に当てた。
 彼女の説明では、それだけで離れた他者との会話が可能と言うが、一体、誰と会話をするつもりだろうか?

 「もしもし、私ですが、このたび結婚する事になりました。あっはいはい、そうですね。お父さんができました!」

 ……相手は娘か。
 でもなんでこのタイミングで?

 「なんで、私、ラスボス辞めますんで2代目ラスボス襲名をおねがいします」

 !?!?

 「というわけで、今日から貴方の成長を許可します。成龍です。日本語でいうならジャッキーですね。では、お母さんはお父さんと暫く一緒にいるのでは後の事はよろしくです!」

 会話が終わったらしく、ドラゴンはスマホとやらをどこかにしまい込んだ。
 親子の会話。内容に反して、随分と淡泊過ぎやしないかい?
 しかし、ドラゴンの様子は――― 

 「これで、このダンジョンの魔物を抑える役割は消えました。ダンジョンの中でも、外でも全力全開状態ですよ! 私が全力でサポートする事が可能になりました。サクラさんは『龍の足枷』をアノ魔物の壁にぶち込む事だけを考えてくださればOKです!」

 若干、テンションが高めだ。まるで肩の荷が下りたとでも言うような感じに……

 「でも、本当に良いのか?」
 「何がですか?」
 「何って……そんなに簡単にラスボスの座を娘に譲ったり……」

 「簡単なわけないじゃないですよ」

 ドラゴンはピシャリと言った。

 「ラスボス特権はいろいろあって、確かに惜しい気持はないとは言いません。でも、仕方がありません」
 「仕方がないって……」
 「それを差し引きしても助けてあげたいって思ったんですから!」
 「―――ッッッ!?」

 そう言われると返す言葉もない。
 鏡はないが、体温の上昇から自分の頬が赤く染まっていくのはわかる。
 それを見られないよう、彼女を背にして―――
 僕はただ―――
 「それじゃ頼むよ」とだけ告げた。

 「お任せあれ!」

 たぶん、彼女の声が普段以上に弾んでいるのは、僕の状態に―――照れてしまった事に気づいているからだろう。

 ドラゴンの魔力が高まっていくのがわかる。
 彼女が手をかざした場所に空間の歪みが生じ、そこから外の様子が見えた。
 どうやら、人がいない場所へ繋がっているみたいだ。

 「さぁて!行きますよ!」

 そのまま、ドラゴンは先行して飛び込んでいった。
 僕もそれに続く。
 しかし――――

 僕は日本語とやらに精通しているわけではないけれども……
 なぜ、成龍が日本語でジャッキーになるのか?
 そこには触れなくてもよかったのだろうか?

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