超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』 

チョーカー

言うならば…… ただのお風呂回

「つまり、球を消すのは投手ピッチャーじゃなくて捕手キャッチャーで、地面の土をタイミングよく……」

 授業の終わり、放課後の時間。
 数名の同級生に取り囲まれ、消える魔球のトリックを説明している時だった。

「だから、僕は見たんだ!」

 突然の大声に教室で残っていた生徒たちは僕を含めて、一斉に声の方向に目を向けた。
 その声の主はクラスメイトのタナカくんだった。
 普段は冷静沈着あり、声を荒げる事はない。
 真面目な学級委員タイプであり、今どき珍しく、魔力による視力補正に頼らずメガネをかけている。
 もしかしたら、メガネ自体に魔術的な意味合いがあるのかもしれないが……
 しかし、彼の髪型が7対3の割合で計ったかのようにセットされているのを見れば、メガネもファッションの一部なのかもしれない。
 時代に逆行する真面目な優等生ファッションに身を包む事で反社会的なメッセージを世間に送っていると考えるのは――――たぶん、考え過ぎだ。

 そんな、彼にしては珍しい事だけども、どうやら周りの生徒数人に煽られて大声を上げたみたいだ。
 彼の大声に、他のクラスメートたちも彼に注目し始めた。

 「ん?何を見たんだって?」

 タナカくんの周囲の生徒をかき分けてオントが進んで行った。
 アイツは空気が読めるのか?それとも読めていないのか?
 タナカくんにしてみたら、不意打ち気味に話しかけられた……事になるのだろうか?
 少し、驚いた様子になっている。でも……すぐに冷静さを取り戻した感じで――――

 「オントくん、君には関係のない事だ。そもそも信じてくれない」
 「いや、信じるも信じないも、まずは話を――――っておい! お~い!」

 オントの返事を聞くまでもない……というよりも関わりを絶つように、黍を返して教室からタナカくんは出ていった。

 「なんだ?アイツは?」

 残されたオントは不思議そうに首を捻っていた。


 ―――大浴場――――

 シュット学園自慢の大浴場だ。
 まるでプールのような広さ。周囲には無駄に豪華な装飾が施されている。
 そして、やっぱり……当たり前の話だが……
 ただの浴場ではない。
 お湯は地下から源泉掛け流しの湯。 地下から汲み上げているお湯……
 この学園の地下には、何があると思う?

 そう……
 ダンジョンだ。

 普段、僕らのダンジョン探索時には気がつかないようになっているらしいが、ダンジョン内には無数の人的仕掛けが施されている。 
 その一つが、ダンジョンから水を汲み上げるために作られたパイプの存在だ。
 もちろん、ただの水ではない。 

 生命の泉。

 ダンジョンの奥深くに存在する神秘の1つ。
 そこから汲み取られた水は特殊。
 効能は、体内の活性化と過剰的な治癒反応。更には疲労回復に滋養強壮。

 そして、ただ1人。
 僕だけが湯船に張られたお湯に向かっていた。

 「ふっ……この一瞬は語彙の少ない自分が恨めしい」

 授業が終わった放課後に浴場に行く人間は皆無だ。
 しかし、この一瞬…… この時間こそが、生命の泉が最も効果的になる時間なのだ。
 いきなり湯船に浸かってはいけません。 
 まずは身を清めてからだ。 そして、体を温める。
 こうする事によって毛穴が開き、お湯の効能が十分に体の隅々まで行き届くようになるのだ。
 そして―――ついに――――湯船に入った。

 「くっ……効くっう!」

 全身の細胞が一瞬で活性化していく感覚。

 じゅー じゅー じゅー

 じゅーと異音と白煙が体から生まれていく。

 「はぁ、これで10年は寿命が延びるわ」と爺臭い感想が自然と漏れる。

 もしかしたら、肉体の活性化とは真逆で精神は老獪に成熟していっているのかもしれない。
 あー、できる事なら大浴槽に住んでしまいたい。そんな事まで考えてしまう。
 いや、温泉の元になっている生命の泉がある階層まで行けば、あながち不可能では……
 もはや、人間としてダメになりそうな行動目的を見出そうとした瞬間だった。
 誰かが、大浴場へ入ってきた。
 ……立ち登る湯煙によって、その人物が誰かわからない。
 やがて、ソイツも僕の存在に気がついたらしく。
 近寄ってきた。だが……

 誰だ?コイツ?

 僕は不信感を得た。
 ダンジョン探索が授業の主軸へシフトした最上級生である僕等以外の生徒は、まだ授業中のはずだ。
 つまり、この学園でこの時間に大浴場が使用できる生徒は、自然と同級生になる……はず。
 見た目からいって、ソイツはただ者ではない。
 ソイツの眼光は鋭く、尖ったナイフを連想させる。
 その髪型は、目に宿る怒りに連動されているかのように逆立っている怒髪天。 
 肉体は雄弁だ。 鍛えられた筋量は、同級生で言うならオントと同質のもの。
 さらに、自らの分身を臆す事もなく―――― 
 一欠けらの劣等感も抱く隙もなく――――― 
 むしろ、見ろと言わんばかりの自信に満ち溢れている。
 まさに強者の立ち姿であった。

 何者か?そう警戒心を強めていく僕にソイツは声をかけてきた。

 「やぁ、サクラくんかい。どうもメガネがないと、誰が誰だか……」

 ソイツの正体はメガネを外したタナカくんだった。


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