超迷宮奇譚伝 『このアイテムは装備できません!』 

チョーカー

ダンジョンでの日常 食堂での日常

 ―――次の日―――

 「しかし、お前もたいがいだな」

 そう言うのは同居人ルームメイトのケンシだった。

 「たいがい?僕の何が?」
 「ダンジョンで行方不明の生死不明になった直後にダンジョンに潜ってるだろ?」

 「確かに」と僕は小さく笑い、「でも、誰だってそうするだろ?」と付け加える。
 同居人ケンシは「違いない」も小さく笑い返してきた。
 他にいたパーティーの面々も同意するように笑みを零している。

 僕らはダンジョンにいた。
 ひょっとしたら、この場所自体が人間の生死観を希薄にしているのかもしれない。
 初日とは違い、少数のパーティーを組み、課題である階層を攻略している最中だ。
 確かに……僕はこの場所で死ぬような思いをした。
 それで2、3日休む……その差は大きすぎる。
 その遅れを取り戻すにはどのくらいの時間がかかる?

 僕は思考にストップをかける。
 斥候として先行している同級生クラスメイト手信号ハンドサインで魔物の存在を知らせて来た。
 ぱっぱっぱっと音が出るほどの矢継ぎ早に伝えてくる魔物の情報。
 パーティメンバーに緊張が走る。
 こちらは6人編成のパーティ。
 対して魔物は1匹。魔物の種類は亜人系。
 僕らより半分程度の背丈、皮膚の色は緑色、武器は有していない。
 それらの情報量から敵はゴブリンと当りをつけた。
 パーティメンバーも同意のようだ。 リーダー役からは、すぐに攻撃を意味するGOサインがでた。
 奇襲攻撃。その先鋒を務めるのが軽装で身を固めている僕の役目だ。
 背中の鞘から短剣を抜き、構えを取る。そして、一気に駆け抜ける。 

 「ギッギギ――――」

 軋むような鳴き声を出しているゴブリンを目で捕える。
 こちらには、まだ気がついていない。 気がついていない。 気がついていない……気がついた。 
 「ギィ――― ギィ―――」と驚いたような声を上げる。
 まず――――狙うは体の末端。 手か、脚か。
 亜人系は、体の仕組みが人間と近しい。 
 だからこそ、対亜人戦を想定した模擬戦闘が、そのまま実戦には大いに役に立つ。
 初手――――成功。 動脈を切られたゴブリンの腕から流血が見られる。
 短剣をヒラリと返した二手目で、足を切る。これもヒット。
 どろりとした濁った血液。 まるでヘドロ。
 その表情は好戦的ではなく、痛みからの怯えが見て取れる。
 だが、相手は魔物。怯えても、油断はならない。 
 僕は大きく、後方へ飛び。バックステップの連続。
 基本通りのヒット&アウェー。 無理をして1対1タイマンにこだわる必要性はない。
 まして、足にダメージを与え、機動力を奪ったのだ。
 そして、人数の有利さ。後は、魔力を練っている後衛の役目。
 光の矢と化したケンシの魔法。 それが真っ直ぐにゴブリンの胸に吸い込まれていった。
 そのまま、後方へひっくり返ったゴブリンは、大きな鳴き声を上げて暴れる。
 それも、やがては――――動きが停止した。

 僕は周囲を警戒する。
 ゴブリンの断末魔によって、他の魔物がコチラに集まってくる可能性を考えてだ。
 魔物の解剖は、学園入学直後という、かなり早い時期の授業で行われ、その後も定期的に行われる。
 それは、例え相手が魔物であったとしても、生物を殺すと行為に対する禁忌を早い段階で取り払う。そんな意味があるのかもしれない。
 僕らは魔物から――――ゴブリンの死骸から、素材として使えそうな箇所を取り外す作業は淡々と推し進めていく。
 それは、魔物を殺す事で発展する、僕ら人間が所有している業の深さを……なのかもしれない。
 そんな、センチメンタル性も、すぐに取り払う。
 なぜなら、予想通りにゴブリンの断末魔を聞いた魔物たちがワラワラと集まってきたのだ。


 「いやぁ大漁!大漁!」

 学園の食堂にケンシの声が響いた。
 あの直後、集まってきた魔物は、事前に配置していた罠(それもトラバサミ系)に引っかかり、ケンシの言う通りの一網打尽で大漁旗が振ってもおかしくなかった。
 手にした素材は、パーティメンバーに振り分けて、学園内にある換金所で、金銭と交換した。
 ケンシと僕は、上機嫌。学食のスペシャルメニューでラーメンのトッピング全のせを注文した。
 ラーメンと言うのは、小麦を練った物を細く均等に切り分け、味の濃いめのスープに入れた食べ物で、学食では一番人気の食べ物だ。 
 僕も、このシュット学園に来るまで食べた事はもちろん―――― 聞いた事もない食べ物だ。
 わざわざ外部からこれを食べるために、何かと理由をつけて学園を訪れる人もいるらしい。
 事実、生徒にも教員にも見えない人間がちらほらといる。
 そのためにセキュリティ的な問題もあるらしいが……

 「あいよ、お待ち ラーメン大盛り、麺カタメ、野菜マシマシのアブラカラメの全盛りトッピングね」

 学食のおばちゃんが、まるで詠唱呪文を唱えるようにメニューの確認を取って、僕らの前にラーメンを置く。 その圧倒的威圧感から周囲にどよめきが起き、その注目度がうかがい知れる。
 ラーメンから漂って来る存在感は、まるで大型の魔物を連想させる。
 僕は短剣を箸に置き換えて、食の魔物へ勝負を挑んだ!?

 「何という強大な山。野菜で麺が見えない!?」
 「馬鹿!サクラ!野菜を捲れ!?天地返しを使うんだ!麺と野菜、そしてチャーシューのバランスを考えろ」
 なるほど!と僕はチャーシューの一部を移動させ、オープンスペースを作り、下から麺を救い出そうとする。しかし――――

 「おぉ!麺で箸が弾かれる!なんって弾力だ。箸が通らない」

 その弾力は、まるで鍛錬を積んだ筋肉の鎧。
 僕は、慎重に慎重に、しかし正確に鎧の隙間に箸を入れていく。
 くッ!?なんて戦いだ。
 苦戦は覚悟していたとは言え……腹にダメージを与える事無く、早くもここまで追い込まれるなんて!?
 シュット学園のラーメンは化け物か!

 「落ち着け、ロットを守れ!守れないと……ギルティだぞ」
 「おぉ!?」

 盛り上がる食堂。盛り上がる僕ら!
 その背後を通りがかったサヲリの「男って馬鹿ね」と声が聞こえた。
 たぶん、気のせいだと信じたい。
  

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